一「ここだ、この音なんだよ。」 帽子（あたま）も靴も艶々（てらてら）と光る、三十ばかりの、しかるべき会社か銀行で当時若手の利（き）けものといった風采（ふう）。一ツ、容子（ようす）は似つかわ...

序傳（つた）ふる處（ところ）の怪異（くわいい）の書（しよ）、多（おほ）くは徳育（とくいく）のために、訓戒（くんかい）のために、寓意（ぐうい）を談（だん）じて、勸懲（くわんちやう）の資（し）と...

一「そんな事があるものですか。」「いや、まったくだから変なんです。馬鹿々々しい、何、詰（つま）らないと思う後（あと）から声がします。」「声がします。」「確かに聞えるんです。」 と云った。私...

ただ仰向（あおむ）けに倒れなかったばかりだったそうである、松村信也（しんや）氏――こう真面目（まじめ）に名のったのでは、この話の模様だと、御当人少々極（きま）りが悪いかも知れない。信也氏は東―...

時。現代。場所。海底の琅□殿。人物。公子。沖の僧都。（年老いたる海坊主）美女。博士。女房。侍女。（七人）黒潮騎士。（多数）［＃改ページ］森厳藍碧（しんげんらんぺき）なる琅□殿裡（ろうか...

一「…………」 山（やま）には木樵唄（きこりうた）、水（みづ）には船唄（ふなうた）、驛路（うまやぢ）には馬子（まご）の唄（うた）、渠等（かれら）はこれを以（もつ）て心（こゝろ）を慰（なぐ...

世（よ）の中（なか）何事（なにごと）も不思議（ふしぎ）なり、「おい、ちよいと煙草屋（たばこや）の娘（むすめ）はアノ眼色（めつき）が不思議（ふしぎ）ぢやあないか。」と謂（い）ふは別（べつ）に眼（め...

枕（まくら）に就（つ）いたのは黄昏（たそがれ）の頃（ころ）、之（これ）を逢魔（あふま）が時（とき）、雀色時（すゞめいろどき）などといふ一日（いちにち）の内（うち）人間（にんげん）の影法師（かげ...

一 雪の夜路（よみち）の、人影もない真白（まっしろ）な中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机の傍（わき）なる置炬燵（おきごたつ）に、肩まで入って待っていたのが、す...

縁日 柳行李 橋ぞろえ 題目船 衣の雫 浅緑記念ながら［＃改ページ］ 縁日 一 先年尾上（おのえ）家の養子で橘之助（きつのすけ）といった名題俳優（やくしゃ）が、年紀（とし）二十有五に満た...