せっかくおいで下さいましたのに、何もおかまい出来ず、お気の毒に存じます。文学論も、もう、あきました。なんの事はない、他人の悪口を言うだけの事じゃありませんか。文学も、いやになりました。こんな言...

時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。こんなのを、馬の背中に狐（きつね）が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。 いまは私の処女作という事になっている「思い出」という百枚ほど...

凡例一、わたくしのさいかく、とでも振仮名を附（つ）けたい気持で、新釈諸国噺（しょこくばなし）という題にしたのであるが、これは西鶴（さいかく）の現代訳というようなものでは決してない。古典の現...

この新聞（帝大新聞）の編輯者（へんしゅうしゃ）は、私の小説が、いつも失敗作ばかりで伸び切っていないのを聡明にも見てとったのに違いない。そうして、この、いじけた、流行しない悪作家に同情を寄せ、「...

正直に言うことに致しましょう。私は、これから書こうとする小説、または、過去に於いて書いた小説の意図、願望、その苦心を、あまり言いたくないのです。それは、私の虚傲（きょごう）からでは、ないと思う...

杉野君は、洋画家である。いや、洋画家と言っても、それを職業としているのでは無く、ただいい画をかきたいと毎日、苦心しているばかりの青年である。おそらくは未だ、一枚の画も、売れた事は無かろうし、ま...

ぷつッと、ひとつ小豆粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけられたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒...

立ちつくし、ものを思へば、ものみなの物語めき、 （生田長江） あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチ...

ことしの正月から山梨県、甲府市のまちはずれに小さい家を借り、少しずつ貧しい仕事をすすめてもう、はや半年すぎてしまった。六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は...

あの日、朝から、雪が降っていたわね。もうせんから、とりかかっていたおツルちゃん（姪（めい））のモンペが出来あがったので、あの日、学校の帰り、それをとどけに中野の叔母さんのうちに寄ったの。そうし...