-
2018笹川杯作文大赛优胜奖作品赏析:「私と日本」
优胜奖 「私と日本——私と日本―漢方薬から見えた日本の素晴らしさ」 孙斌(浙江中医药大
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:优秀奖-05-「中日関係のゆくえ」 氷河期の希望
优秀奖-05- 「中日関係のゆくえ」 氷河期の希望 安徽大学-郑志远 海が荒れ波高く、およそ千年以上の昔、小さな船は中国と日本の間のこの荒海を何度も渡った。恐ろしい自然の力の前に、命を惜しむこともなく、ただ新しい知識と真実を求めるために、彼らは未知なる世界へ旅立った。彼らの努力のおかげで、文化の交流という絆が中国と日本を結び付けた。これがまさに、中国と日本との関係の始まりであった。そして、今、彼らは「遣隋使」や「遣唐使」という身分で歴史書に刻まれ、世間に尊敬されている。 遠い昔から、中国と日本との関係は絶えることはなかった。両国の関係はよく「一衣帯水」という言葉を以て形容されている。この中
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:优秀奖-07-尊敬し合い理解し合い 勉強し合い進歩し合い
优秀奖
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:三等奖-03-中日関係の行方
三等奖-03- 中日関係の行方 大連理工大
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:二等奖-02-「中日関係のゆくえ」
二等奖-02- 「中日関係のゆくえ」 大连外国语-李森 「その時の朝顔、もう一度返り咲けるのか。」 私はドキュメンタリー「光の下の戦犯」(鳳凰テレビ 2014年8月放映)の中に出てくるこの言葉を思い出して、ため息をついてしまった。1956年、中国人民の寛大さによって許された元「関東軍」の戦犯たちが、日本に帰国する時に中国人民から朝顔の種が贈られた。見送りに来た撫順戦犯管理所の金源所長は「今度中国に来るときには、武器でなく、平和のしるしとしてこの朝顔を持ってきてください」と彼らに話した。そしてこの時に帰国した兵士たちは後に約束を果たし、中日友好のかけ橋となり、この「朝顔」も確かに一度中日の間で
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:优秀奖-03-中日関係のゆくえ
」である。私は中国人でありながら、2011年日本の東大地震が起こった時、震災地の写真を通して地震の悲惨な光景を見たら思わず涙を流した。その時の私の心の中の悲しみが、2008年中国の四川大地震が起こった時の悲しみと変わらないと今でもはっきりと覚えている。 中日交流史を振り返ってみれば、相互訪問をした中日両国における我々の先人らの友好往来への熱望とその献身的な精神に心から敬服させられる。昔の時代は今日と違って、交通などは非常に不便であり、それにも関わらず、彼らは中日友好のために自分の力を尽くした。我々は先人のその精神を引き継ぐべきである。私は日本語を学んでいる中国人として、中国人に本当の日本人のこ
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:优秀奖-04-新しい「万里の長城」の煉瓦になりましょう
优秀奖-04- 新しい「万里の長城」の煉瓦になりましょう 上海理工大学-杨本明 切っても切り離せない絆、好きと憎いが交じり合う感情、近くにあって遠い隣人、中日関係ほど複雑な国際関係はありません。近年、相手国の国民に対する憎悪感が増えているように見えるが、実際に日本へ行って、日本に好意を抱くようになった人は多いです。そして、直に中国へ来て、中国に好感を持つようになった日本人も少なくありません。私自身もその中の一人です。 これは初めて日本へ行った時のことです。 北海道に着いたその夜、初めて温泉に行きました。あまりの興奮でさっさと服を脱いで、湯船に入りました。水遊びしながら、背中をタオルでごしご
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:三等奖-04-中日関係のゆくえ
三等奖-04- 中日関係のゆくえ 大连大学-丁亭亭 時々友達からこんなことを聞かれます。「あなたは日本へ留学するの?中国と日本はたぶん開戦するって。」こういう声が増えていて、私も悩みました。ただひとつ、私が信じていることは、中国と日本は絶対開戦できないということです。なぜ私はこんな自信が持てるのでしょうか。 一番強い理由は、この二つの国の経済関係です。ある中国の評判家はこう言っています。「中国人は日本製の商品にずっと反対している。しかし、みんなは日本製の商品からもう離れられない。」私の出身地上海には、たくさん日本の企業があります。知らず知らずのうちに、中国人は日本の技術の便利さに慣れま
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:三等奖-02-中日関係のゆくえ
三等奖-02- 中日関係のゆくえ 东华大学-马沁芸 「新婚旅行で中国に行ったんだよ。上海と南京の辺りに。列車に乗っていた時、アブラナの花畑がたまたま目に入ってね。あまりの美しさに感動を覚えたんだ。もう30年も前のことになるけど、あの花畑の様子はまだ鮮明に記憶に残っているよ。」金沢に留学している時、指導教員の西村先生は私にこう言ってくれた。 春になると、黄色のアブラナの花畑は田舎の至る所で見られる。広々としたアブラナの花の海が日差しの下できらきら輝く様子は可愛らしく、確かに人を惹きつける。このような景色との偶然の出会いこそが、西村先生に忘れ難い新婚旅行の思い出を蘇らせ、中国への好感を持たせたの
-
2014笹川杯作文大赛得奖作品赏析:三等奖-01-中日関係のゆくえ
三等奖-01- 中日関係のゆくえ 长安大学-李月 中国の『論語』に「君子は和して同ぜず」という言葉がある。私はこの言葉は「中日関係の行方」に対して最高の答えだと思っている。 現在でも未来でも、平和は世界の永遠なテーマだ。そして、今でも中日の民衆のなかで、戦争に関する不安は消えていない。だから、両国民衆に安心感をつくりだすのが非常に重要だと思う。 2000年前から、中日の交流が始まった。この中で、やはり戦争は中日関係の分岐点だ。戦争の影響は経済の後退だけではなく、両国相互の信頼も深く傷つけた。祖父は中日の戦争についてのことを話すとき、日本に対する嫌な気持ちを述べる。私の周囲には祖父のようなお年