静かな、初秋の夜である。 もう、幾日といふことなく、漫然とまつたく同じ夜ばかりを送り迎へてゐるのだが、夜毎に静けさが増して来るやうだ。 要があつて、斯うしてゐるわけではない、昼間ぐつすりと眠るの...

一 彼女等の夫々の父親からの依頼で二人の娘をそちらへおくることになつたから、彼女等を夫々オフイスの一員に加へて貰ひたい、詳しいことは当人達からきいての上で、山の見学を望んでゐる二人の幼い学生達に...

一 和やかな初夏の海辺には微風（そよかぜ）の気合（けは）ひも感ぜられなかつた。呑気な学生が四五人、砂浜に寝転んでとりとめもなく騒々しい雑談に花を咲かせてゐた。「ゆらのとをわたるふなびとかぢをたへ ...

堤の白明 野菜を積んだ馬車を駆つて、朝毎に遠い町の市場へ通ふのが若者の仕事だつた。 村を出はづれると、白い川の堤に沿つて隣りの村に入り、手おし車ならばそのまゝ堤づたひに真ツすぐに、また次の村...

春、二三日のこと 春だつた――といふだけのことである。そんな日を特に選んで誌したといふわけではない。日誌を誌す要に迫られて、いきなり、その日のことを書き誌したものに過ぎない。だが、日が経つて、再...

一 白雲（はくうん）は尽くる時無からん、白雲は尽くる時無からん……白雲は――。 おゝ、あの歌はどこの人がうたつてゐるのであらう、何といふ朗々たる音声であらうよ、その声がそのまゝ雲のやうだ、あ...

横須賀にゐる妹（彼の妻の）のところで、当分彼の息子をあづかりたいと云つて寄越したのである。子供のない慎ましい夫婦暮しで、文学の本ばかり読んでゐる妹であつた。彼の息子は、彼が転地療養をすることに...

一 どうして此処の座敷の欄間にはあのやうな扇があんな風に五つも六つもかゝげてあるんだらう！ 装飾の意味にしてはあくどすぎる！ 何となくわけあり気に見えるではないか？ それにしてもあれは一体何に使ふも...

こゝは首都の郊外である。 タキノが、突然――（といふのはタキノ自身にとつて、そして一年程前に、これも突然主人を亡くして、こゝから二十里あまり離れてゐる海辺の寒村に彼のたつたひとりの小さな弟と二人...

一“I chatter, chatter, as I flow To join the brimming river, For men may come and men may go, But I go on for ever” ……………… うたでもうたつてゐないと絶え入りさうなので、私はあたりの物...