カフエ

 僕は或カフエの隅に半熟の卵を食べてゐた。するとぼんやりした人が一人、僕のテエブルに腰をおろした。僕は驚いてその人をながめた。その人は妙にどろりとした、薄い生海苔なまのりの洋服を着てゐた。

       虹

 僕はいつもすすの降る工廠こうしやうの裏を歩いてゐた。どんより曇つた工廠の空には虹が一すぢ消えかかつてゐた。僕はかかともたげるやうにし、ちよつとその虹へ鼻をやつて見た。すると――かすかに石油の匂がした。

       五分間写真

 僕は或晩春の午後、或若い海軍中尉と五分間写真を映しに行つた。写真はすぐに出来上つた。しかし印画に映つたのは大きい□といふ羅馬ロオマ数字だつた。

       小さい泥

 僕は或十二三のお嬢さんの後ろを歩いて行つた。お嬢さんは空色のフロツクの下に裸の脚をあらはしてゐた。その又脚には小さい泥がたつた一つかすかに乾いてゐた。
 僕はこのお嬢さんの脚の上の泥を眺めて行つた。すると泥はいつの間にかアメリカ大陸に変つてゐた。山脈や湖や鉄道も一々はつきり盛り上つてゐた。
 僕はおやと思つてお嬢さんを探した。が、お嬢さんは見えなかつた。僕の前には横須賀軍港がひろがり、唯一面に三角の波が立つたり倒れたりしてゐるだけだつた。
――旧稿より――

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