日语文学作品赏析《魚河岸》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
去年の春の夜 、――と云ってもまだ風の寒い、月の冴 えた夜 の九時ごろ、保吉 は三人の友だちと、魚河岸 の往来を歩いていた。三人の友だちとは、俳人の露柴 、洋画家の風中 、蒔画師 の如丹 、――三人とも本名 は明 さないが、その道では知られた腕 っ扱 きである。殊に露柴 は年かさでもあり、新傾向の俳人としては、夙 に名を馳 せた男だった。
我々は皆酔っていた。もっとも風中と保吉とは下戸 、如丹は名代 の酒豪 だったから、三人はふだんと変らなかった。ただ露柴はどうかすると、足もとも少々あぶなかった。我々は露柴を中にしながら、腥 い月明りの吹かれる通りを、日本橋 の方へ歩いて行った。
露柴は生 っ粋 の江戸 っ児 だった。曾祖父 は蜀山 や文晁 と交遊の厚かった人である。家も河岸 の丸清 と云えば、あの界隈 では知らぬものはない。それを露柴はずっと前から、家業はほとんど人任せにしたなり、自分は山谷 の露路 の奥に、句と書と篆刻 とを楽しんでいた。だから露柴には我々にない、どこかいなせな風格があった。下町気質 よりは伝法 な、山の手には勿論縁の遠い、――云わば河岸の鮪 の鮨 と、一味相通ずる何物かがあった。………
露柴はさも邪魔 そうに、時々外套 の袖をはねながら、快活に我々と話し続けた。如丹は静かに笑い笑い、話の相槌 を打っていた。その内に我々はいつのまにか、河岸の取 つきへ来てしまった。このまま河岸を出抜けるのはみんな妙に物足りなかった。するとそこに洋食屋が一軒、片側 を照らした月明りに白い暖簾 を垂らしていた。この店の噂は保吉さえも何度か聞かされた事があった。「はいろうか?」「はいっても好 いな。」――そんな事を云い合う内に、我々はもう風中を先に、狭い店の中へなだれこんでいた。
店の中には客が二人、細長い卓 に向っていた。客の一人は河岸の若い衆、もう一人はどこかの職工らしかった。我々は二人ずつ向い合いに、同じ卓に割りこませて貰 った。それから平貝 のフライを肴 に、ちびちび正宗 を嘗め始めた。勿論下戸 の風中や保吉は二つと猪口 は重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々 健啖 だった。
この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木 だった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀 だった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。風中は誂 えたビフテキが来ると、これは切り味 じゃないかと云ったりした。如丹はナイフの切れるのに、大いに敬意を表していた。保吉はまた電燈の明るいのがこう云う場所だけに難有 かった。露柴も、――露柴は土地っ子だから、何も珍らしくはないらしかった。が、鳥打帽 を阿弥陀 にしたまま、如丹と献酬 を重ねては、不相変 快活にしゃべっていた。
するとその最中 に、中折帽 をかぶった客が一人、ぬっと暖簾 をくぐって来た。客は外套の毛皮の襟 に肥った頬 を埋 めながら、見ると云うよりは、睨 むように、狭い店の中へ眼をやった。それから一言 の挨拶 もせず、如丹と若い衆との間の席へ、大きい体を割りこませた。保吉はライスカレエを掬 いながら、嫌な奴だなと思っていた。これが泉鏡花 の小説だと、任侠 欣 ぶべき芸者か何かに、退治 られる奴だがと思っていた。しかしまた現代の日本橋は、とうてい鏡花の小説のように、動きっこはないとも思っていた。
客は註文を通した後 、横柄 に煙草をふかし始めた。その姿は見れば見るほど、敵役 の寸法 に嵌 っていた。脂 ぎった赭 ら顔は勿論、大島 の羽織、認 めになる指環 、――ことごとく型を出でなかった。保吉はいよいよ中 てられたから、この客の存在を忘れたさに、隣にいる露柴 へ話しかけた。が、露柴はうんとか、ええとか、好 い加減な返事しかしてくれなかった。のみならず彼も中 てられたのか、電燈の光に背 きながら、わざと鳥打帽を目深 にしていた。
保吉 はやむを得ず風中 や如丹 と、食物 の事などを話し合った。しかし話ははずまなかった。この肥 った客の出現以来、我々三人の心もちに、妙な狂いの出来た事は、どうにも仕方のない事実だった。
客は註文のフライが来ると、正宗 の罎 を取り上げた。そうして猪口 へつごうとした。その時誰か横合いから、「幸 さん」とはっきり呼んだものがあった。客は明らかにびっくりした。しかもその驚いた顔は、声の主 を見たと思うと、たちまち当惑 の色に変り出した。「やあ、こりゃ檀那 でしたか。」――客は中折帽を脱ぎながら、何度も声の主 に御時儀 をした。声の主は俳人の露柴 、河岸 の丸清 の檀那だった。
「しばらくだね。」――露柴は涼しい顔をしながら、猪口を口へ持って行った。その猪口が空 になると、客は隙 かさず露柴の猪口へ客自身の罎の酒をついだ。それから側目 には可笑 しいほど、露柴の機嫌 を窺 い出した。………
鏡花 の小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、未 にあの通りの事件も起るのである。
しかし洋食屋の外 へ出た時、保吉の心は沈んでいた。保吉は勿論「幸さん」には、何の同情も持たなかった。その上露柴の話によると、客は人格も悪いらしかった。が、それにも関 らず妙に陽気 にはなれなかった。保吉の書斎の机の上には、読みかけたロシュフウコオの語録がある。――保吉は月明りを履 みながら、いつかそんな事を考えていた。
我々は皆酔っていた。もっとも風中と保吉とは
露柴は
露柴はさも
店の中には客が二人、細長い
この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない
するとその
客は註文を通した
客は註文のフライが来ると、
「しばらくだね。」――露柴は涼しい顔をしながら、猪口を口へ持って行った。その猪口が
しかし洋食屋の
(大正十一年七月)
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