日语文学作品赏析《塵労》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
或春の午後であつた。私 は知人の田崎 に面会する為に彼が勤めてゐる出版書肆 の狭い応接室の椅子 に倚 つてゐた。
「やあ、珍しいな。」
間 もなく田崎は忙 しさうに、万年筆を耳に挟 んだ儘、如何 はしい背広姿を現した。
「ちと君に頼みたい事があつてね、――実は二三日保養旁 、修善寺 か湯河原 へ小説を書きに行 きたいんだが、……」
私は早速 用談に取りかかつた。近々 私の小説集が、この書肆から出版される。その印税の前借 が出来るやうに、一つ骨を折つて見てはくれまいか。――これがその用談の要点であつた。
「そりや出来ない事もないが、――しかし温泉へ行 くなぞは贅沢 だな。僕はまだ臍 の緒 切つて以来、旅行らしい旅行はした事がない。」
田崎 は「朝日」へ火をつけると、その生活に疲れた顔へ、無邪気な羨望 の色を漲 らせた。
「何処 へでも旅行すれば好 いぢやないか。君なぞは独身なんだし。」
「所が貧乏暇なしでね。」
私はこの旧友の前に、聊 か私の結城 の着物を恥ぢたいやうな心もちになつた。
「だが君も随分 長い間 、この店に勤めてゐるぢやないか。一体今は何をしてゐるんだ。」
「僕か。」
田崎は「朝日」の灰を落しながら、始めて得意さうな返事をした。
「僕は今旅行案内の編纂 をしてゐるんだ。まづ今までに類のない、大規模な旅行案内を拵 へて見ようと思つてね。」
「やあ、珍しいな。」
「ちと君に頼みたい事があつてね、――実は二三日保養
私は
「そりや出来ない事もないが、――しかし温泉へ
「
「所が貧乏暇なしでね。」
私はこの旧友の前に、
「だが君も
「僕か。」
田崎は「朝日」の灰を落しながら、始めて得意さうな返事をした。
「僕は今旅行案内の
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