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♦️和泉式部(いずみ しきぶ)档案

年代:平安时代中期(推测978年出生,60多岁去世)

职业:歌人、一条天皇中宫・藤原彰子的女房

家人:父亲越前守・大江雅致;第一任丈夫和泉守・橘道贞、第二任丈夫藤原保昌(藤原彰子之父藤原道长的家司);独生女小式部内侍(与第一任丈夫所生);恋人为尊亲王、为尊亲王之弟敦道亲王

作品风格:热情奔放、率真大胆、构思奇特

代表作:《和泉式部日记》(描述她与敦道亲王之间产生的艳丽恋爱经历)、家集《和泉式部正集》与《和泉式部续集》、选集《宸翰本和泉式部集》与《松井本和泉式部集》

成就:与《枕草子》作者清少纳言、《源氏物语》作者紫式部并称平安时代的“王朝文学三才媛”。位列“中古三十六歌仙”和“女房三十六歌仙”。

♦️平安时代的“魔性女人”

恋愛エピソードが破天荒すぎる…

恋爱轶事过于破天荒......

——ものすごい「ロマンスの女王」だった和泉式部

——毎夜の月のごとく恋人を変える魔性の女だった

——了不得的“风流女王”

——如同每夜变换的明月一般不断更换恋人的魔性女子

源氏物語の作者・紫式部に悪評されるほど、自由に恋愛をしていた

《源氏物语》的作者・紫式部给予她恶评,说她恋爱太过随意。

藤原道長に「浮かれ女」と評されたことも。

藤原道长也评价她是“风流女”。

——紫式部「和泉はけしからぬ方こそあれ(よくない噂のある人よ)」

——和泉式部という人は恋しないでは生きていけない部分を持っていた(まさに「恋愛体質」だった和泉式部)

——紫式部:“和泉就是个不像话的人(风评不好的人)”

——和泉式部这个人如果不恋爱就活不下去(的确是“恋爱体质”)

♦️平安时代的“丑闻女王”

和泉式部は“恋多き女”でもあり、高貴な殿方たちとの恋愛を重ねながら、すぐれた恋の歌を数多く生み出す

しかし、身分違いの禁断の恋は、ついに平安王朝を揺るがす一大スキャンダルに発展

和泉式部是位多情的女子,她不断与高贵的皇子们陷入恋爱的同时,也创作出很多卓越的恋爱和歌。

但是,身份悬殊的禁断之恋,终于发展为震动平安王朝的第一丑闻。

最も有名なエピソードがこちら

最有名的是以下这段轶事

もともとは夫も娘も居たのに…

最初她明明(和一般的女子一样)与丈夫、女儿生活在一起......

——和泉式部はれっきとした人妻で、娘もありながら、冷泉天皇の皇子・為尊親王と不倫関係に(夫が激怒。追い出される。)

——ところがこの為尊親王、わずか2年後に亡くなってしまう

——今度は亡くなった為尊親王の同母弟・敦道親王と恋仲に(これは凄まじい…。)

——和泉式部最初是一位正派的人妻,也有女儿,后来却与冷泉天皇的皇子为尊亲王陷入不伦关系(丈夫盛怒之下将她赶出家门。)

——不过这位为尊亲王仅在2年后就去世了。

——之后她与去世的为尊亲王的同母弟弟・敦道亲王建立了恋爱关系(令人瞠目结舌......)

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