古典を「正しく読む」とは

所谓古典文学的“正确读法”

あなたが高校の古典の時間に求められる「正しく読む」「正確に読む」というその「読み」とは、より正確に言えば「今現在正しいとされる読み」ということです。つまりそれは、「かつては正しいとされた読み」も存在するということであり、これまで『伊勢物語』がどのように読まれてきたか、その痕跡は、『伊勢物語』を描いたさまざまな挿絵にも残されています。

你在高中阶段学习古典文学的时候,被要求的所谓“正确阅读”、“准确阅读”中的“阅读”,更准确地来说,应该是“现在所认为的正确阅读方法”。也就是说还有“过去所认为的正确阅读方法”,至今为止《伊势物语》是如何“被阅读”的,从《伊势物语》中所描绘的各种各样的插画里可以找到些许痕迹。

『伊勢物語』の挿絵の変遷

《伊势物语》插画的变迁

『伊勢物語』には、江戸時代に刊行された「嵯峨本」や、それに基づいて製作された「奈良絵本」があります。初段は主人公の在原業平が狩りに行った先で出会った姉妹に歌をおくる話、二段は春に業平が「西の京の女」を訪ね、翌朝帰ってから歌を詠んだという話です。嵯峨本では、初段が終ったところで1図目の挿絵が、二段の後に2図目の挿絵が置かれています。問題となるのは第2図です。これは帰る業平に女童が追いついた場面ですが、これは片桐洋一氏の指摘によれば中世の『伊勢物語』理解を反映した挿絵と考えられます。すなわちこれはもともと二段ではなく初段の挿絵だったのです。室町時代の絵巻に初段の一場面として描かれた二つの絵が、江戸時代に入って別の絵として分離されて二段の後に置かれることになったのです。

《伊势物语》是以江户时代刊行的“嵯峨本”为基础,制作而成的“奈良绘本”。第一部分是描写主人公在原业平在狩猎途中遇到一对姐妹并赠以和歌,第二部分是业平在春天寻访“西京女”,第二天早晨回来后吟诵和歌的故事。嵯峨本中,第一部分结束的第一幅插画与第二部分后第二幅插画同为一处。有问题的是第二幅插画。那是回来后业平追逐女童的场面,根据片桐洋一指出,插画反映了中世纪对《伊势物语》的理解。也就是说,这本来不是第二部分,而是第一部分的插画。在室町时代,画卷里的两幅画原本是属于第一部分的同一个场面,进入江户时代后被分开,放到了第二部分后面。

絵師の工夫

画师的设计

嵯峨本の構図は、第1図・第2図とも初段を描きながら、第1図には紅葉、第2図には桜が描かれるという不思議な絵です。つまり第2図は、初段の構図と二段の季節が同居する中途半端な絵になってしまったのです。この誤解は後続の本にも引き継がれ、絵師もなんとか第2図を二段の絵としてつじつまを合わせようといろいろな興味深い工夫をしています。元禄六年版では男女は屋外でなく室内に描かれ、二段らしい絵に改められていますし、元禄十年版では構図は嵯峨本に似ているのですが、雨が降っています。これは二段に記される「雨そほふるに」に合わせたのでしょう。このような絵師の工夫もまた、千年以上に及ぶ『伊勢物語』の読みの歴史の一コマということができるでしょう。

嵯峨本的构图,在第一部分就描绘了第一、第二幅图,第一幅图是红叶,第二幅图却是画了樱花,真是太奇怪了。也就是说,在第二幅画中,第一部分的构图交叉了第二部分的季节,表意暧昧不清。这个误解在后续的版本里得到继承,为了合乎逻辑,画师下了一番苦心,将第二幅画作为了第二部分的插图。元禄六年的版本里,插画改成了符合第二部分的内容,即男女人物不在室外而是在屋内。而元禄十年的版本,构图虽然与嵯峨本相似,画中却下起了雨。这是为了贴合第二部分记载的“雨そほふるに”吧。像这样画师所费的工夫还有许多,以此可以看出历史上的人们是如何阅读这长达千年之久的《伊势物语》的。

声明:本双语文章的中文翻译系沪江日语原创内容,转载请注明出处。中文翻译仅代表译者个人观点,仅供参考。如有不妥之处,欢迎指正。

相关推荐:《源氏物语》被称为日本古典文学最高峰的理由