奥寺康彦(おくてら やすひこ)
三浦知良(みうら かずよし)
長友佑都(ながとも ゆうと)
香川真司(かがわ しんじ)
もう一つは、相対的な評価が上がったことです。見劣りしないのが、ワールドカップ南アフリカ大会での日本代表の戦いぶりです。世界のベスト16に到達し、そのスピード豊かで持続力のあるサッカーは、世界サッカー関係者の目を引きつけました。強豪国を相手にして、見劣りしたばかりか日本に優れた選手がいるという認識が広まったんです。年明けに中東のカタールで行われたアジアカップの決勝戦にも、欧州の有力クラブのスカウト担当者が集まっていたと言われています。忘れてならないのは、日本サッカーの歴史の中で過去の選手たちが果たしてきた役割です。日本人選手で始めての欧州移籍は、1977年の奥寺康彦選手に始まります。その後、15年近い歳月が流れ、Jリーグの発足と前後して、ブラジルでプロになった三浦知良選手がイタリアに渡ります。日本はフランス大会では、ワールドカップに初出場した後には、日本を代表する選手たちが、欧州に渡って行きました。先陣の弛まぬ努力が、欧州で徐々に日本人サッカー選手像を作り上げてきました。技術的に言いますと、選手によって持ち味は違います。例えば、インテルの長友佑都選手なら抜群の持久力とスピード、ドイツでプレーする香川真司選手なら切れ味のある反転力とピンポイントで合わせる精緻な技術とでも言うんでしょうか。しかし、二人に共通するものもあります。チームへの忠誠心、惜しまぬ努力、それに不平不満を口にすることなく、ひたむきに打ち込む、日本人に共通する姿勢です。
再就是要提高球员的相对评价。我们不能忽视日本代表选手在南非世界杯上的雄姿。他们凭借敏捷的速度和十分的耐力进军世界16强,吸引了世界足球界相关人士的眼球。在对阵强势选手的时候,他们不仅没有输掉,反而向世界证明了日本是存在着优秀的球员的。年初在中东卡塔尔举行的亚洲杯的决赛上,据说集结了欧洲重量级的俱乐部的球探。以前的选手在日本足球史上所发挥的光和热是万万不能忘记的。日本球员首次转会欧洲是从1977年的奥寺康彦开始的,之后经过15年,在日本足球联盟成立前后,在巴西成为职业球员的三浦良知转会去了意大利。日本在法国世界杯上初次亮相开启了日本球员转会欧洲的时代。前辈们的不懈努力渐渐勾勒出了日本足球运动员的肖像。从技术方面而言,每个选手的特点都不一样。比如效力于国际米兰的长友佑都,他以超群的耐力和速度得胜。而在德国效力的香川真司则是以他干脆利落的反转能力和准度取胜。但两人也有共同点,就是他们对球队的忠诚,还有不懈的努力,以及毫不埋怨的态度,只一心踢球,这就是日本人共同的姿态。