関西人と関東人、お互いに嫌いなところはどんなところ

关西人与关东人之间相互讨厌对方哪些方面

関西と関東、たかだか500kmほどしか離れていないのに、まったく別の人種として捉えられることが多いですよね。人種が違えばぶつかるところもあるでしょう。では、お互いどんなところが嫌いなのでしょうか。

关西与关东,相隔仅500公里,却常被当作截然不同的人种,人种不同自然也会有冲突。那么,他们相互讨厌对方什么呢?

関西人は、関東からというより全国的にみても、都道府県の中で嫌われる地域としてよく名前があがりますね。関西の中でもとりわけ大阪は嫌われる確率が高いようです。大阪出身の私としては寂しいところですが、なんとなくわかるような気がするのも確かです。

与其说是关东,不如说就全国来看,关西人在都道府县当中也常在讨厌的地区中榜上有名。关西地区尤其是大阪被讨厌的概率更高,作为大阪出身的我觉得很悲哀,不过也不由觉得能够理解。

嫌われる理由として、「ずうずうしい」「何でも思ったことを口にする」「うるさい」「ケチ」「デリカシーがない」「どこでも値切る」「一緒にいて恥ずかしい」などなど・・・。こんなに嫌われていたのか!ってなくらいですね。大ざっぱな関西人としても、ここまで言われてしまうと落ち込みますよ。落ち込みますけど、笑っちゃいますね。よくぞここまで正確に指摘できたな~と思います。みなさん、よく観察しています。ほとんど当たっていますから。

被讨厌的理由有“厚脸皮”“想什么说什么”“聒噪”“吝啬”“神经大条”“到哪儿都要讲价”“耻于跟他们一起”等等……原来这么被人厌烦!大致这种程度吧。即便是粗线条的关西人被说到这种地步也是会低落的。情绪是会低落,但还是会笑。居然能做出如此精确的评价。大家真是观察细致,大都说到点子上了。

嫌いな理由、裏を返せばこうなりませんか?「ずうずうしい→積極的」「何でも思ったことを口にする→裏がない」「うるさい→楽しい」「ケチ→節約家」「デリカシーがない→あけっぴろげな性格」「どこでも値切る→他人とのコミュニケーションが上手」「一緒にいて恥ずかしい→残念ながらこれはどうにもなりませんね」

换个角度来看讨厌的理由也可以这么解释吧:“厚脸皮→积极主动”“想什么说什么→没城府”“呱噪→乐天”“吝啬→节约”“神经大条→性格坦率”“到哪儿都要讲价→擅于与他人交流”“耻于跟他们一起→非常遗憾,这条怎么都说不圆呢”

どうでしょうか?こうやってちょっと見方を変えてもらえれば、少しはマシになるような気がするんですが、厳しいですかね。慣れてもらえると、楽しくて面白いので一緒にいて飽きないような気がするんですけどね・・・。

如何?这样稍微转换观点,多少觉得要好点了吧,还是说太严厉啦?一旦习惯了,就会觉得在一起欢乐又有趣还不生厌来着……

ちなみに、関東の人の嫌いなところを関西人に聞いたところ、「何を考えているのかわからない」「気取っている」「標準語が冷たい」などです。とはいっても、実はそんなに関東のことを嫌っている関西人はいないんですね。「何を考えているかわからない」というのも、余計なことをベラベラしゃべらず寡黙で恰好いいだけの話しですよね。女性だと無口で控えめというところでしょうか。

顺带一提,问关西人讨厌关东人的地方,有“不知道在想什么”“装腔作势”“普通话显得冷淡”等。话虽如此,其实应该没有太讨厌关东的关西人呢。“不知道在想什么”这条其实也是沉默而不废话饶舌,算是有型的吧。女性的话就是寡言有节制的类型吧。

実際、関西から関東にでてきて、男の人の標準語に嫌悪感を抱いたのは最初あります。ただ、これは聞きなれていなかったため、何だか女性っぽく見えてしまっただけの話しなんですね。慣れてくると、大声でしゃべる関西弁よりよっぽど優しい印象が持てたのは正直なところです。相手を気遣って、プライベートなところまで踏み込んでこない関東の人の思いやりにも感激したものですよ。

事实上我从关西来到关东,一开始对男性的普通话是有厌恶感的。但这是由于没有听惯,纯粹只是觉得听着女性化。说真的,听惯之后会觉得比大声嘈杂的关西腔更加优雅。对于体谅对方,不会深入到私人领域的关东人的做法也让人感动。

もちろん、関西気質も残っているので、地元に帰省したときは関西のノリで接しています。パワフルな関西人と話しているとやっぱり楽しいです。逆に関東の人の静かな付き合い方も好きなんですよね。建前だけなのかもしれませんが、そういう付き合い方が大事なときもあるわけですよ。なんでもかんでも本音で話してしまうことがいいわけではないですよね。知らないほうが良かったこともあるわけで、それぞれ良いところ、悪いところがあるんだな~と実感しました。

当然,我也保留了关西气质,回老家时还是会按关西风格来待人接物。跟活力无限的关西人交谈很欢乐。不过我也喜欢相反的关东人的沉静的交往方式。这可能只是面子话,有时候这种交往方式也很重要,不管三七二十一什么都实话实说也并非都是好事。有的时候不知道为好,所以这两种风格各有其好恶,这是我的感受。

関西と関東のハイブリッドである私としては、良いところ、悪いところ、全部ひっくるめてどちらも大好きです。しかし、典型的な大阪のおばちゃんである母親に対して切れることはよくあります。年に数回しか会わないのに「うるさい!静かにして!」と、つい言ってしまいます。だって意味もなくずっとしゃべり続けてるんですもん。関西に住んでいた頃はうるさいと思わなかったんですけどね。「私は関西人」と思っていたのに、少しずつ関東の人間になりつつあるのかと思った今日この頃です。

作为关西与关东杂交的我来说,好的地方、不好的地方,我全都很喜欢。不过,对于典型大阪欧巴桑的母亲我也常有冒火的时候。一年只见几次还是会忍不住说“吵死了!安静点!”她会毫无意义的不停念叨啊,我还住关西的时候不觉得她烦,我明明认为“自己是关西人”,现如今却开始觉得自己在逐渐变成关东人。

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