雪穂は亮司を訪ねていく。
「何?大事な話って。」
「上手くいかなかったんだ。篠塚さん。
 私の友達の、川島江利子っていう子と付き合い始めた。」
「そう・・・。で、どうすればいいの?
 俺はここで愚痴聞けばいいの?
 あんまり冷静でもいられないんだけど。」
「・・・やっちゃってくれないかな。」
「え?」
「その子、藤村美和子と同じ目に遭わせてくれないかな。」
「え・・・その子が襲われてどうなる?
 篠塚が雪穂に転ぶってことじゃないよな。」
「もう篠塚なんてどうでもいい。
 ただ・・・その子を不幸にしてほしいの。」
「冗談だろ。」
「だって、篠塚さんがその子を選んだ理由って、
 ただ幸せに育って、だから性格がいいってだけなんだよ。
 そんな環境で育ってたら、私だってそうなってるよ!
 あんな親の子に生まれたの、私のせいじゃないじゃない!
 ほんと、幸せなんだよ、その子。
 思ったこと思うように言えて、
 しかも、それがすごく幸せなことだと、思ってもいないんだよ!
 気付かないほど幸せなんだよ!
 こんなの、どう考えたって不公平じゃない!
 ねえ、亮だってそう思うことあるでしょう?」
「ねーよ!
 思ったとしても、わざわざ人の幸せ壊してやろうなんて
 思わねーよ。
 本気で思ってるんだったら、病院に行った方がいいよ。」
そう言い亮司はパソコンに向う。

 

「ねえ、本当にそう思うことない?」
「ねーよ!」
「本当に?」
「しつこな、ねーよ!」
亮司は雪穂の方を怒ったように振り返ると、今にも泣き出しそうなほど
悲しい表情で自分を見つめる雪穂と目が合う。
「そっか。」
小さく微笑みながらそう言うと、雪穂は部屋を出ていった。

礼子は家に戻ってきた雪穂が、ユリの花を掌で握りつぶすところを
見てしまう。

古賀刑事は亮司の母・弥生子(麻生祐未)を訪ねていく。
「笹垣のノートのコピーです。
 あなたから聞いた、亮司君のことが書いてあります。
 あなたの知らない、亮司君の犯罪行為が。」
「え!?」
「全てが事実というわけではないと思います。」
「そんなもの、どうして私に?」
「考えていただきたいんです、親として。
 こんな生き方が、亮司君にとって本当に幸せなことなのか。」
「大体あの子もう、死んでいるんですよ。」
「とにかく、読んで下さい。」

雪穂の叫びを思い起こす亮司。向かいに座る友彦に聞いてみる。
「お前さ、世の中って圧倒的に不公平だって思ったことある?」
「メチャメチャあるよ。
 だってさ、俺、すっげー腹緩いもん。」
「なんだそれ。」思わず亮司が笑う。
「もうさ、あ!!っと思ったら、突然・・・
 間に合わなくて、何度泣きを見たことか!
 中学の頃なんかさ、相当暗かったよ。家でも荒れててさ。
 こんな、ウンコ出やすい身体に生みやがってー!」
「ごめん、笑っちゃいけねーか。」
「いいよ。俺的にも今やネタだし。
 暗く悩んでても仕方ないしな。
 合コンでさ、意外とつかめるんだよ、これ。」友彦が笑う。
「お前俺なんかよりよっぽど強いよ。」
亮司が静かにそう言った。


礼子は笹垣が置いていったパンフレットを雪穂に渡す。
「これ、私がどこか変ってこと?」
「心配ないとは、言えへんかもな。」
礼子はそう言い、雪穂が握りつぶした百合の茎を見つめる。
「あれは、虫がいたから。」雪穂が笑顔で言う。
「しんどいことないの?
 そないに嘘ばっかりつくのは。」
「嘘なんかついてないって。」
「ほな、あんた、ほんまのお母さんのことどないに思ってるの?」
「・・・辛い目にもあったけど、生んでくれて感謝してるよ。」
「用意されたみたいな答えやと思うのは、私の思い込みか?」
「そうだよ。」
「それがあんたの心の傷やわ!
 ほんまは誰のことも信じてへん。
 誰にも、心の内を見せる勇気がないんや!
 それも私の思い込みやろうけどな!」
礼子はそう言い部屋を立ち去る。

「そんなもん見せたって・・・」
そう呟きながら、亮司の言った
『わざわざ人の幸せ壊してやろうなんて思わねーよ。
 本気で思ってるんだったら、病院行ったほうがいいよ。』
という言葉を思い出す雪穂。

その時、電話がかかってきた。公衆電話からだ。
「松浦と申しますが・・・」

亮司が雪穂の留守電にメッセージを残す。
「あの・・・俺です。
 雪穂が言ってたように、子供が親を選べないのは、
 不公平な話だと思う。
 俺だってあの家に生まれたかったわけじゃないし、
 雪穂の気持ち、他のヤツラより理解出来る。
 でも、でも、理解は出来ても、やっぱり賛成はできない。
 今日ね、自分のどうでも出来ない悩みを笑いのネタにしているヤツの
 話を聞いたよ。
 俺、強いなって思った。
 笑い飛ばせとは言わないけど、不幸を振りかざしても仕方ないし、
 やったとしても、結局、雪穂は後悔するだけじゃない?
 落ち着いたら、電話下さい。」

雪穂は爪を噛みながらそのメッセージを聞いていた。

松浦は雪穂を呼び出し、封筒を手渡す。
「あれ、見ないの?」
「見ないでもわかりますから。
 昔の写真ですよね。」
「話が早くて嬉しいわ。
 あんたさ、今いくら持ってるの? 
 どうせ亮、あんたに金振り込んでたんだろ?」
「ちょっと、携帯貸してもらえます?」

亮司の携帯が鳴る。表示は松浦だ。
「留守電聞いた。」雪穂の声に驚く亮司。
「なんで松浦の携帯に、」
「あなたじゃなかったんだなーって思った。
 組むべき相手は、あなたじゃなかったってこと。」
雪穂はそう言いながら松浦を見つめる。
「さよなら。今までありがとね。」
雪穂はそう言い携帯を切った。亮司が部屋を飛び出す。

「何あんた、俺と組もうっちゅーの?」
「私とあなたで、亮をカモる方法って、ないのかな。」
雪穂はそう言い、松浦の足に触れる。
「あんた最悪のガキだね。」松浦が笑いながらそう言った。

亮司が松浦行きつけのヤキトリ屋に駆けつけるが、二人はもうそこには
いなかった。
店の者に、いつもの感じで女と出て行った、と聞き、亮司は又走り出す。

あるホテルの部屋に入ろうとする二人。
「おい!何やってるんだよ!」亮司が二人に声をかける。
「悪いけどね、誘ったの、俺じゃないよ。」
松浦はそう言い部屋の中に消えていく。
「マジかよ・・・何で?
 俺がやんないって言ったからかよ!?」
雪穂が微笑む。
「亮は正しい。」
「だったらさ、」
「でも正しいことなんて言われなくてもわかってんだよっ。
 それでもやってほしいの、私は。どうしても。」
「・・・」
「亮には理解出来ないでしょ。」
そう言い雪穂は松浦の待つ部屋へ入っていった。

ホテルの部屋の前に座り込み待つ亮司。
405号室のドアが開き、松浦が出てきた。
「亮!何やってんだ、お前。
 なんか、途中から泣き出しやがってよ。
 なんかメンドクセーな。」
そう言い松浦は帰っていった。

部屋にいくと、浴衣に着替えた雪穂がベッドに座り封筒を見つめていた。
「帰ろう・・・雪穂。」
「これ見て!」雪穂が封筒を差し出す。
封筒から写真を取り出した亮司は、あの時の雪穂の写真に驚き床に落とす。
父親に裸にされカメラを見つめる雪穂の写真が、自分を見つめている。
「見てよ!ちゃんと見なさいよ!私がされてきたことを!
 亮が知ってるのなんてね、序の口なんだからね!
 私、間違ってるんだよね!
 不公平だって思っているのは間違っているんだよね!
 人の幸せを、壊してやろうって思っているのは、間違っているんだよね!
 これ笑えるようにならなきゃいけなんだよね!
 みんなそうやって頑張ってるから、私もそうやって頑張んなきゃ
 いけないんだよね!
 亮は私にそう言ってるんだよね!」
そう言い、泣きながら写真を亮司にぶつけていく雪穂。
写真と言葉を投げつけられ、亮司も泣いていた。
「・・・言われたくなかった。
 亮だけには言われたくなかった!!」
亮司は雪穂から写真を奪い取る。
「やってやるよ!
 雪穂の人生、ボロボロにしたの、
 俺と・・・俺の親父だから・・・。」
亮司はそう言い写真を握りつぶした。

「お母さん、私出ていくよ。」
「雪穂!」
「私、お母さんが自慢出来る子になろうって、
 頑張ってきたんだよ。
 でも、それがお母さんを悩ませるなら、
 もうどうしたらいいかわかんないよ。」
礼子は雪穂を抱きしめる。
「違うんや。もっと楽になったらええ思うて。
 堪忍な。」
雪穂の瞳から涙がこぼれる。
でもその表情からは、その言葉を待っていたかのようにも見え・・・。

一人で夜道を歩く江利子は突然拉致される。
抵抗するものの、薬で眠らせ・・・。
夜道に落ちた携帯が、篠塚からの着信を知らせていた。

亮司は雪穂が破壊した教会の前にいた。
今までしてきたことを思い起こし・・・
「いつもこうなっちゃうんだよな・・・。」と呟いた。
教会の上には、満月が輝いていた。

篠塚の車の中。
「警察には?」篠塚が雪穂に聞く。
「いえ。」
「家にも俺んとこにも、この写真が送られてきたっていうことは、
 犯人は通りすがりじゃないよ。」
「きっと、そうなんでしょうね。」
「俺は、警察に届ける。この写真だけで充分、」
「やめて下さい!
 届けないのは江利子やご両親の希望なんです!」
「だからって・・・放っておけるわけないだろう!!」
篠塚の剣幕に驚く雪穂。
「・・・江利子は・・・篠塚さんの家に行くところだったんですよっ!
 江利子や、江利子のご両親にしたら、
 篠塚さんだけには何も言われたくないと思います。
 今は・・・」そう言い涙をこぼす雪穂。
「楽しかったです。今までありがとうございました。
 江利子からの伝言です。」
雪穂はそう言い篠塚の車から降りた。

川に篠塚の本を投げ入れる雪穂。
ゆっくりと底へ沈んでいく本を見つめ・・・
『結局、雪穂は後悔するだけじゃない?』
亮司の言った言葉を思い起こす。

携帯が鳴る。公衆電話からの着信だった。

古賀のアパートで鍋を突く笹垣。
キャッシュカードから亮司たちにたどり着くことは出来なかった。
礼子にも、もう来るなとやんわり断られた。
「笹垣さんのノート、桐原弥生子に見せました。」
「なにをすんねん!」
「桐原弥生子の親心に賭けてみようと思ったんです。」
「あんな女に親心なんか、良心なんかあるかいや!」
「親心は良心なんかじゃないですよ。
 自分の子供だけはかわいいって思う、本能みたいなもんですよ。」
古賀の妻が笹垣にビールを注ぎながら言う。
古賀は隣の部屋でぐっすりと眠る息子を見つめ微笑んだ。
「念仏申せば八十億劫の罪滅す。」
古賀の微笑みに笹垣が呟く。

雪穂が亮司に呼び出される。
「話って、何?」
「わざわざ松浦の携帯から電話してきたのは
 会っている相手が松浦だって俺に知らせるためだよね?
 そうすれば俺が来るって思ったんでしょ?
 松浦と寝ようとしたのも途中で泣き出したのも
 そのあと写真見せたのも、
 全部そうすれば俺が言うこと聞くと思ったから?」
「言うこと聞いてくれること、全然期待していないって言ったら
 嘘になる。
 だけど、完全に計算ずくの芝居かって言われたら、違う。
 他の人にするものとは全然違う。」
「どう違うの?」
「亮にはわかってほしいと思ってる。
 他の人にはわかってくれとは思わない。
 私の都合のいいように転がってくれてれば、それでいい。」
「・・・それおんなじだよ。」
「違うよ!」
「相手の気持ちはどうでもいいってことは結局同じなんだよ!」
「・・・でも、私には亮しかいないんだよ。」
「そりゃこんだけ言うこと聞くヤツは他にいないしな。」
「亮に見捨てられたら、私、ホント一人ぼっちなんだよ。」
「もう何言われても、俺騙されてるようにしか、 
 思えなくなっちゃったんだよ。
 ・・・信じられないんだよ、雪穂のこと。」
「・・・なら、私も言わせてもらうけど、
 全部計算だったからって何なの?
 自首しないって決めたのも、死んだのも、強姦だって、
 最終的に決めたのはアンタでしょう!?
 あのオヤジだって、私が殺してって頼んだわけじゃない。悪いけど。」
雪穂はそう言いドアへと向う。
雪穂の言葉に呆然と立ち尽くす亮。
「亮。
 騙される方がバカなのよ。」
微笑みを浮かべて雪穂がそう言う。
亮司は奈美江が持ってきた観葉植物を手に取り、雪穂目がけて投げつけた。
そして、怒りに満ちた目で雪穂を見つめる。
「じゃあ。」
そう言い雪穂は部屋を出ていった。

「なぁ・・・雪穂。
 月の裏側には、一筋の光もなかったよ。
 ひとかけらの優しさも、ぬくもりも、美しさもなかった。
 だけど、なぁ、雪穂。
 俺を傷つけて去ることが、あなたのやり方だったこと、
 いつの日も変わらない、あなたの優しさだったこと、
 あのむちゃくちゃなわがままだって、 
 一度でいいから幸せな子供のように甘やかされたかっただけなんだって、
 今なら・・・ちゃんとわかるんだけどな・・・。」

亮司の家からの帰り道、泣きながら歩く雪穂が呟く。
「ごめんね・・・亮・・・。」
その場に座り込み、雪穂が泣き続ける。

「ごめんな・・・。」