关键词:若狭(わかさ) 文室(ふむろ) 正高寺(しょうこうじ)
すると牛は、のっそりと小屋から出て庭石によだれで字のようなものを書くと、門の外で待つ役人のもとへ歩いていきました。  役人が力試しにと、三かかえもある大石を牛にくくりつけました。  すると牛は、平気で大石を引きずっていきます。 「おお、これはすごい!」  感心した役人たちは、さっそくその牛を長者ともども若狭の国へ連れていきました。  さていよいよ、大木を運ぶ日がやって来ました。  円海長者は、そわそわと落ちつきません。  たくさんの見物人が集まるなか、牛の体に大木をくくりつけた太いつなが何重にもまかれました。  ここまで来た以上、もう後戻りは許されません。 「よし、いいか。わしの気合いで一気に引けよ。わかったな。そーれっ!」  長者は大きなかけ声とともに、力一杯たずなを引っ張りました。  大牛は足をふんばって頭を下げると、グイ、グイ、グイーと、つなを引きました。  するとそのとたんに、ミシ、ミシ、ギギーと、大木が動き出したのです。  長者は、顔をまっ赤にして応援しました。 「そーれっ! そーれっ!」  そして見物人たちまでが、それに合わせてかけ声をおくりました。  そしてそのかけ声に合わせるように、ズズズーッと、大木は若狭の山を下り、都へと無事に引かれていったのです。  これを知った法皇さまはとても喜んで、円海の牛を、 「日本一の力牛じゃ!」 と、ほめたたえました。  それからそのほうびとして、たくさんの土地を飼い主である長者に与えたのです。  大牛がよだれで文字を書いた庭石は、『よだれ石』として、今でも文室の正高寺に残っているそうです。