日语文学作品赏析《三甚内》
「御用! 御用! 神妙にしろ!」
捕り方衆の叫び声があっちからもこっちからも聞こえて来る。
「抜いたぞ! 抜いたぞ! 用心しろ」
口々に呼び合う殺気立った声。ひとしきり提灯が集まって前後左右に揉み合ったのは賊を真ん中に取りこめたのであろう。しかし再びバラバラと流星のように散ったのは、取り逃がしたに相違ない。
「あッ」――と悲鳴が響き渡った。捕り方が一人
「逃げた逃げた、それ追い詰めろ!」
ドブン! ドブン! と、水の音。捕り方が河へ投げ込まれたのだ。
一つ消え二つ消え、御用提灯が消えるに連れて呼び合う声も遠ざかり、やがて全くひっそりとなり、寛永五年
おりから一人の老人がひしと胸の辺を抱きながら追われたように走って来た。と、スルリと家の蔭から頭巾を冠った着流しの武士が、擦れ違うように現われたがつと老人をやり過ごすと、クルリと振り返って呼び止めた。
「
「わっ!」
と老人はそれには答えずこう悲鳴をあげたものである。
「出たア! 泥棒! 人殺しイ!」
これにはかえって武士の方がひどく仰天したらしく、老人の肩をムズと掴んだが、
「拙者は怪しい者ではない。計らず道に迷ったものじゃ。人殺しなどとは何んの
努めて優しく
「出合え出合え人殺しだア!」
「えい、これほどに申しても理不尽に高声を上げおるか! 黙れ黙れ黙れと申すに!」
首根ッ子を引っ掴みグイグイ二、三度突きやった。
「ひ、ひ、人殺しイ……」
まだ嗄れ声で
驚いて武士は手を放す。と、老人は俯向けに棒を倒すように転がった。
「南無三……」
と云うのも口のうち、武士は片膝を折り敷いて、老人の鼻へ手をやったが、
「呼吸がない」と呟いた。グイと胸を開けて
「ふふん」
と鼻で笑った時には、ガラリ人間が変わっていた。
「飛び込んで来た冬の蠅さな。
ボーンと鐘の鳴ろうと云うところだ。凄く笑ったか笑わないか、おりから悪い雪空で、そこまでは
スタスタと武士は行き過ぎようとした。
「お武家様!」
と呼ぶ声がする。ギョッとして武士は足を早める。
「お待ちなせえ!」と――また呼んだ。
無言で振り返った鼻先へ、天水桶の小蔭からヒラリと飛び出した男がある。
「
しらばっくれて武士は訊いた。
「ふてえ分けをおくんなせえ」頬冠りの男は
「なるほど」
と武士もそれを聞くと軽い笑いを響かせたが、
「いや見られたとあるからは、仲間の作法捨てては置けまい」
云い云い懐中へ手を入れると、しばらく数を読んでいたが、ひょいと抜き出した左手には、十枚の小判が握られていた。
「
「え、十両おくんなさる?」さもさも感心したように、「いやもくれっぷりのよいことだの。それじゃ
さすがに尻込みするのであった。
二
「なんのなんのその
「いかさまそれには違えねえ、では遠慮なく頂戴といくか」
「さあ」
と云って投げた小判は、初雪白い地へ落ちた。
「ええ何をする
男は屈んで拾おうとした。そこを狙って片手の抜き打ち。その太刀風の鋭さ凄さ。起きも開きも出来なかったかがばとそのままのめったが、雪を
武士は初太刀を
「どっこい、あぶねえ」
と、頬冠りの男は、この時半身起きかかっていたが、思わず
してやったりと大上段、武士は入り身に切り込んだ。と、一髪のその間にピューッと草履を投げ付けた。
「フーッ」
と我知らず
「さあ来やあがれこん畜生!」――こう罵った声の下からハッハッハッと大息を吐くのは体の
「……おおかたこうだろうとは思っていたが
云い云いジリジリと付け廻す。相手の武士は片身青眼にぴたりと付けたまま動こうともしない。
しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が
相手の男はそれに反してまるで剣術など知らないらしい。身の軽いを取り柄にしてただ翩翻[#「翩翻」は底本では「翻翩」]《へんぽん》と飛び廻るばかり[#「ばかり」は底本では「だかり」]だ。ただし真剣白刃勝負の、場数はのべつに踏んでいるらしい。その証拠には勝ち目のないこの土段場に臨んでもびくともしない度胸で解る。
じっと二人は睨み合っている。
初太刀の袈裟掛け、二度目の突き、三度目の真っ向拝み打ち、それが
「世間には素早い奴があるな。それにやり方が無茶苦茶だ。喧嘩の
「へ、畜生、おいでなすったな」
「いめえましい三ぴんだ。隙ってものを見せやがらねえ。やい! 一思いに切ってかからねえか!」
「えい!」
と初めて声を掛け、右手寄りにツツ――と詰める。
「わっ、来やがった、あぶねえあぶねえ」
これは左手へタタタと逃げる。逃がしもあえず踏み込んだが同時に左手が小刀へ掛かると掬い切りに胴へはいった。血煙り立てて
「まだか!」と武士は気を
「えい、邪魔だ!」
と足を上げ武士は死骸をポンと蹴る。二つばかり転がったが、ゴロゴロと河岸の石崖伝い河の中へ落ちて行った。パッと立つ水煙り。底へ沈むらしい水の音。……その間に男は起き上がると二間余りも飛び退ったが、手には印籠を握っている。倒れながら拾った印籠である。
その時であったが水の上から
とたんに寒月が雲を割り蒼茫たる月光が流れたが、二人はハッと顔を見合わせた。船頭の頬には夜目にも
三
寛永といえば三代将軍徳川家光の治世であったが、この頃三人の高名の賊が江戸市中を徘徊した。
無論誇張はあるのであろうが「緑林黒白」という大盗伝には次のような事が記されてある。
飛沢甚内というは同列の盗賊にして、剣術、柔術は不鍛錬なれど、早業に一流を極わめ、幅十間の荒沢を飛び越える事は鳥獣よりも
勾坂甚内の生長は、甲州武田の長臣高坂弾正が子にして、幼名を甚太郎と号しけるに、程なく勝頼亡び真忠の士多く討ち死にし、または徳川の
後再び江戸に入る。云々」
「箱根の
赤坂溜他の浪宅で、剣道を弟子に教えたり、博徒と
「いや昔は面白かった。それに立派な稼ぎ人もいた。庄司甚内、飛沢甚内、俺を加えて三甚内よ。江戸中の心胆を寒からせたものだ。ところがそれから五年経った今日この頃はどうかというに、目星い稼ぎ人は影さえもない」
などと不平を云ったりした。
「そうは云っても五年前よりよくなったことも
こんなことを云いながら、その吉原の遊女屋へ、自身根気よく通うのであった。
福岡の城主五十二万石、松平美濃守のお邸は霞ヶ関の高台にあったが、勾坂甚内は徒党を率い、
「いや春先から景気がよいぞ。さあ
手下どもを追いやってから、自分も重い財布を握り、いつもの癖の一人遊び、ブラリと吉原へやって来た。大門をはいれば中之町、取っ付きの左側が山田宗順の
遊里の松の内と来たひにはその賑やかさ沙汰の限りである。その時分から千客万来、どの
庄司の姓も懐しく甚右衛門の甚にも心を引かれ、勾坂甚内はずっと
「庄司甚内と庄司甚右衛門。どうも非常に似ている名前だ。と云って泥棒の庄司甚内が足を洗って遊女屋になり廓中支配役になるようなことは絶対にあるべき筈はないし、もしまたそれがあったにしても、自分は賊であった庄司甚内をかつて一度も見たことがないから、たとえ顔を合わせたところでそれと知ることは出来そうもない」――勾坂甚内はこう思いながらも折りがあったら逢って見たいとやはり思ってはいるのであった。
四
長い
「いらっしゃいまし」と景気のよい声、二、三人バラバラと現われたが、
「お、これは白須賀様、ようおいでくだされました。さあさあ
白須賀は甚内の変名である。盗んだ金だけに糸目をつけず惜し気なくパッパッと使うのでどこへ行ってもモテルのであった。通された
やがて山海の珍味が並ぶ。
山海の珍味と云ったところで、この時分の江戸の料理と来ては京大坂に比べて、
山本
「お品。相変わらずうまいものだな……どれそれでは肴せずばなるまい」
甚内は機嫌よくこう云うと
「お大尽様! お大尽様!」
みんな喜んで囃し立てた頃には短かい冬の日がいつか暮れて座敷には燭台が立て連らねられた。
この時ようやく甚内の馴染のお米女郎が現われた。
いつも淋しげの女ではあるが分けても今夜は淋しそうに、坐ると一緒に
お米が座中に現われると同時に、そこに並んでいた女子供は一時に光を失った。ひどく見劣りがするのである。
「お米、機嫌が悪いそうな。盃ひとつ差してもくれぬの」
甚内は笑いながらこう云った。
「…………」お米は何んとも云わなかったが、その代わり静かに顔を上げ、幽かに
「毎年初雪の降る日にはいつもお米さんはご機嫌が悪く浮かぬお顔をなされます」――お島というのが取りなし顔にこう横から口を出す。
「ふうむ、それは不思議だの。初雪に怨みでもあると見える」――無論何気なく云ったのではあったが、その甚内の言葉を聞くとお米は
「あい、怨みがありますとも。――初雪に怨みがあるのでござんす」こう意気込んで云ったものである。
あまりその声が異様だったので一座の者は眼を見合わせた。一刹那座敷が
「ホホ、ホホ、ホホ、ホホ」
気味の悪いお米の笑い声が、すぐその後から追っかけて、こう座敷へ響き渡った時には、豪雄の勾坂甚内さえ何がなしにゾッと
夜が更け酒肴が徹せられた、甚内は寝間へ
「お米」と甚内はやがて云った。「心に
「はい」――とお米は親切に訊かれてついホロホロと涙ぐんだが、
「お父様の
一句凄然と云って退けた。
「む」と、甚内もこれには驚き、思わず声を詰まらせたが、
「おおそれは勇ましいことだな。……で、敵は何者だな?」
「さあそれが解っておりさえしたら、こんな苦労は致しませぬ」
「父を討たれたはいつ頃だな?」
「五年前の
涙の顔を袖で抑えお米は甚内の膝の上へとんと体を投げかけたが、とたんに襖が断りもなくスルリと外から開けられた。
五
「誰だ!」
と甚内が振り返る。
「声も掛けず開けましたはとんだ私の不調法、真っ平ご免くださいますよう」
こう云いながら坐ったのは、甚内よりも十歳ほど更けた四十五、六の立派な人物、赧ら顔でデップリと肥え、広袖姿がよく似合う。
「ま、お前はご主人さん。それでは
「うん、そうさな、では少しの間、座を外して貰おうか」
「はい」と云って出て行くお米、主人庄司甚右衛門はスルスルと前へ
「客人、いやさ勾坂甚内、大泥棒にも似合わねえドジな真似をするじゃねえか」
両手を袖へ引っ込ませると、バラバラと落ちて来た小判
「黒田様の刻印が打ち込んであるのが解らねえか」
「え?」
と甚内は今さら驚きムズと小判をひっ[#「小判をひっ」は底本では「小判をひっ」]掴んだ。いかにも刻印が押してある。
「むう」と唸るばかりである。
「なんと一言もあるまいがな。さあ早く仕度をするがいい。大門口は出られめえ。
「そう
「徒党を組んだ盗賊が黒田様の宝蔵を破り莫大の金子を奪ったについては、
「ふうむ、それにしてもこの俺を、勾坂甚内と見抜いたは?」
「黒田の邸へ押し込んで、宝蔵でも破ろうというものは三甚内の他にはねえ。……ところで三人の甚内のうち二人までは足を洗い今は素人になっている筈だ。残るは勾坂甚内だけ。その勾坂こそすなわちお前よ。宝蔵破りのその翌晩、盗んだ金を懐中にして、遊里へ姿を晒そうとする大胆不敵のやり口は、その他の奴には出来そうもねえ」
「ううむ、そうか、いや当たった。いかにも俺は勾坂だ。勾坂甚内に相違ねえ。さあこう清く
「もうおおかたは察していよう。俺こそ庄司甚内だ」
「それじゃやっぱりそうだったか。もしやもしやと思ってはいたが、そう
「おい勾坂の」と声を忍ばせ、一膝進み出た甚右衛門は、グイと顔を突き出したが、「この顔見覚えがあろうがの?」
「え?」と甚内は眼を見張る。と、彼は愕然とした。「……うむ、そういえば頬の上に古い一筋の太刀傷がある! ……お、あの時の船頭だ」
「それでもどうやら気が付いたらしい。いかにもあの時の船頭だ。……お前あの時罪もねえ可哀そうな
「殺すつもりはなかったが時のはずみで力がはいり殺生なことをしてしまった」
「その老人の一人娘がお前の馴染のあのお米よ」
「それとも知らぬお米の口からたった今聞いて驚いたところさ」
「枕交わすが商売とは云え、親の敵と馴染むとは……」
「知らぬが因果の畜生道さ」
「お米にとっては尽きぬ怨み……」
「俺にとっては
「おい、勾坂の、どうするつもりだ?」
「お米が俺を討つ気なら
「あっ!」
と
二人一緒に立ち上がり颯と開けた襖の
「や、お米、
「傷は浅い! しっかりしろ!」
左右から抱かれて眼をひらき、
「親方さん、おさらばでござんす」
甚内の顔を見詰めながら、
「怨めしいはお前。……恋しいもお前。……二筋道に迷った
そのまま
トントントントンとその刹那、表戸を続けて打つものがある。
「開けろ開けろ」と野太い声。
「南無三宝! 手が廻った!」
悲嘆から醒めて飛び上がる甚内。それを制して甚右衛門はフッと
「とても表へは出られねえ。こっちへこっちへ」
と梯子を下る。
六
今は火急の場合である。甚内は本意ではなかったが、投げ合掌と捨て念仏、お米の死骸へ義理を済ますと、すぐ甚右衛門の後へ
裏の木戸口には人影もない。
「さあこの隙に。……ちっとも早く……」
そっと甚右衛門は囁いた。
「兄貴、お礼の言葉もねえ」
「なんの昔は同じ身の上、足は洗っても義理は捨てねえ」
「それじゃ兄貴」
「たっしゃで行きねえよ」
勾坂甚内は身を飜えすと、小暗い家蔭へ消えてしまった。
サ、サ、サ、サ、サッと、爪先で歩く、忍び足の音が聞こえて来たが、一軒の家の戸蔭からつと浮かび出た一人の武士。辷るように走って来る。と、その行く手の往来へむらむらと現われた一群の捕り手。
「御用!」と十手を宙に振った。「遁がれぬところだ勾坂甚内、神妙にお縄を頂戴しろ!」
「…………」甚内はそれには答えずに、かえってそっちへ駈け寄せて行く、その勢いに驚いたものか、捕り手はパッと左右へ開いた。その真ん中を馳せ抜けようとする。ピュ――ッと響き渡る呼子の笛。これが何かの合図と見えて、甚内を目掛けて数十本の十手が雨霰と降って来た。これには甚内も驚いたが、そこは武蔵直伝の早業、十手の雨を突っ切った。大小の
「これまで見慣れぬ不思議な
肩をしたたか梯子で打たれ、甚内は内心胆を冷したが、また少からず感心もした。
彼は街の四辻へ出た。
「あっ」――と思わず仰天し、甚内は棒のように突っ立ったのである。
どっちを見ても無数の捕り手がぎっしり詰まっているではないか。
「もういけねえ」と呟きながらもどこかに活路はあるまいかと素早く四方を見廻した。と、正面に立っている古着屋らしい一軒の家の、裏戸が幽かに開けられたが、その際間から手が現われ甚内を二、三度手招いた。
これぞ天の助くるところと、甚内は
はいった所が土間である。土間の向こうが店らしい。店の奥に座敷があってそこに行燈が点っている。そうして
甚内はちょっと
座敷の真ん中に文台がある。文台の上には甚内にとって見覚えのある印籠がある。そしてその側には添え状がある。
「進上申す印籠の事。
旧姓、飛沢。今は、今日の
勾坂甚内殿へ」
「あっ」思わず声を上げた時。
「御用!」と鋭い掛け声がしたと同時にどこからともなく投げられた縄。甚内はキリキリと縛り上げられた。
「ワッハッハッハッ」
と、哄笑する声が続いて耳もとで起こったが、それと一緒に天井の
細い縞の袷を着、紺の帯を腰で結び、股引きを穿いた
それは紛れもない五年以前に川口町の天水桶の蔭から、ヌッと姿を現わして勾坂甚内を呼び止めたあげく、その甚内に切り立てられ危く命を取られようとした
そうと知った甚内は心中覚悟の
「いよいよいけねえ」と思ったのである。
「
甚内は口惜しそうに詈った。
「瞞そうとまた
「それじゃやっぱりあの時の……」
「ふてえ分けをせびった野郎よ」
「それが今ではお上の目明し?」
「それも改心したからさ。……駿河台の大久保様、彦左衛門のご前に縋り、罪障
「ふふんそうか、いや面白え。……昔は同じ夜働き、三甚内と謳われた我ら、今は
間もなく浅草鳥越において勾坂甚内は
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