舍弃“无法舍弃”之心

捨てられない「性格」は存在しないのだそうです。つまり、ただ自分で「捨てられない」と思い込んでいるだけだということ。ここで著者が引き合いに出しているのが、「学習性無力感」という心理学用語。実際には自分で改善できる状況で、その能力もあるのに、「捨てられない」という失敗を何度も味わうと、状況を改善しようという気持ちすらなくなっていってしまうということ。

这个世界应该不存在无法舍弃东西的性格。也就是说,只是自己觉得无法舍弃罢了。这里作者提出的是一个叫做“学习性无力感”的心理学用语。实际上自己明明可以改善现状,明明有这个能力,但是因为体验过好几次无法舍弃的挫败感,想要改善现状的心情也一点一点消失了。

でも、どうして捨てられないかを明確に意識できれば、そのうち捨てられるようになるもの。そして「捨てられないタイプ」も「捨てられない性格」も存在せず、自分が悪いわけでもなく、単に「捨てる技術」が未熟なだけ。だからこそ、「捨てられない」という思い込みを排除すべきだという考え方です。

但是,在意识到自己为何无法舍弃以后,就慢慢能够做到舍弃了。不管是”无法舍弃的类型“还是”无法舍弃的性格”都是不存在的,并不是自身哪里有缺陷,只不过是还没有熟练掌握“舍弃的技巧”罢了。所以,应该要丢掉自己“无法舍弃”之心。

声明:本双语文章的中文翻译系沪江日语原创内容,转载请注明出处。中文翻译仅代表译者个人观点,仅供参考。如有不妥之处,欢迎指正。

相关阅读推荐:

断舍离:衣物过多的简单整理术

做不到断舍离的深层心理原因

“舍弃”是一种技能

練習してもいないフランス語を、突然しゃべれるようになるなどということはありません。同じように、いきなり断捨離マスターになることも不可能。結果的にたくさんのモノを捨てた著者も、モノを減らし始めてから現在までに5年以上かかっているそうです。

从来都没有练习的法语,突然之间变得十分流利,这绝对是不现实的事情。同样,一下子掌握断舍离之术也是不可能的。就连作者本人也是从减少自己的物品开始到现在,经过五年多的时间才达到这个境界。

ただし、捨てること自体には、時間はかからないものなのだといいます。1日目はまずゴミを捨てる。2日目は本やCDの買い取り。3日目は家電の買い取り。4日目は大きな家具を粗大ゴミに出す。というように、どれだけモノが大量にあっても、1週間あれば捨てきることが可能。そして忘れるべきでないのは、捨てる実作業ではなく、モノに対して見切りをつけるための時間が膨大にかかるだけだということ。

但是,舍弃本身可以说是不需要花费多少时间的。第一天首先舍弃垃圾。第二天舍弃一些书和不要的唱片。第三天舍弃一些没用的家电。第四天舍弃一些大型的家具和大件的垃圾。像这样,不管你的物品数量有多么庞大,一星期的时间足够用来舍弃了。另外要注意的是,舍弃并不是体力工作,而是你投入时间对物品的实用性做出自己的判断。

为什么无法舍弃

いきなり捨てられなくてもいい。まずは、捨てられない理由を明らかにすることだ。

就算一下子没有办法舍弃也没有关系。首先找出自己无法舍弃的理由。

「よし、モノを減らそう」と思い立ったとたんに、一晩でミニマリストへと生まれ変われる人は少ないもの。なぜなら先に触れたとおり、捨てるのは技術なので、最初はなかなか捨てられなくて当然だからです。つまり、「捨てられない」のは恥ずかしいことではない。たとえ最初は捨てられなかったとしても、「なぜ、それが捨てられないのか」、その理由を明確に感じとっていくことが必要だといいます。

“好!现在开始减少物品!”这样想之后,一个晚上就完成改造工作的人少之又少。为什么会这样呢。由于舍弃本身是一种技能,所以刚开始接触时无法做到也是很正常的事情。也就是说,“无法舍弃”不是一件值得害臊的事情。即使最初没办法做到,“为什么我没办法丢掉它呢?”,明白其中的原因我觉得是很要紧的事情。

不存在“舍弃就会后悔”的东西

著者はモノであふれた汚部屋に住んでいたころからすると、持ちモノを5%くらいまで減らしたのだそうです。つまりモノが1000個あったとしたら、950個は捨てたということ。しかし、そのなかで捨てて後悔したモノはひとつもないそうです。あるいは、あったとしても全然思い出せないのだとか。心の底から「捨てなきゃよかった!」と後悔するモノは少なく、つまり所有物の価値とは、その程度の小さなモノだということ。

从作者住在被物品堆满了的脏兮兮的屋子里面时开始算起,到现在为止她把自己的物品减少到了5%。就是说假设物品原来有1000个的话,就有950个被扔掉了。但是在这其中,丢掉以后自己又感到后悔的东西却一个也没有。或者说,即使这个东西存在着自己也没有什么感觉。会在心里觉得“没有丢掉真好啊!”并后悔丢掉的东西越来越少,也就是自己拥有的东西的真实价值,其实没有自己想象的那种程度来得大。

捨てる気持ちを邪魔するのは、「捨てた後に必要になったらどうしよう」「いつか『捨てなければよかった』と思う日が来るのでは?」という不安。しかし、そんな不安に対しては次のようにいい聞かせるべきだといいます。

妨碍自己舍弃的东西,是一种“扔掉以后又要用到了该怎么办”、“总有一天会庆幸自己当初没有丢掉的”这种不安的心理。但是,面对这种不安,应该要像下面这句话这样说。

「捨てて」後悔するモノはひとつもない。後悔しないばかりか、「捨ててよかった」とすべての捨てたモノに対してきっといえる。

扔掉以后会后悔的东西是不存在的,不但不会后悔,还会在心里觉得“总算是扔掉了啊”,面对所有被丢掉的东西一定都会这样说。

舍弃重复的东西

簡単に捨てやすいのは複数あるモノ。ハサミや使っていないボールペンがたくさんあっても、それは意味のないこと。モノは用途ごとに1つあればいいというのが著者の考え方。そして、モノがどこにあるかわからなくなるのも、同じ用途のモノが複数あり、なおかつモノの住所が決まっていないので、複数の場所 に散らばるから。複数あると、ストックの量も把握できなくなってしまうわけです。

比较容易舍弃的是重复的东西。剪刀呀没用的圆珠笔呀,虽然有很多,但都是没有意义的东西。作者认为物品根据每个用途有一个就可以了。并且不知道东西放在哪里也是因为同样用途的东西有好几个,尚未确定东西应该放置的场所,所以把东西零零散散扔在不同的地方。因为有好几个一样的,所以也不确定自己拥有物品的数量。

ハサミを3つ持っているなら、いきなり1つに絞らなくてもいい。3つの中から1つを捨てることでもいい。選び方は簡単。お気に入りでないモノ、使ってないモノ、機能が劣っているモノを捨てよう。複数あるモノはなるべく数を減らし、最終的には1つにしていこう。

如果有三把剪刀的话,不一下子减少到一把剪刀也没什么大碍。在三把中先舍弃一把也可以。选择的方法很简单。舍弃掉不喜欢的东西、不使用的东西、功能比较差的东西。重复拥有的东西尽可能减少它们的数量,最终减少到只有一个就够了。

舍弃一年都没使用过的东西

使っていないモノは捨てる。これが、モノを減らすための鉄則。そして、「使う予定のないモノも捨てよう」と著者は提案しています。重要なのは、1年を通して使わなかったモノは、今後も必要がないモノだということ。だとすれば、来年もそれなしでなんの問題もなく過ごせるはず。だから、(災害に備える非常用の装備は別としても)、1年に1回も出番がないモノを手元に置く必要はないといいます。

舍弃不使用的东西。这是舍弃物品必然要遵守的法则。另外,作者还提倡“舍弃不准备使用的东西”。值得重视的是,已经一年都没有使用过的东西,今后也是没有必要使用的东西,这样的话,以后即使没有这个东西对你的生活也不会产生什么影响。所以,(为防灾而准备的非日常用品另当别论),可以说一年中连一次都没有使用过的东西也没有必要保管着了。

ホコリが溜まっているモノは、必ず使っていない。1年使っていないモノは、来年も、再来年も、ずっと必要がない。3年に一度使うモノなどレンタルしよう。使っていないモノの維持・管理にお金もエネルギーもムダにするのはやめよう。

积满了灰尘的东西肯定是不使用的东西。一年都没有使用过的东西,明年,后年,一直都不会需要了。三年才使用一次的东西不如出租了吧。记住不要在自己不使用的东西的保管上浪费自己的金钱和能量。

舍弃博取他人眼球的东西

ある水準以上に豊かになった人は、「自分の価値」をモノを通じて伝えようとするもの。だからこそ、「これは本当に自分が好きで使っているモノだろうか?」というように内省してみることが大切。他人からどう見られているかは、誰もが気になること。でも、人の目を意識して自分が消耗してしまうなら、それは無意味なこと。そこで、人の目線のためにあるモノは、いっそ手放してしまった方がいいと著者は主張しています。

某种水准以上的生活富裕的人往往会想要通过物品来体现“自己的价值”。所以,“这真的是因为自己喜欢而使用的东西吗?”像这样的自省就显得十分重要了。别人会怎样看待自己,这对谁来说都是很在意的事情。但是因为他人的目光而消耗自身能量,这是一种毫无意义的事情。所以作者主张,为了博取他人眼球而存在的东西索性就舍弃了吧。

モノの維持・管理に消耗せず、きちんと使っていて、使うことで喜びを感じさせてくれるモノが自分の好きなモノだ。ただ人の目線を気にしたモノは手放そう。

不要在物品的保管上消耗自己。那些非常珍惜地使用,从使用中自己能够得到喜悦的东西一定就是自己喜欢的东西。只是为了博取他人眼球的东西就应该放手。