2008年11月01日付 毕加索名画登陆日本
翻译:天声人语翻译小组
整理:baiheps
▼上半身裸のピカソの写真を見て、太く長いその生涯を重ねたことがある。骨太の老体は多くの女性を愛し、平和を叫び通した。90過ぎまで絵筆を離さず、今なお熱い数万の作品を残した。
当我看到毕加索上半身赤裸的照片时,似乎也看到了他丰富而漫长的一生。这坚实的苍老身体在深爱着众多女性的同时,也在自始至终地呼唤和平。九十多岁的他依旧笔耕不辍,其传世的数万件作品至今热度不减。
▼「私は自伝を書くように絵を描いている。私の絵は、完成されていようがいまいが、日記のページのようなものだ」。述懐の通り、自他の肖像やアトリエ風景は、一つ残らず人生の断面だろう。それらに再会するため、成田空港ではなく、六本木に向かう。
“我作画时就像是在写自传。不管是否完成,我的(每一幅)画都像一页日记。”正如毕加索所述,无论是他的肖像还是工作室一景,都无一例外地是他人生的一个剖面。要想能够再睹(那些如日记一般的画),你需要去的不是成田机场,而是六本木。
▼改修が進むパリの国立ピカソ美術館から230点を持ち込み、「巨匠ピカソ」展が国立新美術館とサントリー美術館で開かれている(12月14日まで)。分厚い日記を繰るように、作品は年代順に並んでいた。
(因为,那里的)国立新美术馆及三得利美术馆正在举办“巨匠毕加索”展。(截止日期12月14日)。所展出的230件展品来自改建中的巴黎国立毕加索美术。展馆将它们按时间顺序排列,(令观者)宛如在翻看一本厚厚的日记。
▼「青の時代」を代表する20歳の《自画像》。以後70年をかけて弾(はじ)ける情念が、暗い目と膨れたマントに潜む。《ドラ·マールの肖像》は肌が黄、髪は青、目は右が赤で左は緑。50代半ばで知り合った若い女性写真家への好意は、陳腐な色では語れない。
20岁时的《自画像》代表了毕加索的“青涩时代”;黯淡的双眼和鼓起的披风之中,蕴藏了70年积蓄迸发的激情;《多拉·玛尔的肖像》皮肤是黄色的,头发是蓝色的,而眼睛是右红左绿;对55岁时结识的年轻女摄影家的好感,难以借陈旧的色调表达。
▼73年に「日記」を閉じた時、画家は膨大な作品群を手元に残していた。相続税の代わりとして、フランス政府は「よりどりみどり」の権利を得る。こうして生まれた美術館の、珠玉がいま東京にある。
当画家在73年合上这本“日记”时,身边已留作品无数。作为继承税的抵偿,法国政府获得了“随意挑选”的权利,如此诞生的巴黎国立美术馆的珍品现在就在东京。
▼ ピカソは、自身の創作遍歴を大河に重ねてもいる。「根こそぎにされた木々や、死んだ犬、あらゆる種類のゴミ、それらが放つ邪気のすべてを引き連れて、私は 流れ続ける」。鑑賞後の疲れは、二つの会場を隔てる「徒歩5分」のせいではない。どうやら、深い河と邪気の仕業らしい。
毕加索也曾将自己的创作经历比喻为一条宽广的河流。他说:“我裹带着连根拔起的树木、狗的尸体、及各种垃圾所释放出来的全部恶臭,奔流不息”。(因此,人们)观展后的疲惫感应该并不是来自两馆间“徒步5分钟”的距离。真正的罪魁祸首是那深深的河水和恶臭。
解说:
背景:
パブロ·ピカソ(Pablo Picasso, 1881年10月25日 - 1973年4月8日)はスペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動をした画家·彫刻家·芸術家。ジョルジュ·ブラック同様、キュビスムの創始者のひと り。生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な画家であるとギ ネスブックに記されている。
词汇:
1,選り取り見取り:任意挑选
好き勝手に選び取ること。選択が自由なこと。「売り手市場で仕事は―だ」
2,根こそぎ:[すべて]全部;[きれいさっぱり]干净地;[ひとつのこらず]一点不留地.
根こそぎにする/根除;根绝.
根こそぎ持っていく/全部拿走.
身代を根こそぎなくした/把财产cáichǎn全花光了.
根こそぎ一掃された/全部一扫而光;从根本上消除了.
根こそぎに害虫を退治する/彻底chèdǐ消灭xiāomiè害虫.
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