素人演劇には良いものと悪いものとがある。良いわるいは何を標準にしてきめるかと云へば、決して素人芸のいはゆる「上手下手」ではない。「素人ばなれがしてゐる」とか、「玄人はだしだ」とかいふのは、必ずしも正しい意味での値打にはならないのである。役者が商売といふのでなく、たゞ暇な時に仲間同志が集つて芝居をやるといふことは、ごく自然な人間の遊戯本能であつて、これを芝居の真似と考へるべきではない。
 素人演劇の魅力ある健全なすがたは、そもそも「芝居」といふものが今日のやうに職業化してしまはない以前の、素朴な、闊達な、衆と共に励み楽しむ生活の精神と表現のなかにあるのである。
 近頃、農村や工場で素人演劇が盛に行はれる風があり、十分いい結果をあげてゐる一面、なかにはいろいろな点で弊害を生みさうな徴候がみえないでもないので、こゝに関係当局とも計り、とりあへず一般の心得となり手引となるべき要目を提示することにした。本書の記述は多少演劇の専門知識を基礎としなければ理解しにくいところがあるかもわからないが、主として各職場における指導的立場にある人々を対象として書かれたのであつて、文化運動乃至は厚生施策として素人演劇の真の意義と価値について、指導者としては少くともこれくらゐ徹底した考へをもつてもらひたいと思ふ。
  昭和十七年三月

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