九
うらなり君の送別会のあるという日の朝、学校へ出たら、
山嵐が
突然、君先だってはいか銀が来て、君が乱暴して困るから、どうか出るように話してくれと
頼んだから、
真面目に受けて、君に出てやれと話したのだが、あとから聞いてみると、あいつは
悪るい
奴で、よく
偽筆へ
贋落款などを
押して売りつけるそうだから、全く君の事も
出鱈目に
違いない。君に
懸物や
骨董を売りつけて、商売にしようと思ってたところが、君が取り合わないで
儲けがないものだから、あんな作りごとをこしらえて
胡魔化したのだ。僕はあの人物を知らなかったので君に大変失敬した
勘弁したまえと長々しい謝罪をした。
おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五
厘をとって、おれの
蝦蟇口のなかへ入れた。山嵐は君それを引き
込めるのかと
不審そうに聞くから、うんおれは君に
奢られるのが、いやだったから、是非返すつもりでいたが、その後だんだん考えてみると、やっぱり奢ってもらう方がいいようだから、引き込ますんだと説明した。山嵐は大きな声をしてアハハハと笑いながら、そんなら、なぜ早く取らなかったのだと聞いた。実は取ろう取ろうと思ってたが、何だか
妙だからそのままにしておいた。近来は学校へ来て一銭五厘を見るのが苦になるくらいいやだったと云ったら、君はよっぽど負け
惜しみの強い男だと云うから、君はよっぽど
剛情張りだと答えてやった。それから二人の間にこんな問答が
起った。
「君は一体どこの産だ」
「おれは
江戸っ子だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」
「きみはどこだ」
「僕は
会津だ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
「行くとも、君は?」
「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、
浜まで見送りに行こうと思ってるくらいだ」
「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」
「勝手に飲むがいい。おれは
肴を食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は
馬鹿だ」
「君はすぐ
喧嘩を
吹き
懸ける男だ。なるほど江戸っ子の
軽跳な風を、よく、あらわしてる」
「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、
話しがあるから」
山嵐は
約束通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒でたまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だか
憐れっぽくって、出来る事なら、おれが代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行を
盛にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、
到底物にならないから、大きな声を出す山嵐を
雇って、一番赤シャツの
荒肝を
挫いでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。
おれはまず
冒頭としてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより
詳しく知っている。おれが
野芹川の土手の話をして、あれは
馬鹿野郎だと云ったら、山嵐は君はだれを
捕まえても馬鹿
呼わりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃないか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ赤シャツは
腑抜けの
呆助だと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。山嵐は強い事は強いが、こんな言葉になると、おれより
遥かに字を知っていない。会津っぽなんてものはみんな、こんな、ものなんだろう。
それから増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふふんと鼻から声を出して、それじゃ僕を
免職する考えだなと云った。免職するつもりだって、君は免職になる気かと聞いたら、
誰がなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツもいっしょに免職させてやると大いに
威張った。どうしていっしょに免職させる気かと押し返して
尋ねたら、そこはまだ考えていないと答えた。山嵐は強そうだが、
智慧はあまりなさそうだ。おれが増給を
断わったと話したら、大将大きに喜んでさすが江戸っ子だ、えらいと
賞めてくれた。
うらなりが、そんなに
厭がっているなら、なぜ留任の運動をしてやらなかったと聞いてみたら、うらなりから話を聞いた時は、
既にきまってしまって、校長へ二度、赤シャツへ一度行って談判してみたが、どうする事も出来なかったと話した。それについても古賀があまり好人物過ぎるから困る。赤シャツから話があった時、断然断わるか、一応考えてみますと
逃げればいいのに、あの弁舌に胡魔化されて、
即席に
許諾したものだから、あとからお
母さんが泣きついても、自分が談判に行っても役に立たなかったと非常に残念がった。
今度の事件は全く赤シャツが、うらなりを遠ざけて、マドンナを手に入れる策略なんだろうとおれが云ったら、無論そうに違いない。あいつは
大人しい顔をして、悪事を働いて、人が何か云うと、ちゃんと
逃道を
拵えて待ってるんだから、よっぽど
奸物だ。あんな奴にかかっては
鉄拳制裁でなくっちゃ利かないと、
瘤だらけの
腕をまくってみせた。おれはついでだから、君の腕は強そうだな
柔術でもやるかと聞いてみた。すると大将二の腕へ力瘤を入れて、ちょっと
攫んでみろと云うから、指の先で
揉んでみたら、何の事はない湯屋にある軽石の様なものだ。
おれはあまり感心したから、君そのくらいの腕なら、赤シャツの五人や六人は一度に張り飛ばされるだろうと聞いたら、無論さと云いながら、曲げた腕を
伸ばしたり、縮ましたりすると、力瘤がぐるりぐるりと皮のなかで
廻転する。すこぶる
愉快だ。山嵐の証明する所によると、かんじん
綯りを二本より合せて、この力瘤の出る所へ巻きつけて、うんと腕を曲げると、ぷつりと切れるそうだ。かんじんよりなら、おれにも出来そうだと云ったら、出来るものか、出来るならやってみろと来た。切れないと外聞がわるいから、おれは見合せた。
君どうだ、今夜の送別会に大いに飲んだあと、赤シャツと野だを
撲ってやらないかと面白半分に勧めてみたら、山嵐はそうだなと考えていたが、今夜はまあよそうと云った。なぜと聞くと、今夜は古賀に気の毒だから――それにどうせ撲るくらいなら、あいつらの悪るい所を見届けて現場で撲らなくっちゃ、こっちの落度になるからと、分別のありそうな事を
附加した。山嵐でもおれよりは考えがあると見える。
じゃ演説をして古賀君を大いにほめてやれ、おれがすると江戸っ子のぺらぺらになって重みがなくていけない。そうして、きまった所へ出ると、急に
溜飲が起って
咽喉の所へ、大きな
丸が上がって来て言葉が出ないから、君に
譲るからと云ったら、妙な病気だな、じゃ君は人中じゃ口は利けないんだね、困るだろう、と聞くから、何そんなに困りゃしないと答えておいた。
そうこうするうち時間が来たから、山嵐と一所に会場へ行く。会場は
花晨亭といって、
当地で第一等の料理屋だそうだが、おれは一度も足を入れた事がない。もとの家老とかの
屋敷を買い入れて、そのまま開業したという話だが、なるほど
見懸からして
厳めしい構えだ。家老の屋敷が料理屋になるのは、
陣羽織を
縫い直して、
胴着にする様なものだ。
二人が着いた
頃には、
人数ももう
大概揃って、五十
畳の広間に二つ三つ人間の
塊が出来ている。五十畳だけに
床は素敵に大きい。おれが山城屋で
占領した十五畳敷の床とは比較にならない。尺を取ってみたら二間あった。右の方に、赤い模様のある瀬戸物の
瓶を
据えて、その中に
松の大きな
枝が
挿してある。松の枝を挿して何にする気か知らないが、何ヶ月立っても散る気遣いがないから、銭が懸らなくって、よかろう。あの瀬戸物はどこで出来るんだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、
伊万里ですと云った。伊万里だって瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへへへへと笑っていた。あとで聞いてみたら、瀬戸で出来る焼物だから、瀬戸と云うのだそうだ。おれは江戸っ子だから、
陶器の事を瀬戸物というのかと思っていた。床の真中に大きな懸物があって、おれの顔くらいな大きさな字が二十八字かいてある。どうも
下手なものだ。あんまり
不味いから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを
麗々と懸けておくんですと
尋ねたところ、先生はあれは
海屋といって有名な書家のかいた者だと教えてくれた。海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思っている。
やがて書記の川村がどうかお着席をと云うから、柱があって
靠りかかるのに都合のいい所へ
坐った。海屋の懸物の前に
狸が
羽織、
袴で着席すると、左に赤シャツが同じく羽織袴で
陣取った。右の方は主人公だというのでうらなり先生、これも日本服で
控えている。おれは洋服だから、かしこまるのが
窮屈だったから、すぐ
胡坐をかいた。
隣りの
体操教師は黒
ずぼんで、ちゃんとかしこまっている。体操の教師だけにいやに修行が積んでいる。やがてお
膳が出る。
徳利が
並ぶ。幹事が立って、
一言開会の辞を述べる。それから狸が立つ。赤シャツが
起つ。ことごとく送別の辞を述べたが、三人共申し合せたようにうらなり君の、良教師で好人物な事を
吹聴して、今回去られるのはまことに残念である、学校としてのみならず、個人として大いに惜しむところであるが、ご一身上のご都合で、切に転任をご希望になったのだから
致し
方がないという意味を述べた。こんな
嘘をついて送別会を開いて、それでちっとも
恥かしいとも思っていない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。この良友を失うのは実に自分にとって大なる不幸であるとまで云った。しかもそのいい方がいかにも、もっともらしくって、例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でもきっとだまされるに
極ってる。マドンナも大方この手で
引掛けたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てている最中、
向側に坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと
稲光をさした。おれは返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
赤シャツが座に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれは
嬉しかったので、思わず手をぱちぱちと
拍った。すると狸を始め一同がことごとくおれの方を見たには少々困った。山嵐は何を云うかと思うとただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対で古賀君が
一日も早く当地を去られるのを希望しております。延岡は
僻遠の地で、当地に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞くところによれば風俗のすこぶる
淳朴な所で、職員生徒ことごとく
上代樸直の気風を帯びているそうである。心にもないお世辞を
振り
蒔いたり、美しい顔をして君子を
陥れたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるからして、君のごとき温良
篤厚の士は必ずその地方一般の
歓迎を受けられるに
相違ない。
吾輩は大いに古賀君のためにこの転任を祝するのである。終りに臨んで君が延岡に
赴任されたら、その地の
淑女にして、君子の
好逑となるべき資格あるものを
択んで
一日も早く円満なる家庭をかたち作って、かの不貞無節なるお
転婆を事実の上において
慚死せしめん事を希望します。えへんえへんと二つばかり大きな
咳払いをして席に着いた。おれは今度も手を
叩こうと思ったが、またみんながおれの
面を見るといやだから、やめにしておいた。山嵐が坐ると今度はうらなり先生が起った。先生はご
鄭寧に、自席から、座敷の
端の末座まで行って、
慇懃に一同に
挨拶をした上、今般は一身上の都合で九州へ参る事になりましたについて、諸先生方が小生のためにこの
盛大なる送別会をお開き下さったのは、まことに
感銘の至りに
堪えぬ次第で――ことにただ今は校長、教頭その他諸君の送別の辞を
頂戴して、大いに
難有く
服膺する訳であります。私はこれから遠方へ参りますが、なにとぞ従前の通りお見捨てなくご
愛顧のほどを願います。とへえつく張って席に
戻った。うらなり君はどこまで人が好いんだか、ほとんど底が知れない。自分がこんなに馬鹿にされている校長や、教頭に
恭しくお礼を云っている。それも義理
一遍の挨拶ならだが、あの様子や、あの言葉つきや、あの顔つきから云うと、
心から感謝しているらしい。こんな聖人に真面目にお礼を云われたら、気の毒になって、赤面しそうなものだが狸も赤シャツも真面目に
謹聴しているばかりだ。
挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、という音がする。おれも真似をして
汁を飲んでみたがまずいもんだ。
口取に
蒲鉾はついてるが、どす黒くて竹輪の
出来損ないである。
刺身も並んでるが、厚くって
鮪の切り身を生で食うと同じ事だ。それでも
隣り近所の連中はむしゃむしゃ
旨そうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう。
そのうち
燗徳利が
頻繁に往来し始めたら、四方が急に
賑やかになった。野だ公は恭しく校長の前へ出て
盃を頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に
献酬をして、
一巡周るつもりとみえる。はなはだご苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンのままかしこまって、一
盃差し上げた。せっかく参って、すぐお別れになるのは残念ですね。ご
出立はいつです、是非浜までお見送りをしましょうと云ったら、うらなり君はいえご用
多のところ決してそれには
及びませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気でいる。
それから一時間ほどするうちに席上は大分乱れて来る。まあ一
杯、おや僕が飲めと云うのに……などと
呂律の
巡りかねるのも
一人二人出来て来た。少々
退屈したから便所へ行って、昔風な庭を星明りにすかして
眺めていると山嵐が来た。どうださっきの演説はうまかったろう。と大分得意である。大賛成だが一ヶ所気に入らないと
抗議を申し込んだら、どこが不賛成だと聞いた。
「美しい顔をして人を陥れるようなハイカラ野郎は延岡に
居らないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」
「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、
猫被りの、
香具師の、モモンガーの、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変たくさん知ってる。それで
演舌が出来ないのは不思議だ」
「なにこれは
喧嘩のときに使おうと思って、用心のために取っておく言葉さ。演舌となっちゃ、こうは出ない」
「そうかな、しかしぺらぺら出るぜ。もう一遍やって見たまえ」
「何遍でもやるさいいか。――ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、
椽側をどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながら
馳け出して来た。
「両君そりゃひどい、――逃げるなんて、――僕が居るうちは決して
逃さない、さあのみたまえ。――いかさま師?――面白い、いかさま面白い。――さあ飲みたまえ」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。実はこの両人共便所に来たのだが、
酔ってるもんだから、便所へはいるのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。酔っ払いは目の
中る所へ用事を拵えて、前の事はすぐ忘れてしまうんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。さあ飲ましてくれたまえ。いかさま師をうんと云うほど、酔わしてくれたまえ。君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを
壁際へ
圧し付けた。諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗っているのは一つもない。自分の分を
奇麗に食い
尽して、五六間先へ
遠征に出た奴もいる。校長はいつ帰ったか姿が見えない。
ところへお座敷はこちら? と芸者が三四人はいって来た。おれも少し
驚ろいたが、壁際へ圧し付けられているんだから、じっとしてただ見ていた。すると今まで
床柱へもたれて例の
琥珀のパイプを
自慢そうに
啣えていた、赤シャツが急に
起って、座敷を出にかかった。
向うからはいって来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。その一人は一番若くて一番奇麗な奴だ。遠くで
聞えなかったが、おや今晩はぐらい云ったらしい。赤シャツは知らん顔をして出て行ったぎり、顔を出さなかった。大方校長のあとを
追懸けて帰ったんだろう。
芸者が来たら座敷中急に陽気になって、一同が
鬨の声を
揚げて
歓迎したのかと思うくらい、
騒々しい。そうしてある奴はなんこを
攫む。その声の大きな事、まるで
居合抜の
稽古のようだ。こっちでは
拳を打ってる。よっ、はっ、と
夢中で両手を振るところは、ダーク一座の
操人形よりよっぽど
上手だ。向うの
隅ではおいお
酌だ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。どうもやかましくて騒々しくってたまらない。そのうちで
手持無沙汰に下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。自分のために送別会を開いてくれたのは、自分の転任を
惜んでくれるんじゃない。みんなが酒を
呑んで遊ぶためだ。自分独りが手持無沙汰で苦しむためだ。こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどましだ。
しばらくしたら、めいめい
胴間声を出して何か
唄い始めた。おれの前へ来た一人の芸者が、あんた、なんぞ、唄いなはれ、と三味線を
抱えたから、おれは唄わない、貴様唄ってみろと云ったら、
金や
太鼓でねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩いて廻って
逢われるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻って逢いたい人がある、と二た息にうたって、おおしんどと云った。おおしんどなら、もっと楽なものをやればいいのに。
すると、いつの間にか
傍へ来て坐った、野だが、鈴ちゃん逢いたい人に逢ったと思ったら、すぐお帰りで、お気の毒さまみたようでげすと相変らず
噺し家みたような言葉使いをする。知りまへんと芸者はつんと済ました。野だは
頓着なく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して
義太夫の
真似をやる。おきなはれやと芸者は平手で野だの
膝を叩いたら野だは
恐悦して笑ってる。この芸者は赤シャツに挨拶をした奴だ。芸者に叩かれて笑うなんて、野だもおめでたい者だ。鈴ちゃん僕が
紀伊の国を
踴るから、一つ
弾いて頂戴と云い出した。野だはこの上まだ踴る気でいる。
向うの方で漢学のお
爺さんが歯のない口を
歪めて、そりゃ聞えません
伝兵衛さん、お前とわたしのその中は……とまでは無事に
済したが、それから? と芸者に聞いている。爺さんなんて物覚えのわるいものだ。一人が博物を
捕まえて
近頃こないなのが、でけましたぜ、弾いてみまほうか。よう聞いて、いなはれや――
花月巻、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、弾くはヴァイオリン、
半可の英語でぺらぺらと、I am glad to see you と唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。
山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが
剣舞をやるから、三味線を弾けと号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、
踏破千山万岳烟と
真中へ出て独りで
隠し芸を演じている。ところへ野だがすでに
紀伊の国を済まして、かっぽれを済まして、
棚の
達磨さんを済して
丸裸の
越中褌一つになって、
棕梠箒を小脇に
抱い込んで、日清談判
破裂して……と座敷中練りあるき出した。まるで
気違いだ。
おれはさっきから苦しそうに袴も
脱がず控えているうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ自分の送別会だって、越中褌の
裸踴まで羽織袴で
我慢してみている必要はあるまいと思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めてみた。するとうらなり君は今日は私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご
遠慮なくと動く景色もない。なに構うもんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。
気狂会です。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手を
塞いだ。おれはさっきから
肝癪が起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり
拳骨で、野だの頭をぽかりと
喰わしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれた
体で、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。お
撲ちになったのは情ない。この吉川をご
打擲とは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。とわからぬ事をならべているところへ、うしろから山嵐が何か
騒動が始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見て、いきなり
頸筋をうんと
攫んで引き
戻した。日清……いたい。いたい。どうもこれは乱暴だと振りもがくところを横に
捩ったら、すとんと
倒れた。あとはどうなったか知らない。
途中でうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。
十
祝勝会で学校はお休みだ。
練兵場で式があるというので、
狸は生徒を引率して参列しなくてはならない。おれも職員の
一人としていっしょにくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だらけで、まぼしいくらいである。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が
隊伍を整えて、一組一組の間を少しずつ明けて、それへ職員が一人か
二人ずつ
監督として割り
込む
仕掛けである。
仕掛だけはすこぶる
巧妙なものだが、実際はすこぶる不手際である。生徒は
小供の上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかかわると思ってる
奴等だから、職員が
幾人ついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をうたったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのに
鬨の声を
揚げたり、まるで
浪人が町内をねりあるいてるようなものだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か
喋舌ってる。喋舌らないでも歩けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言を
云ったって聞きっこない。喋舌るのもただ喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒を謝罪さして、まあこれならよかろうと思っていた。ところが実際は
大違いである。下宿の
婆さんの言葉を借りて云えば、正に大違いの
勘五郎である。生徒があやまったのは
心から
後悔してあやまったのではない。ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭ばかり下げて、
狡い事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめるものでない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかも知れない。人があやまったり
詫びたりするのを、
真面目に受けて勘弁するのは正直過ぎる
馬鹿と云うんだろう。あやまるのも仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってれば
差し
支えない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで
叩きつけなくてはいけない。
おれが組と組の間にはいって行くと、
天麩羅だの、
団子だの、と云う声が絶えずする。しかも大勢だから、
誰が云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありません、団子と申したのじゃありません、それは先生が
神経衰弱だから、ひがんで、そう聞くんだぐらい云うに
極まってる。こんな
卑劣な根性は封建時代から、養成したこの土地の習慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、
到底直りっこない。こんな土地に一年も居ると、潔白なおれも、この
真似をしなければならなく、なるかも知れない。
向うでうまく言い
抜けられるような手段で、おれの顔を
汚すのを
抛っておく、
樗蒲一はない。向こうが人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから
刑罰として何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に
尋常の手段で行くと、向うから
逆捩を食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から
逃げ
路が作ってある事だから
滔々と弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ立派にしてそれからこっちの非を
攻撃する。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向うの非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた
喧嘩のように、
見傚されてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、
愚迂多良童子を極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためにならない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いて
捕まえられないで、手の付けようのない返報をしなくてはならなくなる。そうなっては
江戸っ子も
駄目だ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰って
清といっしょになるに限る。こんな
田舎に居るのは
堕落しに来ているようなものだ。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
こう考えて、いやいや、
附いてくると、何だか
先鋒が急にがやがや
騒ぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、
大手町を
突き当って
薬師町へ曲がる角の所で、行き
詰ったぎり、
押し返したり、押し返されたりして
揉み合っている。前方から静かに静かにと声を
涸らして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と
師範学校が
衝突したんだと云う。
中学と師範とはどこの県下でも犬と
猿のように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方
狭い田舎で
退屈だから、
暇潰しにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に
馳け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の
癖に、引き込めと、
怒鳴ってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは
邪魔になる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と云う高く
鋭い号令が
聞えたと思ったら師範学校の方は
粛粛として行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには
相違ないが、つまり中学校が一歩を
譲ったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が
万歳を唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気に
掛っていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと
詳しく書いてくれとの注文だから、なるべく
念入に
認めなくっちゃならない。しかしいざとなって、
半切を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは
面倒臭い。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つもなさそうだ。おれは
墨を
磨って、筆をしめして、巻紙を
睨めて、――巻紙を睨めて、筆をしめして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返も
繰り返したあと、おれには、とても手紙は書けるものではないと、
諦めて
硯の
蓋をしてしまった。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。やっぱり東京まで出掛けて行って、
逢って話をするのが簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文通りの手紙を書くのは三七日の
断食よりも苦しい。
おれは筆と巻紙を
抛り出して、ごろりと転がって
肱枕をして
庭の方を
眺めてみたが、やっぱり清の事が気にかかる。その時おれはこう思った。こうして遠くへ来てまで、清の身の上を案じていてやりさえすれば、おれの
真心は清に通じるに違いない。通じさえすれば手紙なんぞやる必要はない。やらなければ無事で
暮してると思ってるだろう。たよりは死んだ時か病気の時か、何か事の起った時にやりさえすればいい訳だ。
庭は
十坪ほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の
蜜柑があって、
塀のそとから、
目標になるほど高い。おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。東京を出た事のないものには蜜柑の
生っているところはすこぶる
珍しいものだ。あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだろうが、定めて
奇麗だろう。今でももう半分色の変ったのがある。
婆さんに聞いてみると、すこぶる水気の多い、
旨い蜜柑だそうだ。今に
熟たら、たんと
召し上がれと云ったから、毎日少しずつ食ってやろう。もう三週間もしたら、
充分食えるだろう。まさか三週間以内にここを去る事もなかろう。
おれが蜜柑の事を考えているところへ、
偶然山嵐が話しにやって来た。今日は祝勝会だから、君といっしょにご
馳走を食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮の
包を
袂から引きずり出して、
座敷の
真中へ抛り出した。おれは下宿で
芋責豆腐責になってる上、
蕎麦屋行き、
団子屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さんから
鍋と砂糖をかり込んで、
煮方に取りかかった。
山嵐は
無暗に牛肉を
頬張りながら、君あの赤シャツが芸者に
馴染のある事を知ってるかと聞くから、知ってるとも、この間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと云ったら、そうだ
僕はこの
頃ようやく勘づいたのに、君はなかなか
敏捷だと大いにほめた。
「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的
娯楽だのと云う
癖に、裏へ
廻って、芸者と関係なんかつけとる、
怪しからん
奴だ。それもほかの人が遊ぶのを
寛容するならいいが、君が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へはいるのさえ
取締上害になると云って、校長の口を通して注意を加えたじゃないか」
「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物理的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあの
様は。馴染の芸者がはいってくると、入れ代りに席をはずして、逃げるなんて、どこまでも人を
胡魔化す気だから気に食わない。そうして人が
攻撃すると、僕は知らないとか、
露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を
烟に
捲くつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く
御殿女中の生れ変りか何かだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島の
かげまかもしれない」
「湯島の
かげまた何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。――君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと
絛虫が
湧くぜ」
「そうか、
大抵大丈夫だろう。それで赤シャツは人に
隠れて、
温泉の町の
角屋へ行って、芸者と会見するそうだ」
「角屋って、あの宿屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこますためには、あいつが芸者をつれて、あすこへはいり込むところを見届けておいて
面詰するんだね」
「見届けるって、
夜番でもするのかい」
「うん、角屋の前に
枡屋という宿屋があるだろう。あの表二階をかりて、
障子へ穴をあけて、見ているのさ」
「見ているときに来るかい」
「来るだろう。どうせひと晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」
「
随分疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間ばかり
徹夜して看病した事があるが、あとでぼんやりして、大いに弱った事がある」
「少しぐらい身体が疲れたって構わんさ。あんな
奸物をあのままにしておくと、日本のためにならないから、僕が天に代って
誅戮を加えるんだ」
「
愉快だ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋に
懸合ってないから、今夜は駄目だ」
「それじゃ、いつから始めるつもりだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」
「よろしい、いつでも加勢する。
僕は
計略は
下手だが、喧嘩とくるとこれでなかなかすばしこいぜ」
おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の
計略を相談していると、宿の婆さんが出て来て、学校の生徒さんが一人、
堀田先生にお目にかかりたいててお
出でたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃが、お
留守じゃけれ、大方ここじゃろうてて
捜し当ててお出でたのじゃがなもしと、
閾の所へ
膝を
突いて山嵐の返事を待ってる。山嵐はそうですかと
玄関まで出て行ったが、やがて帰って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかって
誘いに来たんだ。今日は
高知から、何とか
踴りをしに、わざわざここまで
多人数乗り込んで来ているのだから、是非見物しろ、めったに見られない
踴だというんだ、君もいっしょに行ってみたまえと山嵐は大いに乗り気で、おれに同行を勧める。おれは踴なら東京でたくさん見ている。毎年
八幡様のお祭りには屋台が町内へ廻ってくるんだから
汐酌みでも何でもちゃんと心得ている。土佐っぽの馬鹿踴なんか、見たくもないと思ったけれども、せっかく山嵐が勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。山嵐を誘いに来たものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。
妙な
奴が来たもんだ。
会場へはいると、
回向院の
相撲か
本門寺の
御会式のように
幾旒となく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、
縄から縄、
綱から綱へ
渡しかけて、大きな空が、いつになく
賑やかに見える。東の
隅に一夜作りの
舞台を設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばかりくると
葭簀の囲いをして、
活花が
陳列してある。みんなが感心して眺めているが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて
嬉しがるなら、背虫の色男や、
跛の
亭主を持って
自慢するがよかろう。
舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。
帝国万歳とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、しょっと秋の空を
射抜くように
揚がると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い
烟が
傘の骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、
温泉の町から、
相生村の方へ飛んでいった。大方観音様の
境内へでも落ちたろう。
式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかと
驚ろいたぐらいうじゃうじゃしている。
利口な顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点していたが、これは大間違いであった。
いかめしい
後鉢巻をして、
立っ
付け
袴を
穿いた男が十人ばかりずつ、舞台の上に三列に
並んで、その三十人がことごとく抜き身を
携げているには
魂消た。前列と後列の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の
間隔はそれより短いとも長くはない。たった一人列を
離れて舞台の
端に立ってるのがあるばかりだ。この仲間
外れの男は袴だけはつけているが、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ
太鼓を
懸けている。太鼓は
太神楽の太鼓と同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああと
呑気な声を出して、妙な
謡をうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんと
叩く。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。
三河万歳と
普陀洛やの
合併したものと思えば大した間違いにはならない。
歌はすこぶる
悠長なもので、夏分の
水飴のように、だらしがないが、句切りをとるためにぼこぼんを入れるから、のべつのようでも
拍子は取れる。この拍子に応じて三十人の抜き身がぴかぴかと光るのだが、これはまたすこぶる
迅速なお手際で、拝見していても
冷々する。
隣りも後ろも一尺五寸以内に生きた人間が居て、その人間がまた切れる抜き身を自分と同じように
振り
舞わすのだから、よほど調子が
揃わなければ、
同志撃を始めて
怪我をする事になる。それも動かないで刀だけ前後とか上下とかに振るのなら、まだ
危険もないが、三十人が一度に
足踏みをして横を向く時がある。ぐるりと廻る事がある。膝を曲げる事がある。隣りのものが一秒でも早過ぎるか、
遅過ぎれば、自分の鼻は落ちるかも知れない。隣りの頭はそがれるかも知れない。抜き身の動くのは自由自在だが、その動く
範囲は一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。こいつは驚いた、なかなかもって
汐酌や
関の
戸の
及ぶところでない。聞いてみると、これははなはだ熟練の入るもので容易な事では、こういう風に調子が合わないそうだ。ことにむずかしいのは、かの万歳節のぼこぼん先生だそうだ。三十人の足の運びも、手の働きも、
腰の曲げ方も、ことごとくこのぼこぼん君の拍子一つで極まるのだそうだ。
傍で見ていると、この大将が一番呑気そうに、いやあ、はああと気楽にうたってるが、その実ははなはだ責任が重くって非常に骨が折れるとは不思議なものだ。
おれと山嵐が感心のあまりこの踴を余念なく見物していると、半町ばかり、向うの方で急にわっと云う鬨の声がして、今まで
穏やかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、右左りに
揺き始める。喧嘩だ喧嘩だと云う声がすると思うと、人の
袖を
潜り
抜けて来た赤シャツの弟が、先生また喧嘩です、中学の方で、
今朝の
意趣返しをするんで、また
師範の奴と決戦を始めたところです、早く来て下さいと云いながらまた人の波のなかへ
潜り
込んでどっかへ行ってしまった。
山嵐は世話の焼ける小僧だまた始めたのか、いい加減にすればいいのにと逃げる人を
避けながら一散に
馳け出した。見ている訳にも行かないから取り
鎮めるつもりだろう。おれは無論の事逃げる気はない。山嵐の
踵を踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた。喧嘩は今が
真最中である。師範の方は五六十人もあろうか、中学はたしかに三割方多い。師範は制服をつけているが、中学は式後
大抵は日本服に
着換えているから、敵味方はすぐわかる。しかし入り乱れて組んづ、
解れつ戦ってるから、どこから、どう手を付けて引き分けていいか分らない。山嵐は困ったなと云う風で、しばらくこの乱雑な有様を眺めていたが、こうなっちゃ仕方がない。
巡査がくると面倒だ。飛び込んで分けようと、おれの方を見て云うから、おれは返事もしないで、いきなり、一番喧嘩の
烈しそうな所へ
躍り
込んだ。
止せ止せ。そんな乱暴をすると学校の体面に関わる。よさないかと、出るだけの声を出して敵と味方の分界線らしい所を
突き
貫けようとしたが、なかなかそう
旨くは行かない。一二間はいったら、出る事も引く事も出来なくなった。目の前に
比較的大きな師範生が、十五六の中学生と組み合っている。止せと云ったら、止さないかと師範生の
肩を持って、無理に引き分けようとする
途端にだれか知らないが、下からおれの足をすくった。おれは不意を打たれて
握った、肩を放して、横に
倒れた。
堅い
靴でおれの背中の上へ乗った奴がある。両手と膝を突いて下から、
跳ね起きたら、乗った奴は右の方へころがり落ちた。起き上がって見ると、三間ばかり向うに山嵐の大きな身体が生徒の間に
挟まりながら、止せ止せ、喧嘩は止せ止せと揉み返されてるのが見えた。おい到底駄目だと云ってみたが聞えないのか返事もしない。
ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの
頬骨へ
中ったなと思ったら、後ろからも、背中を
棒でどやした奴がある。教師の
癖に出ている、
打て打てと云う声がする。教師は二人だ。大きい奴と、小さい奴だ。石を
抛げろ。と云う声もする。おれは、なに生意気な事をぬかすな、田舎者の癖にと、いきなり、
傍に居た師範生の頭を張りつけてやった。石がまたひゅうと来る。今度はおれの五
分刈の頭を
掠めて後ろの方へ飛んで行った。山嵐はどうなったか見えない。こうなっちゃ仕方がない。始めは喧嘩をとめにはいったんだが、どやされたり、石をなげられたりして、
恐れ入って引き下がるうんでれがんがあるものか。おれを誰だと思うんだ。
身長は小さくっても喧嘩の本場で修行を積んだ兄さんだと無茶苦茶に張り飛ばしたり、張り飛ばされたりしていると、やがて巡査だ巡査だ逃げろ逃げろと云う声がした。今まで
葛練りの中で泳いでるように身動きも出来なかったのが、急に楽になったと思ったら、敵も味方も一度に引上げてしまった。田舎者でも
退却は巧妙だ。クロパトキンより旨いくらいである。
山嵐はどうしたかと見ると、
紋付の
一重羽織をずたずたにして、向うの方で鼻を
拭いている。鼻柱をなぐられて大分出血したんだそうだ。鼻がふくれ上がって
真赤になってすこぶる見苦しい。おれは
飛白の
袷を着ていたから
泥だらけになったけれども、山嵐の羽織ほどな損害はない。しかし
頬ぺたがぴりぴりしてたまらない。山嵐は大分血が出ているぜと教えてくれた。
巡査は十五六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、
捕まったのは、おれと山嵐だけである。おれらは
姓名を告げて、一部始終を話したら、ともかくも警察まで来いと云うから、警察へ行って、署長の前で事の
顛末を述べて下宿へ帰った。
十一
あくる日
眼が覚めてみると、
身体中痛くてたまらない。久しく
喧嘩をしつけなかったから、こんなに答えるんだろう。これじゃあんまり
自慢もできないと
床の中で考えていると、
婆さんが四国新聞を持ってきて
枕元へ置いてくれた。実は新聞を見るのも
退儀なんだが、男がこれしきの事に
閉口たれて仕様があるものかと無理に
腹這いになって、
寝ながら、二頁を開けてみると
驚ろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出ている。喧嘩の出ているのは驚ろかないのだが、中学の教師
堀田某と、
近頃東京から
赴任した生意気なる某とが、順良なる生徒を
使嗾してこの
騒動を
喚起せるのみならず、両人は現場にあって生徒を指揮したる上、みだりに師範生に
向って暴行をほしいままにしたりと書いて、次にこんな意見が
附記してある。本県の中学は
昔時より善良温順の気風をもって全国の
羨望するところなりしが、
軽薄なる二
豎子のために
吾校の特権を
毀損せられて、この不面目を全市に受けたる以上は、
吾人は
奮然として
起ってその責任を問わざるを得ず。吾人は信ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分をこの
無頼漢の上に加えて、
彼等をして再び教育界に足を入るる余地なからしむる事を。そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、お
灸を
据えたつもりでいる。おれは床の中で、
糞でも
喰らえと
云いながら、むっくり飛び起きた。不思議な事に今まで身体の
関節が非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れたように軽くなった。
おれは新聞を丸めて庭へ
抛げつけたが、それでもまだ気に入らなかったから、わざわざ
後架へ持って行って
棄てて来た。新聞なんて
無暗な
嘘を
吐くもんだ。世の中に何が一番
法螺を
吹くと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。おれの云ってしかるべき事をみんな
向うで
並べていやがる。それに近頃東京から赴任した生意気な某とは何だ。天下に某と云う名前の人があるか。考えてみろ。これでもれっきとした
姓もあり名もあるんだ。系図が見たけりゃ、
多田満仲以来の先祖を
一人残らず拝ましてやらあ。――顔を洗ったら、
頬ぺたが急に痛くなった。婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞をお見たかなもしと聞く。読んで後架へ棄てて来た。欲しけりゃ拾って来いと云ったら、
驚いて引き下がった。鏡で顔を見ると
昨日と同じように傷がついている。これでも大事な顔だ、顔へ傷まで付けられた上へ生意気なる某などと、某呼ばわりをされればたくさんだ。
今日の新聞に
辟易して学校を休んだなどと云われちゃ一生の名折れだから、飯を食っていの一号に出頭した。出てくる
奴も、出てくる奴もおれの顔を見て笑っている。何がおかしいんだ。貴様達にこしらえてもらった顔じゃあるまいし。そのうち、野だが出て来て、いや昨日はお
手柄で、――
名誉のご負傷でげすか、と送別会の時に
撲った返報と心得たのか、いやに
冷かしたから、余計な事を言わずに絵筆でも
舐めていろと云ってやった。するとこりゃ
恐入りやした。しかしさぞお痛い事でげしょうと云うから、痛かろうが、痛くなかろうがおれの面だ。貴様の世話になるもんかと
怒鳴りつけてやったら、
向う側の自席へ着いて、やっぱりおれの顔を見て、
隣りの歴史の教師と何か内所話をして笑っている。
それから山嵐が出頭した。山嵐の鼻に至っては、
紫色に
膨張して、
掘ったら中から
膿が出そうに見える。
自惚のせいか、おれの顔よりよっぽど手ひどく
遣られている。おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、お負けにその机が部屋の戸口から真正面にあるんだから運がわるい。妙な顔が二つ
塊まっている。ほかの奴は
退屈にさえなるときっとこっちばかり見る。飛んだ事でと口で云うが、心のうちではこの
馬鹿がと思ってるに
相違ない。それでなければああいう風に
私語合ってはくすくす笑う訳がない。教場へ出ると生徒は拍手をもって
迎えた。先生
万歳と云うものが二三人あった。景気がいいんだか、馬鹿にされてるんだか分からない。おれと山嵐がこんなに注意の
焼点となってるなかに、赤シャツばかりは平常の通り
傍へ来て、どうも飛んだ災難でした。僕は君等に対してお気の毒でなりません。新聞の記事は校長とも相談して、正誤を申し
込む手続きにしておいたから、心配しなくてもいい。僕の弟が堀田君を
誘いに行ったから、こんな事が
起ったので、僕は実に申し訳がない。それでこの件についてはあくまで
尽力するつもりだから、どうかあしからず、などと半分謝罪的な言葉を並べている。校長は三時間目に校長室から出てきて、困った事を新聞がかき出しましたね。むずかしくならなければいいがと多少心配そうに見えた。おれには心配なんかない、先で
免職をするなら、免職される前に辞表を出してしまうだけだ。しかし自分がわるくないのにこっちから身を引くのは法螺吹きの新聞屋をますます増長させる訳だから、新聞屋を正誤させて、おれが意地にも務めるのが順当だと考えた。帰りがけに新聞屋に談判に行こうと思ったが、学校から
取消の手続きはしたと云うから、やめた。
おれと山嵐は校長と教頭に時間の合間を
見計って、嘘のないところを一応説明した。校長と教頭はそうだろう、新聞屋が学校に
恨みを
抱いて、あんな記事をことさらに
掲げたんだろうと論断した。赤シャツはおれ等の
行為を弁解しながら
控所を一人ごとに
廻ってあるいていた。ことに自分の弟が山嵐を誘い出したのを自分の過失であるかのごとく
吹聴していた。みんなは全く新聞屋がわるい、
怪しからん、両君は実に災難だと云った。
帰りがけに山嵐は、君赤シャツは
臭いぜ、用心しないとやられるぜと注意した。どうせ臭いんだ、今日から臭くなったんじゃなかろうと云うと、君まだ気が付かないか、きのうわざわざ、僕等を誘い出して喧嘩のなかへ、
捲き
込んだのは策だぜと教えてくれた。なるほどそこまでは気がつかなかった。山嵐は
粗暴なようだが、おれより
智慧のある男だと感心した。
「ああやって喧嘩をさせておいて、すぐあとから新聞屋へ手を廻してあんな記事をかかせたんだ。実に
奸物だ」
「新聞までも赤シャツか。そいつは驚いた。しかし新聞が赤シャツの云う事をそう
容易く
聴くかね」
「聴かなくって。新聞屋に友達が居りゃ訳はないさ」
「友達が居るのかい」
「居なくても訳ないさ。嘘をついて、事実これこれだと話しゃ、すぐ書くさ」
「ひどいもんだな。本当に赤シャツの策なら、僕等はこの事件で免職になるかも知れないね」
「わるくすると、
遣られるかも知れない」
「そんなら、おれは
明日辞表を出してすぐ東京へ帰っちまわあ。こんな下等な所に
頼んだって居るのはいやだ」
「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」
「それもそうだな。どうしたら困るだろう」
「あんな奸物の遣る事は、何でも
証拠の挙がらないように、挙がらないようにと工夫するんだから、
反駁するのはむずかしいね」
「
厄介だな。それじゃ
濡衣を着るんだね。
面白くもない。
天道是耶非かだ」
「まあ、もう二三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、
温泉の町で取って
抑えるより仕方がないだろう」
「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」
「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるのさ」
「それもよかろう。おれは策略は
下手なんだから、万事よろしく頼む。いざとなれば何でもする」
俺と山嵐はこれで
分れた。赤シャツが
果たして山嵐の推察通りをやったのなら、実にひどい奴だ。
到底智慧比べで勝てる奴ではない。どうしても
腕力でなくっちゃ
駄目だ。なるほど世界に戦争は絶えない訳だ。個人でも、とどの
詰りは腕力だ。
あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、
披いてみると、正誤どころか取り消しも見えない。学校へ行って
狸に
催促すると、あしたぐらい出すでしょうと云う。明日になって六号活字で小さく取消が出た。しかし新聞屋の方で正誤は無論しておらない。また校長に談判すると、あれより手続きのしようはないのだと云う答だ。校長なんて狸のような顔をして、いやにフロック張っているが存外無勢力なものだ。
虚偽の記事を掲げた田舎新聞一つ
詫まらせる事が出来ない。あんまり腹が立ったから、それじゃ私が一人で行って主筆に談判すると云ったら、それはいかん、君が談判すればまた悪口を書かれるばかりだ。つまり新聞屋にかかれた事は、うそにせよ、本当にせよ、つまりどうする事も出来ないものだ。あきらめるより外に仕方がないと、坊主の説教じみた
説諭を加えた。新聞がそんな者なら、一日も早く
打っ
潰してしまった方が、われわれの利益だろう。新聞にかかれるのと、
泥鼈に食いつかれるとが似たり寄ったりだとは
今日ただ今狸の説明によって始めて承知
仕った。
それから三日ばかりして、ある日の午後、山嵐が
憤然とやって来て、いよいよ時機が来た、おれは例の計画を断行するつもりだと云うから、そうかそれじゃおれもやろうと、
即座に一味徒党に加盟した。ところが山嵐が、君はよす方がよかろうと首を
傾けた。なぜと聞くと君は校長に呼ばれて辞表を出せと云われたかと
尋ねるから、いや云われない。君は? と聴き返すと、今日校長室で、まことに気の毒だけれども、事情やむをえんから
処決してくれと云われたとの事だ。
「そんな裁判はないぜ。狸は大方
腹鼓を
叩き過ぎて、胃の位置が
顛倒したんだ。君とおれは、いっしょに、祝勝会へ出てさ、いっしょに高知のぴかぴか
踴りを見てさ、いっしょに喧嘩をとめにはいったんじゃないか。辞表を出せというなら公平に両方へ出せと云うがいい。なんで
田舎の学校はそう
理窟が分らないんだろう。
焦慮いな」
「それが赤シャツの
指金だよ。おれと赤シャツとは今までの
行懸り上
到底両立しない人間だが、君の方は今の通り置いても害にならないと思ってるんだ」
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうでも
胡魔化されると考えてるのさ」
「なお悪いや。
誰が両立してやるものか」
「それに先だって古賀が去ってから、まだ後任が事故のために
到着しないだろう。その上に君と僕を同時に追い出しちゃ、生徒の時間に明きが出来て、授業にさし
支えるからな」
「それじゃおれを
間のくさびに一席
伺わせる気なんだな。こん
畜生、だれがその手に乗るものか」
翌日おれは学校へ出て校長室へ入って談判を始めた。
「何で私に辞表を出せと云わないんですか」
「へえ?」と狸はあっけに取られている。
「堀田には出せ、私には出さないで
好いと云う法がありますか」
「それは学校の方の
都合で……」
「その都合が
間違ってまさあ。私が出さなくって済むなら堀田だって、出す必要はないでしょう」
「その辺は説明が出来かねますが――堀田君は去られてもやむをえんのですが、あなたは辞表をお出しになる必要を認めませんから」
なるほど狸だ、要領を得ない事ばかり並べて、しかも落ち付き
払ってる。おれは仕様がないから
「それじゃ私も辞表を出しましょう。堀田君一人辞職させて、私が
安閑として、留まっていられると思っていらっしゃるかも知れないが、私にはそんな不人情な事は出来ません」
「それは困る。堀田も去りあなたも去ったら、学校の数学の授業がまるで出来なくなってしまうから……」
「出来なくなっても私の知った事じゃありません」
「君そう
我儘を云うものじゃない、少しは学校の事情も察してくれなくっちゃ困る。それに、来てから一月立つか立たないのに辞職したと云うと、君の将来の
履歴に関係するから、その辺も少しは考えたらいいでしょう」
「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」
「そりゃごもっとも――君の云うところは一々ごもっともだが、わたしの云う方も少しは察して下さい。君が是非辞職すると云うなら辞職されてもいいから、代りのあるまでどうかやってもらいたい。とにかく、うちでもう一返考え直してみて下さい」
考え直すって、直しようのない明々白々たる理由だが、狸が
蒼くなったり、赤くなったりして、
可愛想になったからひとまず考え直す事として引き下がった。赤シャツには口もきかなかった。どうせ遣っつけるなら
塊めて、うんと遣っつける方がいい。
山嵐に狸と談判した模様を話したら、大方そんな事だろうと思った。辞表の事はいざとなるまでそのままにしておいても
差支えあるまいとの話だったから、山嵐の云う通りにした。どうも山嵐の方がおれよりも
利巧らしいから万事山嵐の忠告に従う事にした。
山嵐はいよいよ辞表を出して、職員一同に告別の
挨拶をして
浜の港屋まで
下ったが、人に知れないように引き返して、
温泉の町の
枡屋の表二階へ
潜んで、
障子へ穴をあけて
覗き出した。これを知ってるものはおればかりだろう。赤シャツが
忍んで来ればどうせ夜だ。しかも
宵の口は生徒やその他の目があるから、少なくとも九時過ぎに
極ってる。最初の二晩はおれも十一時
頃まで
張番をしたが、赤シャツの
影も見えない。三日目には九時から十時半まで覗いたがやはり駄目だ。駄目を
踏んで夜なかに下宿へ帰るほど馬鹿気た事はない。
四五日すると、うちの婆さんが少々心配を始めて、
奥さんのおありるのに、夜遊びはおやめたがええぞなもしと忠告した。そんな夜遊びとは夜遊びが違う。こっちのは天に代って
誅戮を加える夜遊びだ。とはいうものの一週間も通って、少しも
験が見えないと、いやになるもんだ。おれは
性急な性分だから、熱心になると
徹夜でもして仕事をするが、その代り何によらず長持ちのした試しがない。いかに天誅党でも
飽きる事に変りはない。六日目には少々いやになって、七日目にはもう休もうかと思った。そこへ行くと山嵐は
頑固なものだ。
宵から十二時
過までは眼を障子へつけて、角屋の丸ぼやの
瓦斯燈の下を
睨めっきりである。おれが行くと今日は何人客があって、
泊りが何人、女が何人といろいろな統計を示すのには驚ろいた。どうも来ないようじゃないかと云うと、うん、たしかに来るはずだがと時々
腕組をして
溜息をつく。可愛想に、もし赤シャツがここへ一度来てくれなければ、山嵐は、
生涯天誅を加える事は出来ないのである。
八日目には七時頃から下宿を出て、まずゆるりと湯に入って、それから町で
鶏卵を八つ買った。これは下宿の婆さんの
芋責に応ずる策である。その玉子を四つずつ左右の
袂へ入れて、例の
赤手拭を
肩へ乗せて、
懐手をしながら、
枡屋の
楷子段を登って山嵐の
座敷の障子をあけると、おい有望有望と
韋駄天のような顔は急に活気を
呈した。
昨夜までは少し
塞ぎの気味で、はたで見ているおれさえ、
陰気臭いと思ったくらいだが、この顔色を見たら、おれも急にうれしくなって、何も聞かない先から、
愉快愉快と云った。
「今夜七時半頃あの
小鈴と云う芸者が角屋へはいった」
「赤シャツといっしょか」
「いいや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、――どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、ああ云う
狡い奴だから、芸者を先へよこして、後から忍んでくるかも知れない」
「そうかも知れない。もう九時だろう」
「今九時十二分ばかりだ」と帯の間からニッケル製の時計を出して見ながら云ったが「おい
洋燈を消せ、障子へ二つ坊主頭が写ってはおかしい。
狐はすぐ疑ぐるから」
おれは
一貫張の机の上にあった置き
洋燈をふっと吹きけした。星明りで障子だけは少々あかるい。月はまだ出ていない。おれと山嵐は
一生懸命に障子へ
面をつけて、息を
凝らしている。チーンと九時半の柱時計が鳴った。
「おい来るだろうかな。今夜来なければ僕はもう
厭だぜ」
「おれは銭のつづく限りやるんだ」
「銭っていくらあるんだい」
「今日までで八日分五円六十銭払った。いつ飛び出しても
都合のいいように毎晩
勘定するんだ」
「それは手廻しがいい。宿屋で驚いてるだろう」
「宿屋はいいが、気が放せないから困る」
「その代り
昼寝をするだろう」
「昼寝はするが、外出が出来ないんで
窮屈でたまらない」
「天誅も骨が折れるな。これで
天網恢々疎にして
洩らしちまったり、何かしちゃ、つまらないぜ」
「なに今夜はきっとくるよ。――おい見ろ見ろ」と小声になったから、おれは思わずどきりとした。黒い
帽子を
戴いた男が、角屋の瓦斯燈を下から見上げたまま暗い方へ通り過ぎた。違っている。おやおやと思った。そのうち帳場の時計が
遠慮なく十時を打った。今夜もとうとう駄目らしい。
世間は大分静かになった。
遊廓で鳴らす
太鼓が手に取るように
聞える。月が
温泉の山の
後からのっと顔を出した。往来はあかるい。すると、
下の方から人声が聞えだした。窓から首を出す訳には行かないから、姿を
突き留める事は出来ないが、だんだん近づいて来る模様だ。からんからんと
駒下駄を引き
擦る音がする。眼を
斜めにするとやっと二人の
影法師が見えるくらいに近づいた。
「もう
大丈夫ですね。
邪魔ものは追っ払ったから」
正しく野だの声である。「強がるばかりで策がないから、仕様がない」これは赤シャツだ。「あの男もべらんめえに似ていますね。あのべらんめえと来たら、勇み
肌の
坊っちゃんだから
愛嬌がありますよ」「増給がいやだの辞表を出したいのって、ありゃどうしても神経に異状があるに相違ない」おれは窓をあけて、二階から飛び下りて、思う様
打ちのめしてやろうと思ったが、やっとの事で
辛防した。二人はハハハハと笑いながら、瓦斯燈の下を
潜って、角屋の中へはいった。
「おい」
「おい」
「来たぜ」
「とうとう来た」
「これでようやく安心した」
「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと
抜かしやがった」
「邪魔物と云うのは、おれの事だぜ。失敬千万な」
おれと山嵐は二人の帰路を
要撃しなければならない。しかし二人はいつ出てくるか見当がつかない。山嵐は下へ行って今夜ことによると夜中に用事があって出るかも知れないから、出られるようにしておいてくれと
頼んで来た。今思うと、よく宿のものが承知したものだ。
大抵なら
泥棒と間違えられるところだ。
赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、出て来るのをじっとして待ってるのはなおつらい。寝る訳には行かないし、始終障子の
隙から睨めているのもつらいし、どうも、こうも心が落ちつかなくって、これほど
難儀な思いをした事はいまだにない。いっその事角屋へ踏み込んで現場を取って
抑えようと
発議したが、山嵐は一言にして、おれの申し出を
斥けた。自分共が今時分飛び込んだって、乱暴者だと云って
途中で
遮られる。訳を話して面会を求めれば居ないと
逃げるか別室へ案内をする。不用意のところへ踏み込めると仮定したところで何十とある座敷のどこに居るか分るものではない、退屈でも出るのを待つより外に策はないと云うから、ようやくの事でとうとう朝の五時まで
我慢した。
角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを
尾けた。一番汽車はまだないから、二人とも城下まであるかなければならない。
温泉の町をはずれると一丁ばかりの
杉並木があって左右は
田圃になる。それを通りこすとここかしこに
藁葺があって、
畠の中を一筋に城下まで通る土手へ出る。町さえはずれれば、どこで追いついても構わないが、なるべくなら、人家のない、杉並木で
捕まえてやろうと、見えがくれについて来た。町を
外れると急に
馳け
足の姿勢で、はやてのように後ろから、追いついた。何が来たかと驚ろいて
振り向く奴を待てと云って肩に手をかけた。野だは
狼狽の気味で逃げ出そうという
景色だったから、おれが前へ廻って行手を
塞いでしまった。
「教頭の職を持ってるものが何で角屋へ行って
泊った」と山嵐はすぐ
詰りかけた。
「教頭は角屋へ泊って
悪るいという規則がありますか」と赤シャツは
依然として
鄭寧な言葉を使ってる。顔の色は少々蒼い。
「
取締上不都合だから、
蕎麦屋や
団子屋へさえはいってはいかんと、云うくらい
謹直な人が、なぜ芸者といっしょに宿屋へとまり込んだ」野だは隙を見ては逃げ出そうとするからおれはすぐ前に立ち塞がって「べらんめえの坊っちゃんた何だ」と怒鳴り付けたら、「いえ君の事を云ったんじゃないんです、全くないんです」と鉄面皮に言訳がましい事をぬかした。おれはこの時気がついてみたら、両手で自分の袂を
握ってる。追っかける時に袂の中の卵がぶらぶらして困るから、両手で握りながら来たのである。おれはいきなり袂へ手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云いながら、野だの面へ
擲きつけた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄味がだらだら流れだした。野だはよっぽど
仰天した者と見えて、わっと言いながら、
尻持をついて、助けてくれと云った。おれは食うために玉子は買ったが、
打つけるために袂へ入れてる訳ではない。ただ
肝癪のあまりに、ついぶつけるともなしに打つけてしまったのだ。しかし野だが尻持を突いたところを見て始めて、おれの成功した事に気がついたから、こん
畜生、こん畜生と云いながら残る六つを無茶苦茶に
擲きつけたら、野だは顔中黄色になった。
おれが玉子をたたきつけているうち、山嵐と赤シャツはまだ談判最中である。
「芸者をつれて僕が宿屋へ泊ったと云う
証拠がありますか」
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へはいったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵にはいろうが、はいるまいが、僕の知った事ではない」
「だまれ」と山嵐は
拳骨を食わした。赤シャツはよろよろしたが「これは乱暴だ、
狼藉である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」
「無法でたくさんだ」とまたぽかりと
撲ぐる。「貴様のような奸物はなぐらなくっちゃ、答えないんだ」とぽかぽかなぐる。おれも同時に野だを散々に擲き据えた。しまいには二人とも杉の根方にうずくまって動けないのか、眼がちらちらするのか逃げようともしない。
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ
撲ってやる」とぽかんぽかんと
両人でなぐったら「もうたくさんだ」と云った。野だに「貴様もたくさんか」と聞いたら「無論たくさんだ」と答えた。
「貴様等は奸物だから、こうやって天誅を加えるんだ。これに
懲りて以来つつしむがいい。いくら言葉
巧みに弁解が立っても正義は許さんぞ」と山嵐が云ったら
両人共だまっていた。ことによると口をきくのが
退儀なのかも知れない。
「おれは逃げも
隠れもせん。今夜五時までは浜の港屋に居る。用があるなら
巡査なりなんなり、よこせ」と山嵐が云うから、おれも「おれも逃げも隠れもしないぞ。堀田と同じ所に待ってるから警察へ
訴えたければ、勝手に訴えろ」と云って、二人してすたすたあるき出した。
おれが下宿へ帰ったのは七時少し前である。部屋へはいるとすぐ荷作りを始めたら、婆さんが驚いて、どうおしるのぞなもしと聞いた。お婆さん、東京へ行って奥さんを連れてくるんだと答えて勘定を済まして、すぐ汽車へ乗って浜へ来て港屋へ着くと、山嵐は二階で寝ていた。おれは早速辞表を書こうと思ったが、何と書いていいか分らないから、
私儀都合
有之辞職の上東京へ帰り
申候につき
左様御承知被下度候以上とかいて校長
宛にして郵便で出した。
汽船は夜六時の
出帆である。山嵐もおれも疲れて、ぐうぐう寝込んで眼が覚めたら、午後二時であった。下女に巡査は来ないかと聞いたら参りませんと答えた。「赤シャツも野だも訴えなかったなあ」と二人は大きに笑った。
その夜おれと山嵐はこの
不浄な地を
離れた。船が岸を去れば去るほどいい心持ちがした。神戸から東京までは直行で新橋へ着いた時は、ようやく
娑婆へ出たような気がした。山嵐とはすぐ分れたぎり今日まで逢う機会がない。
清の事を話すのを忘れていた。――おれが東京へ着いて下宿へも行かず、
革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと
涙をぽたぽたと落した。おれもあまり
嬉しかったから、もう
田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後ある人の
周旋で
街鉄の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は
玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月
肺炎に
罹って死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ
埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の墓は
小日向の養源寺にある。
(明治三十九年四月)