一意孤行 坚持参拜

明治の初めに生まれ、本紙俳壇の選者をつとめた松瀬青々(せいせい)に一句ある。〈眉つゝみ狐も出るや千葉笑(ちばわらい)〉。はて千葉笑とは何だろう。歳時記を開くと載っていて、手元の辞書にもある。庶民の知恵というべき江戸時代の奇習である

出生于明治初期,曾经任本报徘坛评委的松濑青青有这么一首俳句,〈遮脸掩住眉,狐仙来献媚,老少齐狂欢,千叶笑生辉〉。那么,这千叶笑是怎么回事呢?翻开岁时记查找,你会发现收录了相关记载,手边的辞书里也有诠释,这是江户时代的一种奇妙的习俗,堪称百姓智慧结晶。

その昔、大みそかの夜になると、現在の千葉市にある千葉寺(せんようじ)に土地の者が集まった。顔を包んで隠し、声を変え、役人や奉行、庄屋らの仕事ぶりや行状の善悪を言い立てて、大いに笑い合ったという

据记载称,从前,一到年三十的夜晚,当地的人们都会聚集在位于现在千叶市的千叶寺。他们将脸部掩盖起来并改换说话的声音,评说官员以及奉行、村长的工作态度以业绩的好坏,并面对面地开怀大笑。

江戸中期の文献によれば、役人たちは笑われまいと励み素行を慎んだというから、おのずと権力監視の用も担っていたようだ。下々からお上への痛烈な笑いのつぶて。「裸の王様」が多そうな封建時代、権力者にそれと教える笑いだったかも知れない

据江户中期文献记载,于是乎官员们平素谨言慎行,自勉不被耻笑。基于此,说明这也起到了一定的自我权力监督的作用。可以说是社会最底层传达给上级管理层最沉重严厉的嘲笑式抨击。在那存在着很多“没穿衣服国王”的封建时代,这也许是一种告诫掌权者的嘲笑。

時は流れて民主主義の時代にも、「裸の王様」は健在らしい。安倍首相がきのう靖国神社に参拝した。自民党内にはもはや意見する人物はいないのだろうか。政権誕生から1年の記念日でもあった

时过境迁,在民主主义时代那些“没穿衣服国王”仍然健在。昨天,安倍首相参拜了靖国神社。难道自民党内真就没有提出意见的人吗?这一天也是政权诞生1周年的纪念日。

人の行為にも目方というものがある。この場合、首相ともなれば超ヘビー級だ。庶民のように「ちょいとお参りしてきたよ」ではすまない。他の閣僚とも違う。王様には、その巨体を教えてくれるお友達もいなかったようである

人的行为里也包含着相应的份量。一旦当上首相,那就是超重量级的。你不能像一般老百姓那样,说一句“前天上了趟坟”就完事儿的。与其他阁僚也不一样。国王身边似乎不存在告诉他你是个庞然大物的朋友。

アメリカも「失望した」と批判している。秘密法にせよ、日ごろは「国益」を好んで国民に説く人だが、自分の思いのためなら国益を損なっても構わないというのか。独善と傲慢には、さしもの千葉笑の呵々大笑も届きそうにない。

美国也批评说“很失望”。无论是秘密法也好,平时到处游说注重“国家利益”的人怎么就因为一己之意愿而不顾损害国家利益呢?看来,对于此人的独善其身与傲慢不羁,相应的千叶笑中的哈哈大笑尚未传达到他那里。

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