怨歌女王 令人怀念

子どものころに何度も聞いた流行歌は、いまも耳から離れない。8月に自殺した藤圭子さんの「夢は夜ひらく」もそうだ。♪夜咲くネオンは嘘の花 夜飛ぶ蝶々も嘘の花……。倦怠という言葉を知らぬまま倦怠感を刷り込まれた記憶がある

孩提时代反复聆听的流行歌如今仍不时地在耳际萦绕。8月自杀的藤圭子女士的那首“梦拉开了夜的帷幕”就是这样的一首歌。♪夜晚绽放的霓虹是那虚假的花,夜晚纷飞的蝴蝶也是那虚假的花······在我尚且不知倦怠一词的情况下,是这首歌将倦怠感深深地印在了我的记忆中。

その歌を「怨歌」と称され、「陰」のイメージの濃い藤さんは実は冷徹なプロ意識の持ち主だった。作家の沢木耕太郎さんの近刊『流星ひとつ』で知り、感銘を受けた。79年にいったん引退を表明した直後のインタビューの記録である

这首歌被称为“怨歌”,而“低调”印象浓郁的藤女士实际是一个具有冷静的职业意识的人。这一认识是我从作家泽木耕太郎先生的近期刊物《流星一颗》获得的,而且感同身受。在她1979年表明引退想法后不久曾接受过记者采访,这些都有记录。

藤さんはふだんから自分の声を「貯めて」いた。「人とおしゃべりする声があったら、歌う声に残しておきたかったから」だ。だから周りからは無口だと思われた。それほど大切にしていた声をあるとき、ある理由で失うことになる

藤女士平时很注重“贮存”自己的声音。这是因为她认为,“若有那与人闲聊的声音,不如将它留在歌声里”更好。因此,周边的人觉得她少言寡语。可是,被如此珍惜的声音,却会在某些时候,因为某些理由而丧失。

聴衆は気にとめなくても、本人には別人の声としか思えなかった。「喉に声が一度引っ掛かって、それからようやく出ていくとこ」が美点だったのに、引っ掛かりがなくなり、声が澄んでしまったのだ。それから5年は何とか歌ったが、限界がきた

即使听众并不在意,可其本人却只能认为这已是另一个人的声音。她认为,“声音在冲击一下嗓子,然后在徐徐送出”这是最美的。可是,当不能产生冲击,声音就平淡无味了。从那之后的5年里也某种情况下唱过,可总觉得已到了极限。

自分の力量を分析する醒めきった目に驚く。ひとたび頂上に登った者は、転げ落ちるか、低くてもいいから別の頂に跳び移るしかない。ゆっくり降りるなんてことはできない。そう考えた藤さんはどこかに跳び移ろうとしたのだが……

如此分析自己能力的清醒眼光令人惊讶。一旦登上顶峰的人要么跌落,要么不嫌低矮跳转到其他山峰。而慢慢地走下来这种事是不能做的。于是,藤女士也想过要跳转到其他某个地方来着,可是······

昨今、忘年会ので怨歌を耳にすることはあまりない。沢木さんによる手向けの花を味読しつつ、藤さんの気だるい歌声を思い出すことにする。

如今,在街头巷尾的忘年会上已经不常听得到怨歌了。在我反复阅读品味泽木先生献上的这束鲜花的同时,决定要从记忆中寻找出藤女士那富有倦怠气的歌声来。

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