最新研究 修正谬误

長年の思い込みを新しい知見や情報によって打ち砕かれる経験は快い。学校で教わり、試験用にせっせと暗記したことが、必ずしも唯一の真理ではなかったと後に知る。学びに終わりはない

长年来深信不疑的见解却因为新知识及信息的获得而被击得粉碎,如此经历不免令人痛快淋漓。往往日后才搞明白,在学校学得,并因为考试之需而拼命背下的东西并不见得就是唯一的真理。看来真的是学无止境啊!

例えば日本史年表に「徳川家康、江戸幕府を開く」とある。そうだねと思う。ところが、時の中央政府を幕府と呼ぶことは当時きわめてだったという。ふつうには「公儀」といった。しばしば「朝廷」とも呼ばれた。京都のことだと思いがちだが、違う。京都は「禁裏」などと称された

例如,日本史年表明确标注着“德川家康,建立江户幕府”,所以便认为事实就是如此。然而,据说称当时的中央政府为幕府的情况在当年是极为罕见的,一般称之为“公仪”,也时常称之为“朝廷”。总以为这指的是京都,可实际并非如此,京都则用“禁里”等称谓。

「幕府」とは江戸後期、反徳川の勢力が用いた「政治用語」だったのだという。徳川政権を皇室の権威の下に位置づけ、やや軽くみる意味合いが含まれる、と。こうした見方は、渡辺浩・東大名誉教授の『東アジアの王権と思想』に教えられた

据说,所谓“幕府”是江户后期反德川势力使用的“政治用语”,它将德川政权置于皇室权威之下,略有轻视的含义。这些看法都是从东京大学名誉教授渡边浩先生的《东亚王权与思想》一书中学得的。

歴史は日々、新たな研究によって手直しを受ける。その成果は学校での教え方にも影響をおよぼす。2014年度から高校生が使う日本史教科書に、これまでの「常識」を疑う記述が続々盛られたと、東京で読んだ本紙夕刊にあった

历史总因为日积月累的最新研究而被修正。研究成果也会对学校教育产生影响。据在东京阅读到的本报晚刊撰文称,从2014年开始,高中生使用的日本史教科书将不断收入一些对于至今为止公认的“常识”提出质疑的记述。

あの聖徳太子が実は存在しなかったのではないか。後に生み出された架空の人物ではないか。そんな説を紹介した教科書もある。門外漢には驚きの論争が、若く柔らかい頭脳にどんな刺激を与えるだろう

甚至还会出现一些介绍如下假设的教科书,它们质疑,家喻户晓的圣德太子是不是原本就不存在?是之后杜撰出来的虚构的人物?不敢想像,诸如此类令我们门外汉震惊不已的争论又将给予这些年轻且承受力不强的头脑产生怎样的刺激呢?

歴史教育は難しい。歴史認識の違いは政治問題にもなる。争いがあるなら争いとして触れる。史実を究める試みには限界もあるということなら教えられるし、学びがいもある。

历史很难教,历史认知的不同往往也会上升为政治问题。有争论的话,就将它视作一种争论加以接触。如果研究史实的尝试也会有界限的话,过程不但会告诉我们,而且也值得一学。

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