选自《精彩日文晨读II-触动心底的幸福》
「首」からの誤解 彫刻作品で、頭部だけの作品を普通は「首」と言うことが多い。 あれは、間違いやすいことから、「頭像」とか「頭部」と言わなければならない。 それでも、よほど気を付けないと習慣でうっかり「首」と言ってしまう。 「首」というと、「曝首」を連想する人もあるし、芝居に出てくる「首級」などと、どれも見な気持ち悪い。 ある先輩は「少女の首」という題名の彫刻をある会社に持ち込んだら、題名が悪いと断った、と言っていた。 そんなこともあって、私は「首」と言わないで「頭像」と言うことにしている。 展覧会では、「頭像」がよく出陳される。いつか、上野の展覧会に出ている「頭像」の一つに「THE NECK」と横文字の題名がついていた。NECKは首のことだから、あれは間違いだ。横文字にしたくて辞書を引いて、NECKにしたのだろうが、英語ならHEADにしなければならない。そそっかしい人もいるもんだ。 戦後、間もないころ、私は上野の展覧会に出品するので、大理石で作った「頭像」を白い布に包んでタクシーに乗った。 途中で、お巡りさんの不審訊問にあった。私の座席を覗き込んで、お巡りさんは「それは何だ?」と白布の包みを指さした。 「首です」と答えて、私はしまったと思った。お巡りさんの顔が引きつって蒼白になった。ドアから顔をはなして身構えた。「開けてみろ」と怒鳴られた。 私は何故「彫刻です」とか「大理石の頭像です」と言わなかったのか。 お巡りさんは大理石を確認してから、口はきかずに「行け」と合図した。 以来、私は「首」と言わないことにしている。
“脑袋”惹的祸 在雕刻行业里,把只有头部的作品叫做“脑袋”。 这么说太容易让人误解,所以应该叫做“头像”或“头部”。 即便如此,一不小心,我还是习惯地叫它“脑袋”。 说到“脑袋”,有人会联想到“枭首示众”,也有人会联想到戏剧里的“首级”。不管怎么说,都让人听着不舒服。 有一个学长,他拿着一个叫做“少女的头”的雕刻作品去一家公司应聘,结果就因为名字起得不好,让人家给拒绝了。 我现在改口“脑袋”为头像,也有这一方面愿因。 有一件事让我刻骨铭心。 在雕刻作品展览会上,经常会陈列出头像作品。有一次在上野的一个展览会上,在一个头部雕像的作品下面,用英文横写着“THE NECK”。NECK是脖子的意思,所以肯定不对。大概是有人想题上英文标题,特地翻了字典,结果选了NECK这个词吧。不过,即便是英文,也该是HEAD啊,那个人也太大意了。 战后不久,我参加了上野的一次展览会。用白布将大理石头像包好,我就做上了出租车。 途中遇到了巡警巡查。那巡警朝我的方向望来,指着我抱着的东西问:“那时什么?” “脑袋。”我脱口而出。但是第二秒我就意识到自己失口了。只见那巡警脸色苍白,脖子僵硬,把脑袋抽出车门,摆出了战斗的架势。然后对我大吼:“打开。” 我怎么就没说是雕像,或者大理石头像呢。 巡警确认是大理石头像以后,话也没说,摆个手势,就让我们过去了。 从那以后,我再也不说“脑袋”了。