【図】中国の玩具メーカー「AULDEY」のロゴマーク。

图为中国玩具制造商“奥迪双钻”的标志。

岸田新政権が誕生し、日中関係がどうなっていくのか、中国でも関心が高まっています。先日、中国人の友人と話をしていたときのことです。彼はとてもフラットに日中関係を見ている人物ですが、「子供の頃はどうだった?  何か日本を意識することがあった?」と尋ねてみました。

岸田新政权诞生后,日中关系将如何发展,中国对此也很关心。这是前几天和中国朋友聊天的时候发生的事。他是一个很冷静地看待中日关系的人,我问他:“小时候是怎么样的呢?有没有能联想到日本的呢?”。

すると彼は、「子供の頃(1990年代)は日本との外交問題なんて一切気にしたことがなかった。日本というのは面白いゲームやおもちゃをつくる国だと思っていた」と語りました。友達と一緒に日本製のゲームなどでよく遊んでいたそうです。

于是他说:“小时候(1990年代)完全没有在意和日本的外交问题。我觉得日本是一个制作有趣游戏和玩具的国家。”。据说经常和朋友一起玩日本的游戏。

具体的にどんなもので遊んでいたのか聞いてみると、「魂斗羅(コントラ)」や「天地を喰らう」といった筆者にとっても懐かしいゲーム名が出てきました。また、よく遊んだおもちゃとして、「ミニ四駆」という単語が飛び出しました。

问他具体是什么游戏,“魂斗罗”、“吞食天地”等对笔者来说,也是令人怀念的游戏。另外,说到经常玩的玩具,出现了“迷你四驱”。

「ミニ四駆」とは、模型大手のタミヤが長年にわたり販売している、電動モーターで走行する自動車模型シリーズのことです。ミニ四駆は中国においても日本同様に多くの少年たちを熱狂させたのだそうです。小学生時代にやはりミニ四駆で遊んだ筆者は、その友人とミニ四駆の話で大いに盛り上がりました。

“迷你四驱”是指模型巨头TAMIYA长年销售的使用电动马达的汽车模型系列。据说迷你四驱在中国也和日本一样令很多少年狂热。小学生时代也在玩迷你四驱的笔者,和那个朋友聊起迷你四驱的话题,气氛非常热烈。

そこで今回は、かつて中国で巻き起こったミニ四駆ブームとその背景、そして現在の状況について紹介したいと思います。

那么这次就介绍一下过去在中国掀起的迷你四驱热潮及其背景以及现在的状况。

■ 漫画タイアップで一躍ブームに

■    和漫画合作一跃成名

まず、日本におけるミニ四駆ブームの歴史を振り返ってみます。

首先,我们回顾一下日本的迷你四驱热潮的历史。

ミニ四駆は前述の通り、模型大手のタミヤが、走行可能で子供でも組み立てられる模型として1982年に発売した商品です。1987年にはタイアップとして漫画雑誌「コロコロコミック」(小学館)で連載された漫画「ダッシュ! 四駆郎」をきっかけに大きなブームとなりますが、「ダッシュ! 四駆郎」のアニメ放送終了とともにブームは終息します。この時期がミニ四駆の「第1次ブーム」と呼ばれています。

迷你四驱如上所述,是模型巨头TAMIYA于1982年发售的可行驶且儿童也可组装的模型。1987年,以漫画杂志《龙漫CORO-CORO》(小学馆)连载的漫画《四驱小子》为契机,掀起了一股巨大的热潮,随着《四驱小子》的动画播出结束,热潮也就此结束。这个时期被称为迷你四驱的“第一次热潮”。

それから数年を経た1994年、再びコロコロコミック誌上でタイアップ漫画の「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」が連載されると、ミニ四駆の人気が再燃します。この第2次ブームのとき、筆者は小学生でした。当時、ミニ四駆の改造に詳しい友だちの家に、筆者を含めて多くの小学生がまるで門弟のように日々訪ねていたことを覚えています。

过了数年,1994年,再次在龙漫CORO-CORO上连载了合作漫画《四驱兄弟》,迷你四驱的人气再次燃起。第二次潮流时,笔者还是小学生。当时,我还记得包括笔者在内的很多小学生每天都去熟悉迷你四驱改造的朋友家里学习,就好像弟子一样。

しかしミニ四駆は他のおもちゃ商品の台頭によって次第に人気を失っていき、公式大会も開催されなくなるなど、2000年頃には第2次ブームが終息したと言われています。

但是迷你四驱由于其他玩具的兴起而逐渐失去了人气,官方大赛也不再举办等,2000年左右第二次热潮结束了。

■ 競合商品の登場による第3次ブーム

■   竞争商品的出现而引起的第三次热潮

第2次ブームの終息後、ミニ四駆人気はしばらく低迷期が続きました。しかし玩具大手のバンダイが2004年、ミニ四駆と同じくモーターで駆動する自動車模型シリーズの「バクシード」シリーズを発売したことをきっかけに、ミニ四駆は息を吹き返しました。

第二次热潮结束后,迷你四驱的人气进入了持续的低迷期。但是,大型玩具公司万代在2004年发售了和迷你四驱同样用马达驱动的汽车模型“bakuseed”系列,以此为契机,迷你四驱又回暖了。

2005年、タミヤは「バクシード」に対抗する形で、より本格的な「ミニ四駆PRO」シリーズを発売します。また、オールドファン向けに、以前と違って年齢制限を撤廃した公式大会を主催したことも、ブーム再燃を後押しします。

2005年,TAMIYA以对抗“bakuseed”的形式发售了更加正式的“迷你四驱PRO”系列。另外,面向老粉丝,举办了和以前不同的解除年龄限制的正式大赛,也为热潮的再燃提供了支援。

その後、2012年には最大規模の公式大会に当たる「ジャパンカップ」が13年ぶりに開催されるなど、ミニ四駆人気は完全に復活。現在に至るまで人気が続いています。

之后,2012年最大规模的正式比赛“日本杯”时隔13年再次举办,迷你四驱完全复活。到现在为止热度一直持续着。

■ 海賊版がけん引した中国でのブーム

■   由盗版引发的中国热潮

中国においては、いつ頃ミニ四駆がブームとなっていたのでしょうか。

在中国,是什么时候掀起了迷你四驱热呢?

時期的には、1994年から始まる日本の第2次ブーム期に、中国国内の子供たちの間で人気が広がったようです。そのため、この時期にちょうど少年時代を迎えていた現在30代の中国人男性などは、ミニ四駆の話題を出すとかなり高い確率で食いついてきます。

从时期上来说,大概是在1994年日本的第二次流行期,开始在中国国内的孩子之间流行起来的。因此,在这个时期正好迎来少年时代的现在30多岁的中国男性等,如果谈起迷你四驱的话题的话,大概率会上钩。

ただ当時中国で流通していたのはタミヤの正規品ではなく海賊版、つまりコピー商品が主だったようです。

但是当时在中国流通的不是TAMIYA的正品而是盗版,也就是说主要是仿制品。

タミヤ製ミニ四駆のコピー商品を作っていた中国メーカーの中で最大手だったのは、「奧迪双鉆(AULDEY:アウディ)」という広東省の玩具メーカーです。AULDEYは1993年に設立され、94年に日本でミニ四駆の第2次ブームが起こると、足並みを揃えるかのように中国でミニ四駆(中国語:迷你四駆)のコピー商品を生産し始めます。そもそもこの会社はロゴマークからしてタミヤのロゴマークを強く意識しています。なおタミヤによると、タミヤとAULDEYの間の提携や取引などは一切ないとのことです。

在制作TAMIYA迷你四驱的仿制品的中国制造商中,最大的玩具制造商是广东省的一家玩具制造商“奥迪双钻(AULDEY:奥迪)”。AULDEY成立于1993年,94年在日本掀起迷你四驱的第二次热潮时,为了统一步调,开始在中国生产迷你四驱的仿制品。原本这个公司的logo就和TAMIYA的logo很像。另外,据TAMIYA称,TAMIYA和AULDEY之间没有任何合作和交易。

話を戻しますと、当時日本で第2次ブームの火付け役となった「爆走兄弟レッツ&ゴー!!」が中国でも放映されるとミニ四駆人気に火が付き、タミヤの正規品だけでなくAULDEYなどのコピー商品メーカーの商品も大いに売上げを伸ばすこととなりました。筆者の中国人の友人は当時を振り返り、「タミヤの正規品も流通していたが価格が高く、コピー商品とわかっていながらも、大半の子供はAULDEYのコピー商品を買わざるを得なかった。当時タミヤのミニ四駆を買えたのは金持ちだけだった。タミヤのミニ四駆を持っている子供は、ずいぶんうらやましがられたものだ」と話しています。

话又说回来,当时在日本引发第二次热潮的《四驱兄弟》,在中国播出后也使得迷你四驱的人气高涨,不仅是TAMIYA的正品,AULDEY等仿制品制造商的商品也销量大增。笔者的中国朋友回顾当时“虽然TAMIYA的正品也在流通,但是价格很高,虽然知道是仿制商品,但大部分的孩子还是不得不买AULDEY的仿制商品。当时只有有钱人买得起TAMIYA的迷你四驱。很羡慕能有TAMIYA迷你四驱的孩子”。

なおこのAULDEYはその後も玩具メーカーとして成長を続け、傘下にアニメーション会社などを抱えるようになり、現在もアニメなどとのタイアップを積極的に展開しています。2008年には「中国国産初の魔法少女作品」とされる「巴啦啦小魔仙」という作品をリリースしていますが、キャラクターデザインを見て筆者は「プリキュアっぽいな」と思いました。

另外,AULDEY在那之后也作为玩具制造商持续成长,旗下还拥有动画公司,现在也在积极开展与动画等的合作。2008年发布了被称为“中国第一部国产魔法少女作品”的“巴啦啦小魔仙”,看到角色设计的笔者觉得“很有光之美少女的感觉”。

■ オールドファンが主体か

■    主要靠老粉丝吗

では、現在の中国では、ミニ四駆人気はどうなのか。

那么,现在的中国,迷你四驱的人气如何呢。

筆者が把握する限り、人気を支えているのは、かつてミニ四駆で遊んだことのある1980年代、90年代生まれのオールドファンが主体のようです。中国のネット上では、ミニ四駆の組立や改造を解説・実演する動画が数多く配信されています。ただそれらを見ると、登場するのはかつてミニ四駆に触れた大人たちが多く、子供たちの間では日本ほどには流行していないように見えます。

据笔者所知,支撑人气的主要是曾经玩过迷你四驱的1980年代、90年代出生的老粉丝。在中国的互联网上,有很多解说,演示迷你四驱的组装和改造的视频。但是仅凭这些,热衷的大多是曾经接触过迷你四驱的大人,在孩子们之间似乎不像日本那么流行。

ただオールドファンの間では、人気はいまだに根強く、ミニ四駆への愛情、情熱はほとんど信仰に近いものがあると言っても過言ではありません。専用サーキットを常設する店舗もまだ残っているほか、中国国内大会も開催され続けています。また今年(2021年)1月には、タミヤ本社のある静岡県の上海事務所が主催して、在上海日本総領事館でミニ四駆のレース大会も開催されています。

不过在老粉丝之间,人气至今未减,可以说对迷你四驱的爱、热情几乎接近信仰。除了还保留着常设专用电路的店铺外,中国国内大赛也在持续举行。另外,今年(2021年)1月,由TAMIYA总公司所在的静冈县的上海事务所主办,在上海日本总领事馆还举办了迷你四驱的比赛。

■ 所得水準の向上が追い風に

■   得利于收入水平的提高

最後に、中国におけるミニ四駆の事業としての現状を見てみましょう。

最后,让我们来看看中国的迷你四驱事业的现状吧。

タミヤに事業の概況を直接尋ねたところ、中国でかつて放映されたアニメの人気が根強く、ミニ四駆事業は今も好調だとのことです。またミニ四駆だけに限らず、模型事業全体に関しても中国での売れ行きは非常に好調だという回答でした。

直接向TAMIYA询问了事业概况,据说在中国曾经播出的动画人气很高,迷你四驱事业现在也很好。另外,不仅是迷你四驱车,就连整个模型事业来说,中国的销售情况也非常好。

絶対的な物価格差があってコピー商品しか手に届かなかった90年代と比べると、現代中国の所得水準は大幅に向上しています。この点は、模型に限らず子供向けに単価を抑えて販売しなければならない日系玩具メーカーにとって、大きな追い風になっているように見えます。

与有着绝对的物价差距,只能买到仿制商品的90年代相比,现代中国的收入水平大幅提高。在这一点上,不仅是模型,对于不得不降价销售儿童产品的日系玩具制造商来说,也是一个很大的有利点。

加えて、意外と中国人は模型への関心が強いようです。バンダイの「ガンプラ」シリーズといい、アニメキャラクターのフィギュアといい、中国人の熱狂的な模型ファンは数多く存在します。筆者もたまに中国人から、航空機のプラモデルを代わりに作ってほしいと頼まれたりします。

此外,令人意外的是,中国人对模型的兴趣很高。万代的“高达模型”系列也好,动漫角色的手办也好,在中国有很多狂热的模型爱好者。笔者也偶尔会被中国人委托代做飞机模型。

中国では依然としてコピー商品の流通が後を絶ちませんが、かつてと比べると市場からコピー商品を排する空気が広がりつつあります。そうした状況だからこそ、ミニ四駆がかつてのオールドファンを取り込むと同時に新規ファンを広げ、日中でともに人気が高まっていくことを、一模型ファンとして願ってやみません。

在中国,仿制品的销售仍然不断,与过去相比,市场上拒绝仿制品的情形正在不断增加。正因为是这样的情况,我作为一个模型粉,衷心希望迷你四驱能在吸引过去的老粉丝的同时,扩大新粉,在日中两国都能获得高人气。

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