「早稲田」の由来

早稲田大学の前身は、明治15年10月21日に創設した「東京専門学校」。

早稻田大学的前身是于明治15年10月21日创建的“东京专门学校”。

当初は、創立者である大隈重信の別邸が東京府南豊島郡早稲田村にあり、校舎が同郡戸塚村にあったことから、「早稲田学校」「戸塚学校」と呼ばれていたが、最終的には「東京専門学校」と名付けられたのだそう。

当初,创立者大隈重信的住宅在东京南丰岛郡的早稻田村,校舍因为位于同郡的戸塚村,所以该学校也被称为“早稻田学校”,“戸塚学校”。但是最终该学校还是被正式取名为“东京专门学校”。

しかし、程なく専門学校の別名として「早稲田学校」と呼ばれることが多くなり、専門学校から大学への昇格したことを機会として早稲田の地名をとり「早稲田大学」と改称されたそう。

但是,过了不久,由于越来越多的人以“早稻田学校”称呼该专门学校,所以,借着从专科学校升为大学的机会,该学校正式改名为“早稻田大学”。

「早稲田」という地名の由来は、水田や稲作から来ている訳ではないという説を見つけた。

“早稻田”这一地名的由来是什么呢?有一说法是该地名不是由来于水田或水稻。

新宿区早稲田は古くは小さな川が入りくんだ地形になっており、「わせ」は裂(わざ)くとか「わざわい」の「わざ・わさ」からきているとか。

新宿区的早稻田以前是小河流错综复杂的地形,“わせ”可能是来自于“裂(わざ)く”(裂开),或者“わざわい”的“わざ・わさ”。

だが、一方でその入り組んだ地形から水稲の田圃が多くあり、凶作に備えて普通の田植えより、早い時期に植える田があった事から早稲田と言うといった説もある。

然后,另一说法是:在那错综复杂的地形之中有众多的水稻田,为了防止水稻歉收,与一般的水稻田相比,这些稻田会更早的种植水稻,所以叫做“早稻田”。

どちらが正しいのかはわからないが、その地形からとったのかその用途からとったのかといった違いなのでそれほど気にする必要もないだろうか…

我们无法确定到底哪个说法是正确的,但是争论的点其实是来自于到底是从地形得来的说法还是从用途得来的说法,其实我们也没必要太过于较真。

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