日本には数えきれないほどラーメン屋さんがありますよね。

在日本,有数不清的拉面店。

各地にご当地のラーメンがあり、その土地のラーメンを食べるために旅行をするという人もいるほどです。

每个地方都有本地拉面,甚至有为了吃当地的拉面而去旅行的人。

今回は日本人が大好きなラーメンの起源や歴史、中国のラーメンとの違いなどについて調べてみました。

这次,就为大家介绍一下日本人最喜欢的拉面的起源和历史,以及与中国拉面的不同吧!

ラーメンとは?

拉面是什么?

ラーメンは小麦粉を原料とする中国発祥の中華麺とスープを主とする食べ物です。

拉面是以小麦粉为原料、以发源于中国的中华面和汤为主的食物。

漢字で「拉麺」と書き、「らあめん」「らーめん」「らうめん」のようにひらがなで表記することもあります。

在日语中汉字写成“拉面”,也有用平假名「らあめん」「らーめん」「らうめん」这样表示的。

別名を「中華そば」や「南京そば」といいますが、そば粉は使いません。

虽然别名叫做“中华荞麦面”、“南京荞麦面”,但并不是用荞麦粉做的。

日本の中華麺は「かん水」というアルカリ塩水溶液を用いて作ります。

日本的中华面是用叫做“碱水”的碱性盐水溶液做的。

同じ小麦粉の麺で「うどん」がありますが、うどんは「かん水」ではなく水を用いて作るため、異なる麺が出来あがります。

同样是用小麦粉的做的“乌冬面”,用的是水,而不是用“碱水”做的,所以就会出现不同种类的面。

スープは、豚骨、鶏ガラ、牛骨、昆布、魚介など様々なものがあり、ひとつのものだけではなく、複数を組み合わせるものもあり、お店や地域によって様々です。

汤里有猪骨、鸡骨、牛骨、海带、鱼贝类等各种各样的东西,不仅仅只是其中一种,也可以有多种组合,根据店铺和地区而有所不同。

具はチャーシューやメンマ、海苔、ネギ、卵などですが、こちらもお店や地域によって様々です。

配料有叉烧、干笋、海苔、葱、鸡蛋等,这些也根据店铺和地区而有所不同。

日本のラーメンの起源と歴史とは?

日本拉面的起源和历史?

日本でラーメンが初めて作られたのは、江戸時代(1603年~1868年)という説が有名です。

在日本,流传较广的说法是在江户时代(1603年~ 1868年)最早做出了拉面。

1665年に徳川光圀(水戸藩2代藩主、水戸黄門と呼ばれ親しまれている)が、中国から招いた朱舜水(しゅしゅんすい・中国の儒学者)の作った「汁そば」を食べたといわれています。

1665年,德川光圀(水户藩第2代藩主,被人们亲切地称为水户黄门)吃了从中国聘请的朱舜水(中国的儒学学者)做的“汤面”。

この「汁そば」がラーメンのことだとされ、「日本で初めてラーメンを食べたのは水戸光圀」という説が信じられてきました。

这种“汤面”被认为是拉面,人们也相信“水户光圀是日本第一个吃拉面的人”。

しかし、平成29年(2017年)に、室町時代(1336年~1573年)の史料「蔭涼軒日録(おんりょうけんにちろく・僧の日記)」にラーメンに関する記述が見つかったそうです。

但是,在平成29年(2017年),人们在室町时代(1336年~ 1573年)的史料《阴凉轩日录》中发现了关于拉面的记载。

そこには、1488年に京都の僧侶たちが「経帯麺(けいたいめん)」という、「かん水」を使った麺類を食べたと記されており、現在のラーメンの麺と同じものではないかと考えられています。

该文献中,记载着1488年京都的僧侣们吃了一种用“碱水”做成的“经带面”,这种面被认为是与今天的拉面一模一样的东西。

ラーメンが日本中に広まったのは、明治時代(1868年~1912年)になってからです。

拉面在日本广泛普及的时间是在明治时代(1868年~ 1912年)之后。

海外との交流が増え、食文化も伝わってきたこのころに、中国の麺料理が日本に伝わりました。

随着与海外交流的增加,饮食文化也开始传入日本,中国的面食随之传到了日本。

明治5年(1872年)に、現在の横浜中華街に中国人たちが中華料理店を開業し、日本人も「南京そば」を食べるようになりました。

明治5年(1872年),在现在的横滨中华街,中国人纷纷开起了中华料理店,日本人也吃到了“南京荞麦面”。

明治初期頃はラーメンは「南京そば」と呼ばれており、現在のラーメンとは異なっていたようです。

明治初期,拉面被称为“南京荞麦面”,和现在的拉面稍微有些不同。

明治17年(1884年)に、北海道函館の「養和軒」という洋食店で「南京そば」が提供されました。

明治17年(1884年),北海道函馆的一家名为“养和轩”的西餐厅开始提供“南京荞麦面”。

詳しい資料が残っていませんが、塩ラーメンだったといわれており、この「養和軒」のラーメンが日本のラーメンのルーツとされています。

虽然没有留下详细的资料,但据说是盐拉面,“养和轩”的拉面被认为是日本拉面的起源。

明治43年(1910年)に、中国の麺料理と日本の食文化を融合させた日本初のラーメン店の「来々軒」が東京都浅草で開業し、醤油ラーメンの元祖といわれています。

明治43年(1910年),融合了中国面食和日本饮食文化的日本第一家拉面馆“来来轩”在东京都浅草开业,被称为是酱油拉面的元祖。

醤油ラーメンは、昆布や鶏ガラなどのスープに醤油ダレを入れ、あっさりとしたスープが特徴です。

酱油拉面的特点是,在用海带、鸡骨等熬制的高汤里加入酱油调味汁,口味清淡爽口。

「来々軒」の前にも、ラーメンを提供するお店はあったようですが、「ラーメン店」の発祥は「来々軒」ではないかといわれています

在“来来轩”之前,好像也有提供拉面的店,不过据说“来来轩”是第一家“拉面专卖店”。

「来々軒」が人気となり成功したことで、東京ではラーメンを提供する中華料理店が次々に開店し、餃子や焼売などとともに、ラーメンは庶民的な中華料理店の定番メニューとして広まり、ラーメンの屋台も増えました。

由于“来来轩”的人气和成功,可以提供拉面的中华料理店在东京陆续开张,和饺子、烧卖等小食一起,拉面不仅成为了“平民料理”,而且作为中华料理店的招牌菜被推广开来,卖拉面的小摊也增加了不少。

大正12年(1923年)の関東大震災によって、関東でラーメン店を営んでいた人たちが日本全国へ散らばり、日本各地にラーメン店や屋台が増えていきました。

由于大正12年(1923年)的关东大地震,在关东经营拉面店的人们分散到了日本全国,日本各地的拉面店和小摊不断增加。

第二次世界大戦後になると、各地の闇市(やみいち・非合法の市場)で、安く食べられる屋台のラーメンが人気となりました。

第二次世界大战后,在各地的黑市(不合法的市场)上,便宜好吃的路边摊拉面大受欢迎。

昭和12年(1937年)に「とんこつラーメン」が福岡県久留米市の「南京千両」というお店で生まれました。

昭和12年(1937年)“豚骨拉面”在福冈县久留米市的一家名为“南京千两”的店里诞生了。

最初は、とんこつを沸騰させずに長時間煮込んで作っていたので、澄んだスープだったそうです。

最初是没有把豚骨完全煮开,而是通过长时间小火煮制,所以汤非常的清澈。

昭和22年(1947年)に誤ってとんこつを沸騰させてしまい、白濁したスープが誕生し、九州全域で提供される白濁した豚骨スープのルーツといわれています。

昭和22年(1947年),不小心把豚骨一下子煮沸了,浓郁的白汤诞生了,据说“南京千两”是九州整个地区提供白汤豚骨拉面的元祖。

昭和29年(1954年)には、「味噌ラーメン」が北海道札幌市の「味の三平」というお店で生まれました。

昭和29年(1954年),“味增拉面”在北海道札幌市的一家名为“味之三平”的店里诞生了。

終戦後に札幌で屋台のラーメン屋を始めた店主は「味噌は体に良い」と考えており、みそ汁をヒントに改良を重ね、味噌ラーメンを完成させたそうです。

据说二战结束后,一家在札幌经营拉面小摊的摊主认为“味噌对身体好”,于是以味噌汤为灵感不断改良,做出了味噌拉面。

さらに店主は健康に配慮してたくさんの野菜やニンニクを入れるようにし、現在の「札幌ラーメン」の基本を作ったといわれています。

而且摊主为了健康考虑,加入了大量的蔬菜和大蒜,据说这是现在“札幌拉面”的基本做法。

昭和40年代~50年代(1960年~1970年代)に、日本各地で観光資源としての「ご当地ラーメン」が作られるようになります。

昭和40年代~ 50年代(1960年~ 1970年),日本各地开始制作“本地拉面” 作为观光资源的一种卖点。

「ご当地ラーメン」はスープやトッピングなどに特徴をもたせたもので、その土地に行かなければ食べられないこともあり、観光に一役買っており、現在は、日本人だけではなく外国人観光客もご当地ラーメンをおいしそうに食べている姿をよく見かけます。

“本地拉面”以汤或材料等为特点,有些不去到当地是吃不到的,对旅游观光发展也起到了很大的作用。现在,我们不仅能看到日本人,甚至一些外国游客都津津有味地吃着本地拉面。

また、地域にしばられず、ひとつの有名店からのれん分けをしたお店が日本各地に広がったり、世界へ進出したりと、日本のラーメンは進化を続けています。

另外,不受地区限制,从一家有名的店发展到连锁店开满日本各地,走向世界,日本的拉面也在不断地进化着。

中国のラーメンとの違いとは?

与中国的拉面有什么不同?

もともとは中国から伝わってきた麺料理ですが、ラーメンは日本で独自の進化をしたので、中国と日本のラーメンは全く別のものになっています。

虽说原本是从中国传来的面食,但拉面在日本经历了“本土化”,所以中国和日本的拉面是完全不同的。

以下に違いを挙げていきます。

以下列举了它们的不同点。

●かん水

●碱水

中国のラーメンと日本のラーメンの大きな違いは、麺に「かん水」を使用しているかどうかです。

中国拉面和日本拉面的最大区别在于面条是否使用“碱水”。

中国の麺は「かん水」を使用しておらず、日本のうどんに近い食感になっています。

中国的面条没有使用“碱水”,口感接近日本的乌冬面。

「かん水」はアルカリ性なので、小麦粉のグルテンに作用して麺の弾力が増し、歯ざわりやコシが良くなり、小麦粉のフラボノイドが黄色に変化します。

因为“碱水”是碱性的,在小麦粉的麸质作用下,面条的弹性增加,口感和硬度变得适中,而小麦粉的黄酮类化合物也会变成黄色。

●麺の製法が違う

●面条的制做方法不同

中国の麺は、手で引っ張りながら伸ばして作りますが、日本は製麺機で押し出して作ったり、平たくした麺を包丁で切ったりします。

中国的面条是用手一边拉一边扯做的,而日本的则是用压面机压出来的,或者是用刀切扁平的面皮做出来的。

●スープが違う

●汤底不同

中国では、豚肉、牛肉、海鮮などからスープを作りますが、日本は肉や魚介だけではなく、野菜や醤油、味噌など、さまざまな食材からスープを作ります。

在中国,用猪肉、牛肉、海鲜等熬制汤底,而日本不仅用肉和海鲜,还会用蔬菜、酱油、味增等各种各样的食材熬制汤底。

中国のスープは基本的に薄味ですが、日本は複数の食材からスープを作ったり、濃く煮詰めたりするため、奥深く繊細でさまざまな味わいがあるといわれています。

中国的汤底基本上味道清淡,而日本的汤底是由多种食材熬制而成的,味道醇厚细腻,味道各异。

●麺が違う

●面条不同

麺の太さや弾力、食感などは中国でも数多く種類がありますが、日本の場合は、スープに合うように麺が追及され、店舗ごとに細かく製麺方法が異なるなどこだわりがあります。

在中国,面条的粗细、弹性、口感等可以有很多种,但是在日本,为了和汤相搭配,面条也十分讲究,所以每家店的制面方法都不一样。

お店によっては、注文時に麺の硬さやスープの濃さなどを調整することができます。

根据店的不同,点餐时可以调整面条的硬度和汤的浓度。

中国から伝わってきて日本で進化したラーメンは中国人にも人気があるようですよ。

从中国传来,在日本“本土化”后的拉面在中国人中也很受欢迎。

中国には数多くの麺料理がありますが、「ラーメン」と言えば日本を想像するくらい、日本のラーメンの認知度が高いそうです。

在中国有很多面食,但提起“拉面”就会想到日本,由此可见日本拉面的认知度非常高。

現在、日本のラーメン店の店舗数はなんと3万件を超えているそうです。

据说,现在日本拉面店的店铺数超过了3万家。

中国から伝わって、日本独自の進化をしたラーメンは、今後もいろいろな進化をしていくでしょうね!

从中国传来,拉面经过了日本独有的“本土化”,今后也将会有不一样的创新吧!

本翻译为沪江日语原创,禁止转载。

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