近来、食べ物のことがいろいろの方面から注意され、食べ物に関する論議がさかんになってきた。殊に栄養学というような方面から、食べ物の配合や量のことをやかましくいうことが流行はやった。けれども、子供や病人ならともかく、自分の意志で、自分の好きなものを食うことのできる一般人にとっては、そういう論議はいくらやっても、なんの役にもたたない。
 だから栄養料理という言葉が、まずい料理の代名詞のように使われたのも、むしろ当然である。わたしどもの目からみると、栄養料理というものは、料理にもなにもなっていない。
 人間の食べ物は、馬や牛の食物とはちがう。人間は食べ物を料理して食うからである。料理とはいうまでもなく、物をうまく食うための仕事である。だが、わたしはなにもここまで改まって料理の講釈をしようとは思わない。ただ一ついっておきたいことは、ともかく、そういうようなことから医者とか料理の専門家といういろいろな物識りが、料理についてさかんに論議してはいるが、その一人として料理と食器についてはっきりした見解を述べているものがいないということだ。
 いうまでもなく、食器なくして料理は成立しない。太古は食べ物をかしわの葉に載せて食ったということであるが、すでに柏の葉に載せたことが食器の必要を如実に物語っている。早い話がカレーライスという料理を新聞紙の上に載せて出されたら、おそらく誰も食おうとするものはあるまい。それはなぜであるか、いうまでもなく、新聞紙の上に載せられたカレーライスがいかにも醜悪なものに思われ、嫌らしい連想などが浮かぶからである。カレーライスそのものだけなら、これをきれいな皿に盛ろうと、新聞紙の上に載せようとも変わらないはずである。それにもかかわらず、美しい皿に盛ったカレーライスは、これを喜んで食べ、新聞紙に載せられたカレーライスは見るだに悪寒を覚えてまゆをひそめるのは、料理において食器がいかに重要な役目をするかを物語ってあまりあるといえるであろう。
 しかして、こういう感覚は一応は誰でも持っているのだが、美食家とか食通とかいうものになればなるほど、それが鋭くなる。ほんとうに物の味が分ってくればくるほど料理にやかましくなり、料理にやかましくなればなるほど、料理を盛るについてもやかましくなる。これはまた当然である。
 しかるに、現代多くの専門家が料理を云々うんぬんしていながら、その食器について顧みるところがないのは、彼らが料理について見識がないか、ほんとうに料理というものが分っていないか、そのいずれかであろう。
 以上のことが分ると、それに従って次々にいろいろなことが分ってくる。料理をするものの立場からいえば、自分の料理はこういう食器に盛りたいとか、こういう食器を使う場合には、料理をこういうふうにせねばならぬとか、いわば、器を含めて全体としての料理を考えるから見識が広く高くなってくる。
 また、もっと別な方面から考えてみると、よい食器のある時代は、よい料理のあった時代、料理の進んでいた時代であるということができる。その意味では、現代は料理の進んだ時代ではない。よい食器が生まれていないからである。
 中国料理は世界一だというようなことをよく半可通のひとがいっている。また、なにも知らぬひとはだいたいそれを信用して、なるほど、そうだろうぐらいに考えている。けれど、わたしの見解をもってすれば、中国料理が真に世界一を誇り得たのは明代であって、今日でないというのは、これも中国の食器をみると分る。中国において食器が芸術的に最も発達したのは古染付にしても、赤絵にしても明代であって、清になると、すでに素質が低落している。現代に至っては論外である。むべなるかな、今日私たちが中国の料理を味わって感心するものはほとんどない。
 さらに食器をみると、その料理の内容までほぼ推察がつく。中国食器の絢爛けんらんたる色彩と外観の偉容と、西洋食器の白色一点ばりの清浄主義と、日本食器の内容的な雅味とは、それぞれの料理の特徴を示すばかりでなく、お国ぶりまでも窺わせてくれる。
 このように、いかなる方面からみても、料理と食器とは相離れることのできない、いわば夫婦のごとき密接な関係がある。料理を舌の先に感ずる味だけとみるのは、まだ本当の料理が分らないからである。うまく物を食おうとすれば、料理に伴って、それに連れ添う食器を選ばねばならぬ。もちろん、ひいては料理は食う座敷も、床の間の飾りもすべてがこれに伴ってくるが、そのもっとも密接なる食器について意を用いることが、まず、今日の料理家に望まねばならぬ第一項であろう。
 よい料理とはなにか、よい食器とはなにか、これがただちに続く問題であるが、今日の一般はまだそれを問題にするまでにさえ至っていないのを遺憾とする。

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