(本篇作者:藤田志穂,见图)

アラサーギャルと呼ばれる私。とはいえ、今ではメイクもファッションも落ち着き、1人の女性として生きています。

我是被称为around 30的辣妹。如今作为一名女性,如论在化妆或者穿着上都已走朴素路线了。

でも、未だにこの気持ちだけは変わりません。

不过,这种想法依然没变。

「ギャルの偏見差別をなくしたい」
ギャル真っ盛りだった高校時代には色々な偏見を持たれ、差別も受けて来ました。

“请不要用桃色眼镜眼镜来看辣妹们~!”
当我还在高中时代的辣妹火热时期时就已受到各方的偏见与歧视了。

コンビニに入ると嫌な顔をされる、電車の隣に座席には誰も座ろうとしない…etc。

走进便利店时会发现别人朝我投来的厌恶表情,坐地铁时也没人愿意坐在我旁边。。。等

私自身が受けてきたこうした差別は、少なからず現代のギャルも経験しているようです。

类似于我当年所受到的歧视,当今的辣妹们或多或少也经历着种种不愉快的事情吧。

「何もしてないのに変な目で見られる」
「何か悪いことがあると自分たち(ギャル)のせいにされる」私もこういった気持ちを感じていた一人です。

“根本没干什么也会受到异样的眼光”
“不好的事情发生后都会怪罪在我们(辣妹)身上”我也是深感其意的一份子。

当時、偏見を持たれたり、差別を受けるうちに、多少躊躇はあったものの、自慢だった白髪(ハクハツ)を真っ黒にしました。社会に対しての自分なりの反発と言うのでしょうか。

当时,在不断受到偏见和歧视中,经过心中反复挣扎后终于把喜爱的白发(有些辣妹为了追求另类时尚故意把头发染成白色)染回黑色了。这也可以说是我用自己的方式回击了社会吧!

しかし、それまで白だった髪をいきなり真っ黒にする訳ですから、自分以上に周りが違和感を覚えたようです。

然而,由于一下子把长期以来的白发突然间染成了黑色,比起自己,周围的反响更大呢!

                                           

仲良しのギャル友からは「前の方が似合ってた!」と言われ、仲良しだったクラスの先生からも一言。

要好的辣妹友对我说:“还是以前的好啊~!”从关系好的班主任那里也得来了一句。

「何で真っ黒にしたんだ? 白髪だったのは、お前の"個性"だったのに"らしさ"がなくなったじゃないか!」と…。

“怎么突然变黑了呀?白发明明是你的‘个性’,现在的你连‘标志’都没有了啊!”。。。

その時に、ハッっと思い知らされました。

那时的我似乎在一瞬间醒悟了。

"個性"や"らしさ"というカテゴリーが、自分達の場合は"ギャル"だったということ。

“个性”或者说“(一个人的)标志”对我们来说就是“辣妹”的存在。

要するに、自分達を表現する方法が"ギャル"だっただけであり、個性を出すための一つのカテゴライズだったということ。

也就是说,“辣妹”是我们进行自我表达的方式,也是展现个性的一种渠道吧!

つまり、ギャルメイクやギャルファッションを可愛いと思い感じるのは、彼女達の自己表現の一つなのです。

觉得自己的化妆,打扮都很可爱是辣妹们自我表达的方式之一。

どんな"ギャル"でも、結局のところは、1人の女性であることには何ら変わりはありません。1人の人間だということ。

如论是哪一类“辣妹”,实际上也就是一个女生(女人)吧!我们同样也是一个“人”啊~!

もちろん、考え方や好みなどがそれぞれ異なるように、考え方は十人十色です。

当然,就如每个人的思维方式和喜好都存在着落差那样,人们的想法也是各不相同的。

私の考えに対し、賛否両論あると思います。

对于我的观点,一定也存在着褒贬两方。

ただ、彼女たちは、自分たちが偏見や差別を受けているからこそ、人に対して見た目で判断するというような"先入観"を持つことは少ないと思います。

辣妹们正因为自己受到来自他人的偏见与歧视,所以尽量不会以“先入之见”---外表来判断他人。

「我が身をつねって人の痛さを知れ」と言うことわざがあるように、痛みが分かるからこそ、他人に対し思いやりに溢れたギャルが多いのもその一つだと思います。

正如“己所不欲勿施于人”所说的那样,因为我们了解这份“痛苦”,所以会有许多懂得体谅,关怀他人的辣妹。

彼女たちが"先入観"で人を判断しないのも、こういったことがあるからと言えるでしょう。

辣妹们不会以“先入之见”来判断一个人也是出于这样的原因吧!

―――「自分が"ギャル"っていう"先入観"で判断されたくないから、誰に対しても"先入観"は持たないようにしてるよ!」―――17歳のギャルが私に伝えてくれた言葉です。

―――一个17岁的辣妹曾对我说过,“正因为不想让他人用“辣妹”来断定我,所以我也努力不用“先入之见”来看待他人!”

7月,我们一起去日本游吧

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