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話し言葉・書き言葉を通じて、平安時代までと中世とではちょっとした断絶がある、と言語学者の山口仲美氏はいう(日本語の歴史)。平安時代までの日本語がきわめて情緒的な性格を帯びていたのに対して、中世以後の日本語は次第に論理を重んじたものになっていく、というのである。その過程で、日本語のきわめて顕著な特徴であった係り結びが、中世には次第に用いられなくなり、ついには滅び去ってしまった、氏はそうもいう。

语言学家山口仲美在《日语的历史》中谈到,通观口语与书面语,会发现平安时代以前与中世之间存在一个断层。同时他还论述说,平安时代以前的日语明显带有感性的性格,而到中世以后,日语却逐渐重视起逻辑性。在这一过程中,日语中曾经最为显著的特征——“系结”用法进入中世以后渐渐不再使用,最终彻底消亡。

注:在古典日语中,句中如果出现“ぞ、“なむ”、“や”、“か”、“こそ”等系助词时,句末需要用特殊的结句方法进行呼应,呼应关系即称为“系结”。其中,除了“こそ”的句末以已然形结句以外,其他都以连体形结句。

係り結びといっても、現代人にとってはピンとこないが、古代の日本語にとっては、ごくありふれた日本語の使い方だった。それが中世以降には表舞台から消えてなくなってしまったわけだから、そこにどんな事情が働いていたか、気になろうというものだ。

说到“系结”,现代人听起来会感到陌生,但在古代的日语里,这却是一种很常见的日语用法。而它到了中世以后,却逐渐衰退了下去,如此就让人在意,其中原因究竟是什么呢?

係り結びには「なむ~連体形」、「ぞ~連体形」、「や~連体形」、「か~連体形」、「こそ~已然形」の五つの形があった。このうち「なむ」、「ぞ」、「こそ」は強調表現、「や」、「か」は疑問ないし反語表現とされてきたが、個々のニュアンスの違いが問題とされることはあまりなかった。

“系结”包括五种用法,即“なむ~连体形”、“ぞ~连体形”、“や~连体形”、“か~连体形”、“こそ~已然形”。这其中,“なむ”、“ぞ”、“こそ”属强调的表达,“や”、“か”则被归于疑问及反问的表达,但每一种用法在语感上的差异并未吸引人们的注意。

だが子細に比較すると、それぞれの表現の間には、かなりな差異があったと氏は言う。

可是仔细比较一下,就会发现每一种用法在表达上是存在很大差异的,山口仲美如是说。

強調表現のうち、「なむ」は話し相手との関係を意識して、念を押すような、強調の形である。「その竹のなかに、もと光る竹なむ一筋ありける」といえば、「根っこのところが光っている竹がネ、一本あったんですよ」といったニュアンスになる。

在强调表达种,“なむ”这种强调形式类似叮嘱,着重了与谈话对象间的关系。比如“その竹のなかに、もと光る竹なむ一筋ありける(这些竹子中,有一棵竹子的根部发着光)”一例,语感上便是“根っこのところが光っている竹がネ、一本あったんですよ(你看看那棵竹,根部在发光呢)”。

「ぞ」は、話題となっていることを、それと指し示すための強調である。「その竹の中に、もと光る竹一筋ありける」といえば、「その竹の中に一本あったのは、根元の光る竹だった」という具合だ。

“ぞ”这种强调形式则是指示谈论中成为话题的事物。比如,“その竹の中に、もと光る竹一筋ありける(这些竹子中,有棵竹子的根部发着光)”,表达出来就是“その竹の中に一本あったのは、根元の光る竹だった(在这些竹子中的,是一棵根部发着光的竹子)”。

「こそ」は対象をとりたてて強調する表現。「その竹の中に、もとひかる竹こそ一筋ありけれ」といえば、「その竹に中に、根元の光る竹こそが、一本あったのだった」という具合だ。

“こそ”是特别提示一个对象的强调表达。比如,“その竹の中に、もとひかる竹こそ一筋ありけれ(这些竹子中,有棵竹子的根部发着光)”,就相当于在说“その竹に中に、根元の光る竹こそが、一本あったのだった(这些竹子中,有一棵根部发光的竹子)”。

この三つの表現のうち、「なむ」がもっとも早く消滅した。徒然草には「こそ」が195回、「ぞ」が100回用いられているのに「なむ」はたったの10回。他の表現よりはるかに少なくなっている。時代が下るにしたがって「なむ」の使用頻度は更に低くなり、中世末期には全く使われなくなった。

在三种表达中,“なむ”最先走向消亡。比如《徒然草》中,“こそ”共计使用了195次,“ぞ”共计使用100次,而“なむ”则仅有10次,数量远低于其它用法。随着时代进一步推移,“なむ”的使用频率变得更低,到了中世末期就已经完全不用了。

その理由は、「なむ」が話し手と聞き手の間のねばっこい人間関係を予想させ、柔らかい語り口になるといった性質にあると氏は言う。武家文化が中心の中世にあっては、男性的できっぱりとした言い方が重んじられ、柔な言い方は敬遠されたというわけだ。

说起其中的原因,山口仲美认为,“なむ”具备一种柔和的语调,让人感受到说话人与听话人间存在着亲和的人际关系。而到了以武家文化为中心的中世纪,人们看重带有男子气、果断坚决的表达,这种柔和的表达就不再受欢迎了。

「ぞ」には男性的な側面がある。「もんどりうってぞ倒れける」のように、描写を生き生きとさせる効果もある。だがこれもやがて使われなくなる。その理由は、日本語の構造が次第に変化したことにあると氏はいう。

“ぞ”的用法就具有男性化的一面。比如像“もんどりうってぞ倒れける(摔了个大跟斗)”,就具有让描写更加生动的效果。不过没过多久,“ぞ”也废弃不用了。按照山口的说法,其原因便是日语的结构逐渐发生了变化。

平安時代までは、動詞や助動詞の終止形と連体形は整然と区別されていたが、中世になるとその区別が次第に曖昧になり、やがては終止形が連体形に吸収される事態が起こる。「勉強す」が「勉強する」というぐあいに、それまで終止形が用いられていたところに連体形がとってかわったわけだ。終止形と連体形の区別がなくなると、自然の勢いとして連体形系統の係り結びには混乱が発生しやすくなり、やがてはついに用いられなくなったというわけである。

直到平安时代以前,动词、助动词的终止形和连体形是明显区分开来的,但到了中世纪,这种区分渐渐模糊起来,不久就出现终止形归入连体形的情况。比如,“勉強す”变成了“勉強する”,此前一直使用终止形的地方被连体形取而代之。一旦终止形与连体形之间的区别消失,与连体形紧密联系的“系结”也就自然而然地容易产生混淆,最终不再使用。

注:“勉強す”的“す”属于サ形变格活用动词,,古典日语中,“す"的连体形为“する”,终止形为“す”,在现代日语中,两者都为“する”。

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