第1問

次の文章を読んで,後の問い(~)に答えよ。(配点 50)

 森は,人間の生活,生産の場であると同時に,鳥や動物たちの棲息地(せいそくち)でもある。
 鳥や動物たちは,自分たちに適した場所を探して森の中に棲(す)む。それが,時に,人間の生活空間あるいは生産の場所と重なりあう場合がある。(注1「ごんべえとからす」の話ではないが,鳥や動物たちの行動が,人間の生活と衝突する場合もしばしば生ずるのは事実である。
 鳥や動物たちの行動については,まだまだ人間の知らない部分の方が多い。そのために鳥や動物たちの行動の結果に対して「受忍」したり,「歯止め」をかけたりするに当たって,きっちりとした一線を引くことが難しい。そのことが鳥獣害の処理をめぐって,人間社会の中でいろいろなトラブルを起こすインともなる。
 鳥にしても,害虫を食べてくれる場合には人間は歓迎する。樹木に害を与える(注2鱗翅目(りんしもく)の昆虫の幼虫(毛虫)を好んで食べるのは,カッコウ,ツツドリ,ホトトギス等のトケン科の鳥であり,卵のうちに食べるのは,カラ類(シジュウカラ,エナガ等)の鳥である。これらの鳥は,樹木を虫害から守ってくれる益鳥であるから,人々はそれらを追い払うことはしない。
 ある年の春に山へ行ったら,いつも道路沿いに満開の花をつけているソメイヨシノの花つきが悪い。どうしたのか聞いてみると,ウソという鳥がきて,つぼみのうちにせっせとついばんでしまったとのことであった。ウソのおかげで花見が当て外れになったが,この程度のことなら「ほんとかな?」で,笑って済ませられる。
 ところが鳥や動物たちは,人間にとって大切なものの「程度」などは知らない。その典型的な例が,(注3ニホンカモシカによるヒノキ植栽木の「食害」である。
 岐阜県では,高価なヒノキの幼木(青森や長野では,スギやカラマツであるのでヒノキほど値段が高くない)を食い荒らすというので,莫大(ばくだい)な被害の実態が,林業に携わる人々によって訴えられている。カモシカによる造林木の「食害」について,どのような仕組みが見られるのかということは,今,専門家が集まって調査・分析を進めている最中である。その結果はともかくとして,事実,ヒノキ幼木の「食害」は相当な規模に達しているのは否定できない。
 森に生きる人々が,自分たちの生活のために行った生産行為の結果が,同じ場所で生活している動物によって摘み取られてしまう。特に小規模な山主にとっては致命的な被害となる。
 もちろん継続的に主軸を摘み取られない限り,幼木は再生力を持っているので,かわりの芽が立ち,上に伸びては行く。しかし林業というのは,ただ木を大きくすればよいわけではなく,できるだけ「良い木」(曲がりがない,筋がない,目(め)あいがきれい,色つやがよいかというように外形的な質と,材質という内部的な質とが複合してできる)をつくって,高い評価で売れるようにもっていくことを目標としている。幼木のときに将来シュカンとなる部分をカモシカによって摘み取られたヒノキは,たとえ生長しても,伐採して製品化したときに,「良い木」にならないであろうといわれている。先に述べたような林業の目標が,大きく狂わせられるのである。
 森に住み,鳥や動物たちと日常的に接し,同じ場所で生活してきた人々には,本来鳥獣に対する「敵対心」はない。これまで長い間森の中で,人と鳥獣は共存することができたのである。現にカモシカがいても,林業に対する被害を与えていない地域だってある。また多少の被害であれば,それが「林業の宿命」であると「受忍」することだってできる。森に住む人々は,これまでそのようにしてきた。林業は,自然災害や火災,虫害等によって,常に「危険」にさらされていることぐらいは,森に住む人々は百も承知である。
 それでもカモシカによる「食害」は「受忍限界」を超え,森に生きる人々の訴えは強い。この問題をめぐって,「自然保護」と「林業」が相対立しているような局面を,私たちはしばしば経験する。
 森に住み,林業に携わる人々が,今,カモシカをめぐる問題について訴えようとしていることは何であろうか。私がこれまで聞いてきたことをまとめれば,それは,次のようだ。
 「これまで国は,森林,林業に対して,一体何をしてきてくれたか。特に山に住み,森の環境をつくり,守り続けてきた自分たちに対して,何をしてきてくれたか。それでも自分たちは,エイエイとして森をつくってきた。厳しい自然環境,過酷な労働条件にも耐えて,社会の需(もと)めるものを提供しようとしてきた。それは,耐えることの連続であった。それなのにこの国の経済発展の恩恵を受けること少なく,そればかりか林業をやっていくことさえ困難な状況に追い込まれてきたのではないか。今またカモシカにさえ,一方的に耐えよというのか。自分たちの生活の見通しすらたてられない状態で,カモシカ生存の保証を自分たちだけに一方的に押しつけるのか。何故自分たちだけがいつも耐えなければならないのか」
 森に住む人々は,鳥もいれば動物もいる中で生活していきたいのである。しかし,生活への不安は,できるだけ取り除かねばならない。動物のために生活を放棄することを,誰(だれ)も認めてはくれない。
 犬嫌いの人はいても,犬を憎悪する人はいまい。しかし,犬が(注4「お犬様」になったとき,人々は,犬を憎悪した。それは,犬に向けられたものではあっても,犬自体に向けられたものではなく,犬を「お犬様」にしたリフジンさへの憎悪であった。
 今,カモシカを「お犬様」になぞらえる森に住む人々の言葉に,私は抑圧され続けてきた人々の「嘆き」を聞く思いがする。
 カモシカによる「食害」を林業を行う上で「避け難い」災害として認めつつも,なおかつできる限り被害を軽くする方策を社会全体としてつくり上げることを要求する,森に住む人々の「正しい」意見を,「お犬様」に向ける憎悪に変質させないために,私たちは考え,行動しなければならないと思う。
 「森の外」に住む人々は,これまでの森の産物―とりわけ自然的環境とか,風景とか,水とかの「公共財」で,直接貨幣価値で評価されていないもの―をどのような形で亨受してきたであろうか。人々は森に接し,利用するに当たって,「森は無料」と思っていたのではなかったか。森に源を発する水についてもまた,同様ではなかったか。自然に恵まれたこの国の人々にとって,自然は何の苦もなく得られたものであったのであろう。自然をつくり,育て,維持している人々の存在を,一体どれだけの人が理解していたのであろうか。
 都市で便利な生活を楽しみながら,山村に対しては,都市にもないものを求めようとする。それが,山村の「自主性」を尊重した上でなされるなら,とりたてて問題とはならない。しかしそのことを「社会的要請」という一種のボウリョクによって山村に押しつけるなら,たとえ「山村への理解」という装いをとっていたとしても,それは,都市の山村に対する優越という「信条体系」(一種の社会的な信仰ともいえる観念)を支える以外の意味は持ち得ない。
 森に住む人々に,「森の外」の思考を強制してはならない。「森の外」からできることは,森に住む人々のつくったものに対する「正当な」評価である。それは,森の内と外との間に,対等の関係が成り立っていることを基盤にして,はじめて可能である。
 二ホンカモシカの保存,森の環境の保全,水の確保といったことが,私たちの社会を成り立たせていく上で不可欠の「財物」であると考えるなら,私たちの社会は,それらを持続して生産(保全)する主体,すなわち森に生きる人々の生活・生産の仕組みそのものをこそ,保ち続けなければならないのである。
(林 (すすむ)『森の心 森の智恵』による)

(注)
1 ごんべえとからす―「権兵衛(ごんべえ)が種蒔(ま)きゃ烏(からす)がほじくる。三度に一度は追わずばなるまい」という俗謡からきた言葉。
2 鱗翅目―節足動物門昆虫類の目(もく)の一つ。チョウやガの仲間。
3 二ホンカモシカ―ウシ科の哺乳(ほにゅう)類。日本の特産種で,本州以南の高山帯に住む。国の特別天然記念物。
4 「お犬様」―将軍徳川綱吉の時代に発せられた,いわゆる「生類憐(しょうるいあわ)れみの令」を念頭に置いた言い方。



傍線部~を漢字で書いたときに,その漢字と同じ漢字を含むものを,次の各群の~のうちから,それぞれ一つずつ選べ。解答番号は~。

イン

田舎にきこもる。
冷たい水をむ。
月が雲にカクれる。
失敗は不注意にる。
登頂のシルシを残す。

シュカン

クダを通す。
初志をツラヌく。
キモがすわっている。
シャツがカワく。
ミキが太い。

エイエイ

河原でヤエイをする。
エイリな頭脳の持ち主。
エイダンをくだす。
勝利のエイカンを得る。
エイセイ的な調理場。

リフジン

道をタズねる。
ハナハだしい誤解をする。
苦しいときのカミ頼み。
多くのヒトに会う。
話の種がきる。

ボウリョク

独創性にトボしい。
秘密をアバく。
進行をサマタげる。
今日はイソガしい。
危険をオカす。



傍線部「きっちりとした一線を引くことが難しい」とあるが,「難しい」のはなぜか。その理由の説明として最も適当なものを,次の~のうちから一つ選べ。解答番号は。

森は人間の生活や生産活動の場であると同時に鳥獣の棲息地でもあるので,人間と鳥獣とが共存する場所と,鳥獣を排除して人間だけが住む場所とを分けることができないから。
鳥獣の生態にはまだ不明な部分が多いので,人間が森で生活や生産活動をするに際して,鳥獣の行動の何を害とみなし,何を益とみなすかは,簡単に決められないから。
鳥獣の行動が,森における人間の生活や生産活動に及ぼす影響に対して,それを害とみなす「歯止め」派と,自然保護の立場に立つ「受忍」派との対立はなくならないから。
人間が鳥獣の棲息地を侵している問題と,鳥獣の行動が人間の生活に影響を及ぼす問題とは,もともと土俵の違う問題なので,どちらを優先して考慮すべきかを決められないから。
人間は鳥獣の生態について知っていることが少ないので,森における人間の生活や生産活動にとって有害とわかっていても,鳥獣の行動をどう制限してよいのか判断できないから。



傍線部「森に生きる人々の訴えは強い」とあるが,「森に生きる人々」が訴えているのはどういうことか。その説明として最も適当なものを,次の~のうちから一つ選べ。解答番号は。

同じ森を生活圏とするカモシカによる造林木への食害によって,自分たちの生活や生産行為が脅かされるようになった。さらにこの国の経済発展が林業を無視して推し進められた結果,林業それ自体が困難な状況になったので,今後は社会による経済的な補償が,当然なされるべきである。
カモシカを保護することが,森に住む自分たちの生活を脅かすものであってはならない。社会の需める「良い木」を生産し,提供し続けるためには,社会全体が林業の現実に注目し,カモシカによる造林木への食害や自然災害などに関しても,さまざまな対策を講じるべきである。
森の中で自分たちは多くのことに耐えて鳥獣たちと共生してきた。しかし,「受忍限界」を超えたカモシカによる食害はもはや耐えられないものになっている。カモシカの造林木への食害対策は,社会の要請に従うのではなく,あくまで自分たちの生活や,林業を守るために行われなければならない。
森の環境をつくり,守り続けてきた自分たちの生活が,今カモシカによる造林木への食害により脅かされている。そればかりか,社会は食害への対策を自分たちだけに押しつけている。しかし,自分たちだけで問題を解決するのは限界にきているので,むしろ森の外の社会が問題解決の責任を担うべきである。
森における自分たちの生活や生産活動が被る鳥獣の害への対策は,これまで自分たちが実行してきた。しかし,カモシカによる造林木への食害は,自然保護の域を超えているので,これからは,林業を存続させていくためにも,社会による調査と判断がなされる必要がある。



傍線部「カモシカを『お犬様』になぞらえる」とあるが,森に住む人々はなぜ「カモシカ」を「お犬様」にたとえるのか。その理由の説明として最も適当なものを,次の~のうちから一つ選べ。解答番号は。

森を破壊するカモシカは,森に住む人々の生産行為や生活にとって有害で,人々の憎悪の対象となっているから。
カモシカによる造林木の食害対策が,社会全体で講じられず,森に住む人々の負担となっているから。
種の保全という観点から,カモシカは貴重な種であり,何よりもその保護が緊急の課題となっているから。
森に住む自分たちの生活よりも,カモシカの生存を優先させて,それを強制する社会に憤りを感じているから。
カモシカは森の住人として,歴史的に人々と共存してきたので,身近な自然として親愛感を持っているから。



傍線部「『森の外』の思考を強制してはならない」とあるが,具体的にはどのような「思考」を「強制」しているというのか。その説明として最も適当なものを,次の~のうちから一つ選べ。解答番号は。

人間が鳥や動物たちと接したり共存したりすることは,自然の少ない都会ではできないので,恵まれた自然の中で生活している森の人々が,森に棲む鳥や動物たちを保護するのは当然のことである。
この国の恵まれた自然や森は,実は人間が作り守ってきたものである。森や自然を豊かなままに維持していくために,森に住む人々は,鳥や獣たちを有益なものと有害なものに分けて接しなければならない。
自然的環境や風景といった森の産物は,これまで無料であった。しかし,森に住む人々は,それらをあらためて貨幣価値で評価することによって,森が生み出す豊かさを利用するべきなのである。
都会では失われてしまった豊かな自然を,森の中に求めるのは当然である。森に住む人々は,自然保護に必要な経費や労働の一部を都会の人々にも負担させて自分たちの生活を守るべきである。
森は自然の豊かさを,林業は森の産物を,それぞれ都会に提供するものであるから,森に住む人々は自分たちの生活を森の外との関係で考えるべきであり,その独自性をことさらに主張してはならない。



本文で述べられている筆者の主張に合致する考えを,次の~のうちから二つ選べ。順序は問わない。解答番号は・。

経済発展の論理を森のなかに導入することで森に住む人々の生活を守り,なおかつ今後の林業を自然保護の観点から再編していかなければならない。
都市と山村とは利害を共有したり,対立したりすることがあるが,それぞれがそれぞれの特殊性を解消することによって調和的な社会を築いていくべきである。
森林を現在ある状態のままで維持することを森に住む人々に一方的に求めるのではなく,森林の環境を保全する仕組みを社会全体で考えなければならない。
自然保護と林業とはしばしば対立するが,それを森の内と外との対立として見るのではなく,人間と自然とのかかわり方の問題として解決を図るべきである。
山村の生活や生産の仕組みと都市のそれとを再考することで,都市に対する山村の伝統的な優位性を回復していくことが自然保護の基本的な出発点である。
自然環境の保護は,現代における最も緊急の課題であり,とりわけ数の少なくなった生物種の保護は地球的規模で展開されなければならない。


  問1 問2 問3 問4 問5 問6 問7 問8
正解 4 5 1 5 2 5 2 4
配点 2 2 2 2 2 7 7 7
  問9 問10-11 - - - - - -
正解 1 3-4 - - - - - -
配点 7 12 - - - - - -