第三部分:短文

第一篇

最近の人间は何をしたいか自分でも分からないという。それはヨーロッパでもアメリカでも日本と同じようである。西欧のいくつかの大学を访れてみたが、そこでいつも「何かがしたいが何をしたいかわからない」ということを若者たちから闻いた。このことについてはヨーロッパから帰ってきた时すでにいろいろのところに书いた通りである。

ではところでどうして自分でも自分が何をしたいかかわらないのだろうか。

一口で言えば人间が①ぜいたくになったからである。つまり「何かをしたい」ということは同时に「何かを舍てる」ということであるのだ。人间は常に矛盾した欲望を持っている。Aと言う欲望はBという欲望と両立しない。両立しないけど二つの両立しない欲望を持っているということは人间の事実である。(中略)

したがって「俺はこれをしよう」「俺はこれがしたい」ということは同时に「俺はこれをあきらめる」ということであるのだ。②グズな人间というのはこのあきらめるということができない。(③)何をしようとしても、それと両立しない他の欲望がそれをセーブしてしまう。④+の欲望と-の欲望が一绪になってゼロになってしまうのである。

あれもこれもと欲ばるからこそ、いったい俺は自分でも自分が何をしたいのか分からなくなってしまう。

35、②「ぜいたくになった」とあるが、文中の他の表现でこの内容を表しているものはどれか。

A. 「何かがしたいが何をしたいかわからない」ということB. 「何か舍てる」ということC. 矛盾した欲望を持っているということD. あれもこれもと欲张るということ

36、②「グズな人间というのはこのあきらめるということができない」とはどうしてか。

A. 何をするのも遅い人间だから。 B. 决断ができない人间だから。C. 役に立たない人间だから。D. 行动をセーブする人间だから。

37、(③)の中に何を入れるか。

A. したがって B. ところで C. しかし D. ただし

38、④「+の欲望と-の欲望が一绪になってゼロになってしまう」とはどういう意味か。

A. 欲望が多すぎると、それをべらそうとして、逆に欲望がなくなる。B. 明るい欲望と暗い欲望の両方を持つのが、普通の人间である。C. 矛盾した他の欲望があるために、どの欲望も満たすことができない。D. たくさんの欲望と一つの欲望がバランスを保っている。

39、この文章で笔者が言いたいことは何か。

A. 最近の若者は何もしたいものを持っていない。 B. なるべく矛盾した欲望を持たないようにしなければならない。C. 他の欲望をあきらめることによって何かしたいことが决まってくる。D. 最近の人间はぜいたくになったのであまり欲望を持たなくなった。 ·