『帰ってきたヒトラー』『サウルの息子』など、近年もヒトラーやナチスを題材としたヨーロッパ映画は数多く製作されている。一方、日本でも戦争映画は多数作られてきたが、映画評論家の馬庭教二氏は「同じ戦争がテーマでも、ナチス映画と日本映画は大きく異なる」と指摘する。ナチスを扱った映画の歴史を大胆に論じた新刊『ナチス映画史』から抜粋し、両者の違いについて紹介しよう。

近年来,《希特勒回来了》、《索尔之子》等以希特勒和纳粹为题材的欧洲电影数量增加。另一方面,日本虽然也制作了很多战争电影,电影评论家马庭教二指出:“即使同样以战争为主题,纳粹电影和日本电影也有很大的不同”。从大胆论述纳粹电影历史的新刊《纳粹电影史》中摘录,介绍两者的不同之处。

太平洋戦争を舞台背景とした日本の映画作品は数多く存在し、ヒトラー・ナチス映画、第二次大戦(欧州戦線)映画と似た特徴を持っている。

以太平洋战争为背景的日本电影作品有很多,与希特勒纳粹电影、第二次世界大战(欧洲战线)电影有着相似的特征。

ここではその詳細に触れないが、戦時中は検閲もあって国威発揚、国策映画が中心であり、戦後は欧米各国と同様に復員兵が俳優、監督等として日本の新たな映画の歴史を担っていった。

这里虽然没有详细说明,但战争期间也有检阅,以发扬国威、国策电影为中心,战后与欧美各国一样,退伍兵作为演员、导演等担负着日本新电影的历史。

邦画における太平洋戦争映画の歴史を見ると、航空・海軍の大作戦を描いた大作、旧帝国陸軍の訓練・居住空間である内務班を舞台に兵士の日常や小部隊の戦闘を描いたもの、昭和初期の大陸進出期から語り起こす歴史大作、南方の島々での飢餓・玉砕や特攻の悲劇をテーマとするもの、唯一の日本本土での地上戦となり一般市民が巻き添えとなった沖縄の戦いを描くもの、広島・長崎や空襲の惨禍を描くもの、捕虜である連合軍兵士との交流を描くもの(その逆もある)、「銃後」の人々の暮らしを描くもの、終戦期の軍部と政府、昭和天皇の対応を描くものなど、戦後の長い時間の中でさまざまなジャンルの作品が作られ、今日に至っている。

在日本电影中,从太平洋战争电影的历史来看,有讲述航空、海军大作战的大场面电影,有以旧帝国陆军的训练、居住空间的内务班为背景,讲述士兵的日常和小部队的战斗,有从昭和初期的大陆进入期开始讲述的历史大作,有以南方岛屿的饥饿、牺牲和特攻的悲剧为主题描写的唯一在日本本土发生的地上战,普通市民被卷入其中的冲绳之战,有讲述广岛、长崎由于空袭造成的惨祸,有讲述与俘虏的联军士兵的交流(也有相反的情况),有讲述“后方”人们的生活,有讲述终战期的军部和政府、昭和天皇的对应等,直到今天在战后的漫长时间里,创作了各种各样的作品。

こうした作品の主たるテーマは、人と人が殺し合う非情な戦場、軍隊組織の不条理、国家のため命を落とす兵士や家族たちの哀しみといったもので、欧米の戦争映画と共通するものである。

这些影片的主要主题是人与人互相残杀的无情战场、军队组织的不合理、为国家牺牲的士兵和家人的悲哀,这些与欧美的战争电影是共通的。

戦前の日本では、天皇制と軍国主義のもと兵士の命は軽んじられ、捕虜となるくらいなら潔い死を求められた。兵たん・補給についても極端に軽視され、日本軍の戦死者の半分以上は餓死である。戦争末期には「十死零生」、必ず死ぬことが要求される特攻作戦も実施された(相当の確率で死が想定される突撃命令、生還が困難な作戦命令と、100%死ぬことを前提とする出撃命令はまったく異なるものである)。

战前的日本,因为天皇制和军国主义,士兵的生命被轻视,与其成为俘虏不如一死了之。对于后勤·补给也极端轻视,日军的战死者一半以上都是饿死。战争末期还实施了“十死零生”、要求必死的特攻作战(以相当的概率设想死亡的突击命令、生还困难的作战命令,这和以100%死亡为前提的出击命令是完全不同的)。

こうした日本軍の体質を描く作品や、唯一の被爆国として広島・長崎の悲劇を題材とする作品は、日本の戦争映画固有のものと言っていいだろう。

因此·,描写日军体质的作品,作为唯一的原子弹爆炸国,以广岛、长崎的悲剧为题材的作品,可以说是日本战争电影固有的东西吧。

ナチス映画と何が違うのか?

和纳粹电影有什么不同?

では一方、欧米のヒトラー・ナチス関連映画、欧州戦線映画にあって、日本の太平洋戦争映画に欠落しているものは何だろうか。私は『ナチス映画史』で、繰り返し関連映画の特徴を述べて来た。それは――、

另一方面,欧美的希特勒纳粹相关电影、欧洲战线电影中,讲述日本太平洋战争的电影中缺少的是什么呢。我将《纳粹电影史》中反复阐述的相关电影的特点写下。那是——、

「欧州大陸という地続きの同一空間上に、加害者と被害者、敵と味方、さまざまな葛藤を持つさまざまな立場の人たちがすぐ隣同士にいて、例外なく入り混じって物語が展開される」ということである。

“在欧洲大陆这片土地相连的同一空间里,加害者和受害者、敌人和伙伴、拥有各种矛盾的不同立场的人们彼此相邻,无一例外地混杂在一起”。

太平洋戦争(ここでは1937年からの日中戦争を含めて考える)は、名前の通り、アジア太平洋地域(南方の島嶼と中国大陸、東南アジア)で行なわれたものである。

太平洋战争(这里包括1937年开始的中日战争),顾名思义,是在亚太地区(南方岛屿和中国大陆、东南亚)发生的。

そこでまず勝敗を決定づけた南方の戦線を見ると、日本軍は主要な「島」(ニューギニア島やフィリピン・ルソン島のような巨大な島もあれば周囲数キロ、数百メートルという小島もある)に陸軍部隊を上陸させ、反抗する米英軍とその占有権を巡って戦うという構図が続くことになった。

因此,首先从决定胜败的南方战线来看,日军将陆军部队登陆主要的“岛屿”(既有像新几内亚岛和菲律宾吕宋岛那样巨大的岛屿,也有周围数公里、数百米的小岛),与反抗的美英军围绕其占有权进行战斗。

緒戦は優位だった日本軍だが、やがて戦況の悪化とともに陸軍部隊は撤退すらできず島に張り付き、周囲の海域空域では海戦と航空戦が展開される。太平洋戦争でもっともよくある状況である。「船に乗っている海軍兵」、「機上の陸海軍航空兵」は敵と近接せず、島の陸軍兵も孤立している。

日军首战具有优势,不过,不久随着战况的恶化陆军部队已经无法撤退在岛上纠缠,在周围的海域空域展开海战和航空战。这是太平洋战争中最常见的情况。“船上的海军兵”、“飞机上的陆海军航空兵”让敌人不能接近,岛上的陆军兵也被孤立。

一方中国戦線においても、日中戦争最初期に国民党軍は奥地重慶に遷都して以後共/産党軍とともにゲリラ戦を展開したので、日本軍は広大な中国の「点と線」を占領しているにすぎず、陸軍同士の大会戦は行われなかった。

另一方面,在中国战线上,中日战争一开始国民党军迁都内地重庆后,与共/产党军一起展开了游击战,所以日军只不过占领了广阔中国的“点和线”,没有进行陆军之间的大会战。

次に、日本の一般国民について見てみよう。こちらは、大陸へ渡った満蒙開拓団や南方諸島への移民者を除けばほとんどの国民は日本国内におり、「敵」は本土空襲のため飛来した航空機中の乗組員ということになる。唯一の例外は沖縄の人々であって、つまりそれ以外の本土にいる日本人にとって、敵は「空の上」にいるということになる。

接下来,我们来看看日本的普通国民吧。除了前往大陆的满蒙开拓团和南方诸岛的移民者以外,大部分国民都在日本国内,“敌人”是为了本土空袭而来的飞机上的成员。唯一的例外是冲绳人,也就是说对于在其他本土的日本人来说,敌人就在“天空之上”。

このように、戦争の形態としてだけ見ても、欧州戦線=「地続きの広い戦場(そこにはユダヤ人を含む敵味方の各国の市民が居住する)で、拮抗した兵力を有する地上軍同士が戦い続けた」と、太平洋戦争=「戦場は、日本にとって自国でない中国大陸、南方諸島、東南アジアの国々で、一般国民のほとんどは敵国市民と交流がなく、また、南方の海軍と航空兵は敵と近接して戦うことは少なかった」というふうに、両戦線の様相に大きな違いがあることは理解いただけると思う。

这样,仅从战争的形态来看,欧洲战线=“在连绵不断的广阔战场(那里居住着包括犹太人在内的敌我各国的市民)上,拥有对抗兵力的地上军之间持续战斗”太平洋战争=“战场对日本来说不是本国而是中国大陆、南方诸岛、东南亚各国,一般国民几乎没有与敌国市民的交流,而且南方的海军和航空兵很少与敌人发生近战”,从这我们可以理解两战线的面貌有很大的不同。

このような戦争の地理的形態の差異から、欧米の戦争映画と日本の戦争映画はどうしても性格が異なるものとなっていくのである。

由于这种战争地理形态的差异,欧美的战争电影和日本的战争电影的特性无论如何总是不同的。

先に挙げた日本におけるさまざまな戦争映画はこのことを反映している。日本兵と各国の住民が、また日本人と敵国兵や敵国市民とが、戦争を契機として深く関わり、お互いの関係性の中で葛藤する作品が少ないのは当然だろう。

前面提到的日本的各种战争电影都反映了这一点。日本兵和各国的居民,还有日本人和敌国兵以及敌国市民,以战争为契机加深交流,产生纠葛的作品很少是理所当然的。

多くの日本の戦争映画は、その登場人物が、将軍と青年将校であれ、曹長と一等兵であれ、共/産主義思想を持つ市民と特高警察であれ、ともかく日本人同士の関係性の中で描かれるのである(日本国内においては、日本に住む朝鮮人や中国人等への弾圧、彼我の葛藤が描かれるものはある)。

很多日本的战争电影,无论其登场人物是将军、青年军官、曹长、一等兵、还是具有共/产主义思想的市民和特高警察,总之都是在日本人之间(在日本国内,有对住在日本的朝鲜人和中国人等的镇压、彼此的矛盾的描写)。

例外的に、敵国住民・外国人との交流が深く描かれるのは、中国大陸、満州国を舞台にした一連の作品(典型的なものを挙げれば『人間の條件 3部作』小林正樹 1959年~1961年や、テレビドラマだが『大地の子』1995年~1996年 NHK、といった作品となろう)や、日本軍・米英軍の捕虜収容所を舞台にしたもの、米国に住む日系人が差別され強制収容所に送られた史実を題材とした作品群等があるが、あくまでも少数といっていい。外国との共同製作作品も欧米に比べると少ない。

例外的是,与敌国居民、外国人的交流加深的多是以中国大陆、满洲国为背景的一系列作品(典型的作品有《人间的条件 三部曲》小林正树 1959年~1961年,电视剧《大地之子》1995年~1996年NHK等作品),以日军、美英军的俘虏收容所为背景的作品,以居住在美国的日裔被歧视并被送到强制收容所的史实为题材的作品等,但都是少数。与外国共同制作的作品也比欧美少。

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