学生の5人に3人が村上作品を読んでいる

五个同学就有三个在读村上的作品

「すっごく村上」という流行語が生まれたり、店の名前が「村上春樹」というパン屋が現れたり、著書のタイトルが有名歌手の曲名になったり、村上作品から影響を受けた「村上チルドレン」が多く存在したり、中国ではもはや一種のファッションになりつつある「村上ワールド」。

在中国,受村上春树作品影响巨大的“村上儿童”数量庞大,“村上世界”可以说已经成了一种文化标志,比如“这很村上”流行语的诞生、名为“村上春树”面包店的出现、以及他的书名被当做人气歌曲曲名使用等等。

そう、村上さんの作品を読んだことがなくても、中国で「村上春樹」と言えば、知らない人の方が少数なのです。それは私自身が村上さんの大ファンな故こう思い込んでいる訳ではなく、2008年に中国の学生約3000名(中国全土の11都市にある大学22校より)を対象にしてアンケート調査を行った結果、「村上春樹という作家を聞いたことがある」と答えた学生の数は、回答者の約90パーセントを占め、「村上作品を読んだことがある人」は、なんと5人に3人もいる結果となったのです。

没错,在中国,即使没读过村上的作品,但提到“村上春树”可以说很少没有人不知道这个名字。这并不是因为笔者是一个村上的粉丝所以才这么认为,2008年,在对中国约3000名学生(遍布中国本土11城市的22所高校)进行调查问卷后显示,有将近90%的学生“听过村上春树这位作家的名字”,其中,五个学生就有三个说自己“读过村上的作品”。

近代に入ってから、数多くの日本の文学作品が中国語に翻訳され、書店の店頭に並んだはずなのに、なぜ、村上春樹さんの作品が中国でここまでも大ヒットしたのでしょうか。

如今,许多日本文学作品都被译成中文引入中国,陈列于书店当中,为何唯独村上春树的作品能在中国引起这么大的热潮呢?

独特な「村上文体」が魅力

“村上文风”的独特魅力

「やれやれ」などの慣用句や、「世界中のジャングルの虎がみんな溶けてバターになってしまうくらい好きだ」(「ノルウェイの森」より引用)のような比喩表現などで知られている村上春樹さんの文体なのですが、実はまさにその独特な文体が中国人のツボにハマり、多くの中国読者に愛されるきっかけとなりました。

“哎呀哎呀”等惯用句以及“喜欢到全世界森林里的老虎都融化成黄油”(引用《挪威的森林》)等比喻表达是村上春树最有象征性的文风,其实,这种独特的风格刚好符合中国人的偏好,也成为他深受中国读者喜爱的原因。


(《挪威的森林》中主人公渡边对绿子说的话)

村上春樹作品の簡体字翻訳者として知られている林少華によると、中国の詩文は昔から簡潔、明瞭な筆致がもっとも称賛されており、これに対して「膠着語」に属する日本語は中国語に翻訳されてしまうと、大抵すっきりせず、どろどろとした読感になってしまうといいます。さらに日本語の特徴として、「主語があいまい」な点があり、川端康成のような大文豪の美しさ溢れる文章でも、中国語に翻訳された訳本を読んでみると、どこか本来の良さが半減してしまったように感じるのです。

翻译家林少华因译村上春树的作品而为广大读者熟悉,他曾说:“中国的诗文从古至今都因其简洁了明了的特点而备受大家喜爱,相对的,日语中的“黏着语”较多,翻译成中文后读起来冗长而不够简洁。再加上日语“主语不清晰”的特点,例如川端康成这样的大文豪所著的文章无论多么雅致,翻译成中文后总觉得读起来魅力减半。”

しかし村上さんは処女作の「風の歌を聴け」を最初から英語で書き、それを日本語に訳すやり方で書いて行き、結果的には一句一句が短く、テンポがよくてポップな文体になったと言われています。

“然而,村上先生的处女作《且听风吟》一开始是英文版,之后再译成日语的,所以每一个句子都非常简短,节奏感很强文风也更现代了。”

私は中国語や日本語の他にも、スペイン語と英語で村上作品を読んだことがあるのですが、外国訳の村上作品は、まるで最初からその言語で書かれたようにスムーズで自然で、難しい単語もあまり出てきません。その簡潔で流暢な文体が、中国だけでなく、世界中でも大ヒットを呼んだ一つの原因なのでしょう。

“除了中文和日语版,我还读过村上作品的西班牙语和英文版本,这些外国译本的文笔十分通顺自然,仿佛这篇小说一开始就是用这个语言写出来的一样,也没有什么很难的单词出现。想必如此简洁流畅的文风不仅是村上作品在中国大火的原因,也是它流行于全球的一大原因。”

ユーモアさと比喩表現が中国人に愛される!

幽默感和比喻手法深受中国人喜爱!

大学時代、「日本文学は暗くてどろどろした内容のものが多くて、いい作品だと知っていても、読む気になかなかなれない」と述べる中国人同級生を何度か目にしてきました。確かに、私も日本の有名な文学作品を思い浮かべてみると、暗い内容の作品が大半以上を占めてしまいます。

读大学时,我遇到很多中国同学都说“虽然知道日本文学是好作品,但又阴暗句子又长,总读不下去”。的确,笔者脑海中浮现出的著名日本作品内容大多都是非常阴暗的。

村上作品も、割と暗い題材を扱っている作品が多いのですが、そのポップな口調と、ユーモア溢れる比喩表現から、決して読んでいて「あぁ重い、暗いなぁ」とは感じません。

村上其实也有不少阴暗题材的作品,但他的文风轻松,再加上富有幽默感的比喻手法,读起来不会给人“好沉重、好阴暗”的感觉。

さらに中国人は昔から詩文の中でも誇張された想像力溢れる表現の仕方を好み、たとえば詩人の李白の「白发三千丈,缘愁似个长(悩みすぎて、白髪が三千丈の長さにまで育った)」などの詩句が有名だったり、中国の大学受験の一環である国語の作文でも、比喩表現や誇張表現をうまく使えた作文は高得点を得られたりします。そんな理由もあって、村上作品の比喩表現は、多くの読者に称賛され、愛され続けているのだと思います。

再加上中国人本身就喜爱古代诗歌中夸张又极具想象力的表现方式,比如诗人李白的“白发三千丈,缘愁似个长”等诗文就十分有名。而在中国高考必考的语文作文中也是如此,如果能巧妙地使用比喻夸张等修辞手法,就能获得高分。正因为这些原因,才让村上作品中的比喻手法受到众多中国读者的称赞和喜爱。

中国読者にピッタリハマった、林少華の訳

正中中国读者喜好痛点的林少华译文

「林少華の訳があったからこそ、村上春樹は中国でこんなに読まれた」と言っても過言ではないほど、「中国で村上春樹と言えば林少華の訳」が連想されるのですが、訳者の林少華は台湾版の訳者・赖明珠や、もう一人の簡体字訳者・施小煒とも比べられ、「一体誰が原文の村上作品を再現できているのか」と、幾度もネット上で討論されています。

毫不夸张地说,“正是林少华的译文让村上春树在中国备受喜爱”,在中国,很多人“说起村上春树就是林少华的译文”。不过,网络上也多次出现过讨论:翻译家林少华、台湾版本图书翻译家赖明珠和另一位翻译家施小炜,“究竟谁更完美地诠释出了村上作品的原汁原味呢”?

村上さんの日本語の原文は、「簡潔で明快」な印象が強く、言語的な角度から見ると、赖明珠や施小煒らの、原文に忠実で正確な訳し方が一番近いのかもしれません。一方、林少華の訳は装飾性が強く、中国語の四字熟語などを多用し、とても美しく文学的な文体で知られています。

村上的日语原文给人强烈的“简洁明快”的印象,从语言角度来讲,赖明珠和施小炜的译文更忠实于原文,可以说是最正确的翻译方法。另一面,林少华的译文以修饰性强、多用成语、语言优美而广为人知。

なので彼の訳は賛否両論もあり、一部の読者から「あまりにも個人色が強すぎるのではないか」と不満の声も上がっているようなのですが、林少華は過去のインタビューで、「日本文学は日本料理のように味が清く淡く、それを美しさとしているが、中国人にもその美しさが伝わるとは限らない。中国人と日本人の審美的距離を縮めるために、許される範囲内で、私は訳文に少し塩味を加えた」と話していました。

所以读者对他的译文也是毁誉参半,一些读者不满其“译文个人色彩太强”,而林少华却在过去的采访中曾说过:“日本文学如同日本料理一样味道清淡,日本人也以此为美,但中国人不一定理解这种美。所以,为了缩短中国人和日本人之间的审美差距,我会在可行的范围内给我的译文‘加点盐’”。

そしてまさに林少華によって加えられたこの「塩味」が、中国の文学愛読者にピッタリとハマり、村上春樹のファンであれば、誰もが林少華の美しい訳を脳内に一度は焼きつけたことがあるように思います。わかりやすくいうと、林少華訳の村上作品は、「エモさ」が満開で、エモさを食糧にして生きている「文藝青年」たちに取っては、ドンピシャにハマったのではないでしょうか。

而林少华加上的这些许“盐”,正好戳中了中国文学爱好者的痛点,只要是村上春树的书迷,脑子里都会有一两句林少华优美的译文。说得再简单一点,林少华的译文充满了情感,对那些以此为食粮的“文艺青年”来说,可谓正中他们的下怀。

議論はあれども、林少華の訳は中国の村上ブームの原因の一つだと言っても、過言ではないのです。

无论读者评价如何,要说林少华的译文是掀起中国村上热潮的原因之一,这一点好不夸张。

译文比较

「完璧な文章といったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」ー选自村上春树《且听风吟》

赖明珠译:「所謂完美的文章並不存在,就像完全的絕望不存在一樣。」
林少话译:「不存在十全十美的文章,如同不存在彻头彻尾的绝望。」

高度経済成長が生んだ、孤独な都会人からの共感

经济高速成长催生出城市人群孤独的共同感受

1978年の「改革開放政策」が実施されてから、高速で経済発展を遂げた中国ですが、そのあまりにも早いスピードの進化に伴って現れた「離脱」現象が見られます。人々の生活は豊かになりましたが、同時により良い生活を目指すために激しい競争が毎日のように繰り返され、学生は巨大な受験のストレスを抱え、社会人は仕事や人間関係のストレスで悩まされることが多くなりました。

1978年改革开放后,中国实现了经济的高速发展,然而,伴随着如此快速的社会进化,“脱离”现象出现了。人们的生活虽然日益丰富,但也因追求更好的生活而被迫卷入激烈的竞争当中,夜以继日循环往复。学生背负着沉重的应试压力,成年人又周旋于工作和人际关系压力。

「無理矢理前へ引っ張られて生きている」といった感覚が、まさに今の多くの中国の若者に当てはまるのではないでしょうか。

“无可奈何只能被生活拽着往前走”,这正是当代很多中国年轻人的真实感受。

そんな環境で挫折を経験し、孤独と寂しさを心に抱えた青年達が本屋に入り、「村上春樹」という名の作家の本を手に取った。都会に住む、平凡な主人公。湿った空気と、ジャズの音色。何かを失い、何かを探すように旅に出て、どこか欠けたような人々と出会って行く。

这群在这样的社会环境中经历了挫折,怀抱着孤独与寂寞的年轻人走进书店,取下了一本名为“村上春树”的作者写的书。身居城市,平凡的主人公。潮湿的空气,再加上流淌着的爵士乐。他们为了失去一些事情,或是得到一些东西而踏上旅程,去遇见那些不完美的人们。

——そう、彼の本には、広大な都市の中で彷徨い、心のどこかが欠けてしまった青年たちが、心底共感できることが書かれているのです。村上作品の舞台は、大抵現代都市であり、比較的平凡で、喪失感を感じている青年が主人公です。彼(または彼ら)は、たいてい経済的にも恵まれており、特に誰かと争う気もなく、社会とも少し距離を置いていて、常に孤独を感じているのが特徴なのです。しかしその孤独を埋めようとすると言うより、孤独を嗜んでいるように感じられるのです。

——没错,他的文字能够引起这些在偌大的城市中迷茫着的,内心空虚的年轻人们的共鸣。村上作品大多以现代城市为舞台,主人公也多是平凡而又怀抱着失落感的人。他(或者他们)大多没有经济上的压力,也没有和谁竞争的心气,与整个社会保持着一丝距离,经常有孤独感。但他们比起被孤独淹没,更多地是在享受孤独。

中国の少し昔の「一人っ子政策」により、今の世代の青年は一人っ子が多く、甘やかされて育てられたケースが多いため、社会で色んな問題に直面した際には、自分の殻に引きこもってしまう人が多いと言われています。彼らは村上作品の主人公のように心の中に大きな「孤独感」や「喪失感」を抱いていますが、社会からは「孤独や喪失感」は不要なもの、邪魔なものだと言われます。そんな中、村上作品はそれらの感情を肯定してくれる(少なくとも、こんな生き方もあるよと教えてくれる)と、感じるのです。

由于过去的“独生子女政策”,当代年轻人多是独生子女,很多人小时候娇生惯养,长大后面对社会中的各种问题时,很多人选择将自己关在“保护壳”中。他们如同村上作品中的主人公,心中有着巨大的“孤独感”和“失落感”,但整个社会都在告诉他们“孤独和失落”都是没用的、碍事的东西。而村上的村品则肯定了这些感情(至少让大家知道还有这种生活方式)。

さらに目覚ましい経済発展を成し遂げた今の中国では、色んなカルチャーが受け入れられてきました。生活が豊かになるとともに、若い人たちも、数十年前の世代の方達と、違ったライフスタイルを好んでいます。村上作品が都会の男女に人気なもう一つの原因は、彼らが村上作品の主人公のライフスタイル(体を鍛えていて、清潔感ある服装をし、サンドイッチやパスタを食べ、おしゃれなジャズバーに行く、など)に憧れを抱いて、一種のおしゃれとしても村上作品を楽しんでいるのではないでしょうか。

再加上如今的中国经济发展迅猛,人们开始接受各种各样的文化。伴随着年轻人生活变得丰富,他们更喜欢与几十年前的长辈们不同的生活方式。村上的作品之所以备受城市男女的喜爱,原因之一就是他们十分憧憬作品中主人公的生活方式(锻炼身体、穿着简练、吃三明治和意面、去时尚的爵士酒馆等等),或许他们也是作为一种时尚在阅读村上的作品吧。

また、中国の書店で村上さんの新作が並ぶ日を楽しみにしています。

期待今后在中国的书店中能够看到村上先生的新作。

本内容为沪江日语原创翻译,严禁转载。

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