日语文学作品赏析《尾形了斎覚え書》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
今般、当村内にて、切支丹 宗門の宗徒共、邪法を行ひ、人目 を惑 はし候儀に付き、私見聞致し候次第を、逐一 公儀へ申上ぐ可き旨 、御沙汰相成り候段屹度 承知仕 り候。
陳者 、今年三月七日、当村百姓与作後家篠 と申す者、私宅 へ参り、同人娘里 (当年九歳)大病に付き、検脈致し呉れ候様、懇々頼入り候。
右篠と申候は、百姓惣兵衛の三女に有之 、十年以前与作方へ縁付き、里を儲 け候も、程なく夫に先立たれ、爾後再縁も仕らず、機織 り乃至 賃仕事など致し候うて、その日を糊口 し居る者に御座候。なれども、如何なる心得違ひにてか、与作病死の砌 より、専 ら切支丹宗門に帰依 致し、隣村の伴天連 ろどりげと申す者方へ、繁々出入 致し候間、当村内にても、右伴天連の妾 と相成候由、取沙汰致す者なども有之、兎角の批評絶え申さず、依つて、父惣兵衛始め姉弟共一同、種々意見仕り候へども、泥烏須如来 より難有 きもの無しなど申し候うて、一向に合点仕らず、朝夕、唯、娘里と共にくるすと称 へ候小き磔柱形 の守り本尊を礼拝 致し、夫与作の墓参さへ怠り居る始末に付き、唯今にては、親類縁者とも義絶致し居り、追つては、村方にても、村払ひに行ふ可き旨、寄り寄り評議致し居る由に御座候。
右様の者に候へば、重々頼み入り候へども、私検脈の儀は、叶 ふまじき由申し聞け候所、一度 は泣く泣く帰宅致し候へども、翌八日、再 私宅へ参り、「一生の恩に着申す可く候へば、何卒 御検脈下され度 」など申し候うて、如何様断り候も、聞き入れ申さず、はては、私宅玄関に泣き伏し、「御医者様の御勤は、人の病を癒 す事と存じ候。然るに、私娘大病の儀、御聞き棄てに遊ばさるる条、何とも心得難く候。」など、怨じ候へば、私申し候は、「貴殿の申し条、万々 道理には候へども、私検脈致さざる儀も、全くその理無しとは申し難く候。何故と申し候はば、貴殿平生の行状誠に面白からず、別して、私始め村方の者の神仏を拝み候を、悪魔外道 に憑 かれたる所行なりなど、屡 誹謗 致され候由、確 と承り居り候。然るに、その正道 潔白なる貴殿が、私共天魔に魅入られ候者に、唯今、娘御 の大病を癒し呉れよと申され候は、何故に御座候や。右様の儀は、日頃御信仰の泥烏須如来 に御頼みあつて然る可く、もし、たつて私、検脈を所望致され候上は、切支丹宗門御帰依の儀、以後堅く御無用たる可く候。此段御承引 無之 に於ては、仮令 、医は仁術なりと申し候へども、神仏の冥罰 も恐しく候へば、検脈の儀平 に御断り申候。」斯様 、説得致し候へば、篠も流石 に、推してとも申し難く、其儘凄々 帰宅致し候。
翌九日は、ひき明け方より大雨にて、村内一時は人通も絶え候所、卯時 ばかりに、篠、傘をも差さず、濡鼠 の如くなりて、私宅へ参り、又々検脈致し呉れ候様、頼み入り候間、私申し候は、「長袖ながら、二言 は御座無く候。然れば、娘御の命か、泥烏須如来か、何れか一つ御棄てなさるる分別肝要と存じ候。」斯様 申し聞け候へば、篠、此度は狂気の如く相成り、私前に再三額 づき又は手を合せて拝みなど致し候うて、「仰せ千万 御尤 もに候。なれども、切支丹宗門の教にて、一度ころび候上は、私魂 躯 とも、生々世々 亡び申す可く候。何卒 、私心根を不憫 と思召 され、此儀のみは、御容赦下され度候。」など掻き口説 き咽 び入り候。邪宗門の宗徒とは申しながら、親心に二 無き体 相見え、多少とも哀れには存じ候へども、私情を以て、公道を廃す可 らざるの道理に候へば、如何様 申し候うても、ころび候上ならでは、検脈叶 難き旨、申し張り候所、篠、何とも申し様無き顔を致し、少時 私顔を見つめ居り候が、突然涙をはらはらと落し、私足下 に手をつき候うて、何やら蚊の様なる声にて申し候へども、折からの大雨の音にて、確 と聞き取れ申さず、再三聞き直し候上、漸 、然らば詮無く候へば、ころび候可き趣 、判然致し候。なれどもころび候実証無之 候へば、右証明 を立つ可き旨、申し聞け候所、篠、無言の儘、懐中より、彼 くるすを取り出し、玄関式台上へ差し置き候うて、静に三度まで踏み候。其節は格別取乱したる気色 も無之、涙も既に乾きし如く思はれ候へども、足下のくるすを眺め候眼の中、何となく熱病人の様にて、私方下男など、皆々気味悪しく思ひし由に御座候。
扨 、私申し条も相立ち候へば、即刻下男に薬籠 を担はせ、大雨の中を、篠 同道にて、同人宅へ参り候所、至極手狭なる部屋に、里 独り、南を枕にして打臥し居り候。尤も身熱 烈しく候へば、殆 正気無之 き体 に相見え、いたいけなる手にて繰返し、繰返し、空 に十字を描き候うては、頻 にはるれやと申す語を、現 の如く口走り、其都度 嬉しげに、微笑 み居り候。右、はるれやと申し候は、切支丹宗門の念仏にて、宗門仏に讃頌 を捧ぐる儀に御座候由、篠、其節枕辺 にて、泣く泣く申し聞かし候。依つて、早速検脈致し候へば、傷寒 の病に紛れ無く、且は手遅れの儀も有之、今日中にも、存命覚束なかる可きやに見立て候間、詮方 無く其旨、篠へ申し聞け候所、同人又々狂気の如く相成り、「私ころび候仔細は、娘の命助け度き一念よりに御座候。然るを落命致させては、其甲斐、万が一にも無之 かる可く候。何卒泥烏須如来に背き奉り候私心苦しさを御汲み分け下され、娘一命、如何にもして、御取り留め下され度候。」と申し、私のみならず、私下男足下にも、手をつき候うて、頻 に頼み入り候へども、人力にては如何とも致し難き儀に候へば、心得違ひ致さざる様、呉れ呉れも、申し諭 し、煎薬三貼 差し置き候上、折からの雨止みを幸 、立ち帰らんと致し候所、篠、私袂 にすがりつき候うて離れ申さず、何やら申さんとする気色 にて、唇 を動かし候へども、一言も申し果てざる中に、見る見る面色変り、忽 、其場に悶絶致し候。然れば、私大 に仰天致し、早速下男共々、介抱仕り候所、漸 、正気づき候へども、最早立上り候気力も無之、「所詮は、私心浅く候儘、娘一命、泥烏須如来、二つながら失ひしに極まり候。」とて、さめざめと泣き沈み、種々申し慰め候へども、一向耳に掛くる体も御座無く、且は娘容態も詮無く相見え候間、止むを得ず再 下男召し伴 れ、□々 帰宅仕り候。
然るに、其日未時 下り、名主塚越弥左衛門殿母儀検脈に参り候所、篠娘死去致し候由、並に篠、悲嘆のあまり、遂に発狂致し候由、弥左衛門殿より承り候。右に依れば、里 落命致し候は、私検脈後一時 の間と相見え、巳 の上刻には、篠既に乱心の体にて、娘死骸を掻き抱き、声高 に何やら、蛮音 の経文読誦 致し居りし由に御座候。猶 、此儀は、弥左衛門殿直 に見受けられ候趣にて、村方嘉右衛門殿、藤吾殿、治兵衛殿等も、其場に居合されし由に候へば、千万 実事 たるに紛れ無かる可く候。
追つて、翌十日は、朝来小雨有之候へども辰 の下刻より春雷を催し、稍 、晴れ間相きざし候折から――村郷士梁瀬 金十郎殿より、迎への馬差し遣はされ、検脈致し呉れ候様、申し越され候間、早速馬上にて、私宅を立ち出で候所、篠宅の前へ来かかり候へば、村方の人々大勢佇 み居り、伴天連 よ、切支丹 よなど、罵り交し候うて、馬を進め候事さへ叶ひ申さず、依つて、私馬上より、家内の容子差し覗き候所、篠宅の戸を開け放ち候中に、紅毛人 一名、日本人三名、各々法衣 めきし黒衣を着し候者共、手に手に彼 くるす、乃至は香炉様の物を差しかざし候うて、同音に、はるれや、はるれやと唱へ居り候。加之 、右紅毛人の足下 には、篠、髪を乱し候儘、娘里 を掻き抱き候うて、失神致し候如く、蹲 り居り候。別して、私眼を驚かし候は、里、両手にてひしと、篠頸 を抱き居り、母の名とはるれやと、代る代る、あどけ無き声にて、唱へ居りし事に御座候。尤も、遠眼の事とて、確 とは弁 へ難く候へども、里血色至極麗 しき様に相見え、折々母の頸より手を離し候うて、香炉様の物より立ち昇り候煙を捉へんとする真似など致し居り候。然れば、私馬より下り、里蘇生致し候次第に付き、村方の人々に委細相尋ね候へば、右紅毛の伴天連 ろどりげ儀、今朝 、伊留満 共相従へ、隣村より篠宅へ参り、同人懺悔 聞き届け候上、一同宗門仏に加持致し、或は異香を焚 き薫 らし、或は神水を振り濺 ぎなど致し候所、篠の乱心は自 ら静まり、里も程無く蘇生致し候由、皆々恐しげに申し聞かせ候。古来一旦落命致し候上、蘇生仕り候類 、元より少からずとは申し候へども、多くは、酒毒に中 り、乃至は瘴気 に触れ候者のみに有之 、里の如く、傷寒の病にて死去致し候者の、還魂 仕り候例 は、未嘗 承り及ばざる所に御座候へば、切支丹宗門の邪法たる儀此一事にても分明 致す可く、別して伴天連当村へ参り候節、春雷頻に震ひ候も、天の彼を憎ませ給ふ所かと推察仕り候。
猶 、篠 及娘里 当日伴天連 ろどりげ同道にて、隣村へ引移り候次第、並に慈元寺 住職日寛殿計らひにて同人宅焼き棄て候次第は、既に名主塚越弥左衛門殿より、言上 仕り候へば、私見聞致し候仔細は、荒々 右にて相尽き申す可く候。但 、万一記 し洩れも有之候節は、後日再応 書面を以て言上仕る可く、先 は私覚え書斯くの如くに御座候。以上
申 年三月二十六日
伊予国宇和郡 ――村
右篠と申候は、百姓惣兵衛の三女に
右様の者に候へば、重々頼み入り候へども、私検脈の儀は、
翌九日は、ひき明け方より大雨にて、村内一時は人通も絶え候所、
然るに、其日
追つて、翌十日は、朝来小雨有之候へども
伊予国宇和
医師 尾形了斎
(大正五年十二月)
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