日语文学作品赏析《仙人》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
皆さん。
私 は今大阪にいます、ですから大阪の話をしましょう。
昔、大阪の町へ奉公 に来た男がありました。名は何と云ったかわかりません。ただ飯炊奉公 に来た男ですから、権助 とだけ伝わっています。
権助は口入 れ屋 の暖簾 をくぐると、煙管 を啣 えていた番頭に、こう口の世話を頼みました。
「番頭さん。私は仙人 になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」
番頭は呆気 にとられたように、しばらくは口も利 かずにいました。
「番頭さん。聞えませんか? 私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」
「まことに御気の毒様ですが、――」
番頭はやっといつもの通り、煙草 をすぱすぱ吸い始めました。
「手前の店ではまだ一度も、仙人なぞの口入れは引き受けた事はありませんから、どうかほかへ御出 でなすって下さい。」
すると権助 は不服 そうに、千草 の股引 の膝をすすめながら、こんな理窟 を云い出しました。
「それはちと話が違うでしょう。御前さんの店の暖簾には、何と書いてあると御思いなさる?万口入 れ所 と書いてあるじゃありませんか? 万と云うからは何事でも、口入れをするのがほんとうです。それともお前さんの店では暖簾の上に、嘘 を書いて置いたつもりなのですか?」
なるほどこう云われて見ると、権助が怒るのももっともです。
「いえ、暖簾に嘘がある次第ではありません。何でも仙人になれるような奉公口を探せとおっしゃるのなら、明日 また御出で下さい。今日 中に心当りを尋ねて置いて見ますから。」
番頭はとにかく一時逃 れに、権助の頼みを引き受けてやりました。が、どこへ奉公させたら、仙人になる修業が出来るか、もとよりそんな事なぞはわかるはずがありません。ですから一まず権助を返すと、早速 番頭は近所にある医者の所へ出かけて行きました。そうして権助の事を話してから、
「いかがでしょう? 先生。仙人になる修業をするには、どこへ奉公するのが近路 でしょう?」と、心配そうに尋ねました。
これには医者も困ったのでしょう。しばらくはぼんやり腕組みをしながら、庭の松ばかり眺めていました。が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、古狐 と云う渾名 のある、狡猾 な医者の女房です。
「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中 には、きっと仙人にして見せるから。」
「左様 ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います。どうも仙人と御医者様とは、どこか縁が近いような心もちが致して居りましたよ。」
何も知らない番頭は、しきりに御時宜 を重ねながら、大喜びで帰りました。
医者は苦い顔をしたまま、その後 を見送っていましたが、やがて女房に向いながら、
「お前は何と云う莫迦 な事を云うのだ? もしその田舎者 が何年いても、一向 仙術を教えてくれぬなぞと、不平でも云い出したら、どうする気だ?」と忌々 しそうに小言 を云いました。
しかし女房はあやまる所か、鼻の先でふふんと笑いながら、
「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち辛 い世の中に、御飯 を食べる事も出来はしません。」と、あべこべに医者をやりこめるのです。
さて明くる日になると約束通り、田舎者の権助は番頭と一しょにやって来ました。今日はさすがに権助 も、初 の御目見えだと思ったせいか、紋附 の羽織を着ていますが、見た所はただの百姓と少しも違った容子 はありません。それが返って案外だったのでしょう。医者はまるで天竺 から来た麝香獣 でも見る時のように、じろじろその顔を眺めながら、
「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どう云う所から、そんな望みを起したのだ?」と、不審 そうに尋ねました。すると権助が答えるには、
「別にこれと云う訣 もございませんが、ただあの大阪の御城を見たら、太閤様 のように偉い人でも、いつか一度は死んでしまう。して見れば人間と云うものは、いくら栄耀栄華 をしても、果 ないものだと思ったのです。」
「では仙人になれさえすれば、どんな仕事でもするだろうね?」
狡猾 な医者の女房は、隙 かさず口を入れました。
「はい。仙人になれさえすれば、どんな仕事でもいたします。」
「それでは今日から私 の所に、二十年の間奉公おし。そうすればきっと二十年目に、仙人になる術を教えてやるから。」
「左様 でございますか? それは何より難有 うございます。」
「その代り向う二十年の間は、一文 も御給金はやらないからね。」
「はい。はい。承知いたしました。」
それから権助は二十年間、その医者の家に使われていました。水を汲む。薪 を割る。飯を炊 く。拭き掃除 をする。おまけに医者が外へ出る時は、薬箱 を背負って伴 をする。――その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、このくらい重宝 な奉公人は、日本 中探してもありますまい。
が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして慇懃 に二十年間、世話になった礼を述べました。
「ついては兼 ね兼 ね御約束の通り、今日は一つ私にも、不老不死 になる仙人の術を教えて貰いたいと思いますが。」
権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。何しろ一文も給金をやらずに、二十年間も使った後 ですから、いまさら仙術は知らぬなぞとは、云えた義理ではありません。医者はそこで仕方なしに、
「仙人になる術を知っているのは、おれの女房 の方だから、女房に教えて貰うが好 い。」と、素 っ気 なく横を向いてしまいました。
しかし女房は平気なものです。
「では仙術を教えてやるから、その代りどんなむずかしい事でも、私の云う通りにするのだよ。さもないと仙人になれないばかりか、また向う二十年の間、御給金なしに奉公しないと、すぐに罰 が当って死んでしまうからね。」
「はい。どんなむずかしい事でも、きっと仕遂 げて御覧に入れます。」
権助 はほくほく喜びながら、女房の云いつけを待っていました。
「それではあの庭の松に御登り。」
女房はこう云いつけました。もとより仙人になる術なぞは、知っているはずがありませんから、何でも権助に出来そうもない、むずかしい事を云いつけて、もしそれが出来ない時には、また向う二十年の間、ただで使おうと思ったのでしょう。しかし権助はその言葉を聞くとすぐに庭の松へ登りました。
「もっと高く。もっとずっと高く御登り。」
女房は縁先 に佇 みながら、松の上の権助を見上げました。権助の着た紋附の羽織は、もうその大きな庭の松でも、一番高い梢 にひらめいています。
「今度は右の手を御放 し。」
権助は左手にしっかりと、松の太枝をおさえながら、そろそろ右の手を放しました。
「それから左の手も放しておしまい。」
「おい。おい。左の手を放そうものなら、あの田舎者 は落ちてしまうぜ。落ちれば下には石があるし、とても命はありゃしない。」
医者もとうとう縁先へ、心配そうな顔を出しました。
「あなたの出る幕ではありませんよ。まあ、私に任せて御置きなさい。――さあ、左の手を放すのだよ。」
権助はその言葉が終らない内に、思い切って左手も放しました。何しろ木の上に登ったまま、両手とも放してしまったのですから、落ちずにいる訣 はありません。あっと云う間 に権助の体は、権助の着ていた紋附の羽織は、松の梢 から離れました。が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空 へ、まるで操 り人形のように、ちゃんと立止ったではありませんか?
「どうも難有 うございます。おかげ様で私も一人前の仙人になれました。」
権助は叮嚀 に御時宜 をすると、静かに青空を踏みながら、だんだん高い雲の中へ昇って行ってしまいました。
医者夫婦はどうしたか、それは誰も知っていません。ただその医者の庭の松は、ずっと後 までも残っていました。何でも淀屋辰五郎 は、この松の雪景色を眺めるために、四抱 えにも余る大木をわざわざ庭へ引かせたそうです。
昔、大阪の町へ
権助は
「番頭さん。私は
番頭は
「番頭さん。聞えませんか? 私は仙人になりたいのだから、そう云う所へ住みこませて下さい。」
「まことに御気の毒様ですが、――」
番頭はやっといつもの通り、
「手前の店ではまだ一度も、仙人なぞの口入れは引き受けた事はありませんから、どうかほかへ
すると
「それはちと話が違うでしょう。御前さんの店の暖簾には、何と書いてあると御思いなさる?
なるほどこう云われて見ると、権助が怒るのももっともです。
「いえ、暖簾に嘘がある次第ではありません。何でも仙人になれるような奉公口を探せとおっしゃるのなら、
番頭はとにかく一時
「いかがでしょう? 先生。仙人になる修業をするには、どこへ奉公するのが
これには医者も困ったのでしょう。しばらくはぼんやり腕組みをしながら、庭の松ばかり眺めていました。が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、
「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年
「
何も知らない番頭は、しきりに
医者は苦い顔をしたまま、その
「お前は何と云う
しかし女房はあやまる所か、鼻の先でふふんと笑いながら、
「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち
さて明くる日になると約束通り、田舎者の権助は番頭と一しょにやって来ました。今日はさすがに
「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どう云う所から、そんな望みを起したのだ?」と、
「別にこれと云う
「では仙人になれさえすれば、どんな仕事でもするだろうね?」
「はい。仙人になれさえすれば、どんな仕事でもいたします。」
「それでは今日から
「
「その代り向う二十年の間は、
「はい。はい。承知いたしました。」
それから権助は二十年間、その医者の家に使われていました。水を汲む。
が、とうとう二十年たつと、権助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして
「ついては
権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。何しろ一文も給金をやらずに、二十年間も使った
「仙人になる術を知っているのは、おれの
しかし女房は平気なものです。
「では仙術を教えてやるから、その代りどんなむずかしい事でも、私の云う通りにするのだよ。さもないと仙人になれないばかりか、また向う二十年の間、御給金なしに奉公しないと、すぐに
「はい。どんなむずかしい事でも、きっと
「それではあの庭の松に御登り。」
女房はこう云いつけました。もとより仙人になる術なぞは、知っているはずがありませんから、何でも権助に出来そうもない、むずかしい事を云いつけて、もしそれが出来ない時には、また向う二十年の間、ただで使おうと思ったのでしょう。しかし権助はその言葉を聞くとすぐに庭の松へ登りました。
「もっと高く。もっとずっと高く御登り。」
女房は
「今度は右の手を
権助は左手にしっかりと、松の太枝をおさえながら、そろそろ右の手を放しました。
「それから左の手も放しておしまい。」
「おい。おい。左の手を放そうものなら、あの
医者もとうとう縁先へ、心配そうな顔を出しました。
「あなたの出る幕ではありませんよ。まあ、私に任せて御置きなさい。――さあ、左の手を放すのだよ。」
権助はその言葉が終らない内に、思い切って左手も放しました。何しろ木の上に登ったまま、両手とも放してしまったのですから、落ちずにいる
「どうも
権助は
医者夫婦はどうしたか、それは誰も知っていません。ただその医者の庭の松は、ずっと
(大正十一年三月)
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