日语文学作品赏析《雪》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
或冬曇りの午後、わたしは中央線 の汽車の窓に一列の山脈を眺めてゐた。山脈は勿論 まつ白だつた。が、それは雪と言ふよりも山脈の皮膚に近い色をしてゐた。わたしはかう言ふ山脈を見ながら、ふと或小事件を思ひ出した。――
もう四五年以前になつた、やはり或冬曇りの午後、わたしは或友だちのアトリエに、――見すぼらしい鋳 もののストオヴの前に彼やそのモデルと話してゐた。アトリエには彼自身の油画 の外 に何も装飾になるものはなかつた。巻煙草 を啣 へた断髪のモデルも、――彼女は成程 混血児 じみた一種の美しさを具へてゐた。しかしどう言ふ量見か、天然自然に生えた睫毛 を一本残らず抜きとつてゐた。……
話はいつかその頃の寒気 の厳しさに移つてゐた。彼は如何 に庭の土の季節を感ずるかと言ふことを話した。就中 如何に庭の土の冬を感ずるかと言ふことを話した。
「つまり土も生きてゐると言ふ感じだね。」
彼はパイプに煙草をつめつめ、我々の顔を眺めまはした。わたしは何 とも返事をしずに□ のない珈琲 を啜 つてゐた。けれどもそれは断髪のモデルに何か感銘を与へたらしかつた。彼女は赤い□ を擡 げ、彼女の吐いた煙の輪にぢつと目を注 いでゐた。それからやはり空中を見たまま、誰にともなしにこんなことを言つた。――
「それは肌も同じだわね。あたしもこの商売を始めてから、すつかり肌を荒してしまつたもの。……」
或冬曇りの午後、わたしは中央線の汽車の窓に一列の山脈を眺めてゐた。山脈は勿論まつ白だつた。が、それは雪と言ふよりも人間の鮫肌 に近い色をしてゐた。わたしはかう言ふ山脈を見ながら、ふとあのモデルを思ひ出した、あの一本も睫毛 のない、混血児 じみた日本の娘さんを。
もう四五年以前になつた、やはり或冬曇りの午後、わたしは或友だちのアトリエに、――見すぼらしい
話はいつかその頃の
「つまり土も生きてゐると言ふ感じだね。」
彼はパイプに煙草をつめつめ、我々の顔を眺めまはした。わたしは
「それは肌も同じだわね。あたしもこの商売を始めてから、すつかり肌を荒してしまつたもの。……」
或冬曇りの午後、わたしは中央線の汽車の窓に一列の山脈を眺めてゐた。山脈は勿論まつ白だつた。が、それは雪と言ふよりも人間の
(大正十四年四月)
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