日语文学作品赏析《二人小町》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
一
小野 の小町 、几帳 の陰に草紙 を読んでいる。そこへ突然黄泉 の使 が現れる。黄泉の使は色の黒い若者。しかも耳は兎 の耳である。
小町 (驚きながら)誰です、あなたは?
使 黄泉の使です。
小町 黄泉の使! ではもうわたしは死ぬのですか? もうこの世にはいられないのですか? まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。
使 いけません。わたしは一天万乗 の君でも容赦 しない使なのです。
小町 あなたは情 を知らないのですか? わたしが今死んで御覧なさい。深草 の少将 はどうするでしょう? わたしは少将と約束しました。天に在っては比翼 の鳥、地に在っては連理 の枝、――ああ、あの約束を思うだけでも、わたしの胸は張り裂 けるようです。少将はわたしの死んだことを聞けば、きっと歎 き死 に死んでしまうでしょう。
使 (つまらなそうに)歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へお伴 しましょう。
小町 いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか? わたしはただの体ではありません。もう少将の胤 を宿しているのです。わたしが今死ぬとすれば、子供も、――可愛いわたしの子供も一しょに死ななければなりません。(泣きながら)あなたはそれでも好 いと云うのですか? 闇 から闇へ子供をやっても、かまわないと云うのですか?
使 (ひるみながら)それはお子さんにはお気の毒です。しかし閻魔王 の命令ですから、どうか一しょに来て下さい。何、地獄も考えるほど、悪いところではありません。昔から名高い美人や才子はたいてい地獄へ行っています。
小町 あなたは鬼 です。羅刹 です。わたしが死ねば少将も死にます。少将の胤 の子供も死にます。三人ともみんな死んでしまいます。いえ、そればかりではありません。年とったわたしの父や母もきっと一しょに死んでしまいます。(一層泣き声を立てながら)わたしは黄泉 の使でも、もう少し優しいと思っていました。
使 (迷惑 そうに)わたしはお助け申したいのですが、……
小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの寿命 を延ばして下さい。たった五年、たった十年、――子供さえ成人すれば好 いのです。それでもいけないと云うのですか?
使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
小町 (興奮 しながら)では誰でもつれて行って下さい。わたしの召使 いの女の中にも、同じ年の女は二三人います。阿漕 でも小松 でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。
使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。
小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(発作的 に笑い出しながら)玉造 の小町 と云う人がいます。あの人を代りにつれて行って下さい。
使 年もあなたと同じくらいですか?
小町 ええ、ちょうど同じくらいです。ただ綺麗 ではありませんが、――器量 などはどうでもかまわないのでしょう?
使 (愛想 よく)悪い方が好 いのです。同情しずにすみますから。
小町 (生き生きと)ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰も逢 う人がいないものですから。
使 よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。(得々 と)黄泉の使も情 だけは心得ているつもりなのです。
使、突然また消え失せる。
小町 ああ、やっと助かった! これも日頃信心する神や仏のお計 らいであろう。(手を合せる)八百万 の神々、十方 の諸菩薩 、どうかこの嘘 の剥 げませぬように。
二
黄泉 の使、玉造 の小町 を背負 いながら、闇穴道 を歩いて来る。
小町 (金切声 を出しながら)どこへ行くのです? どこへ行くのです?
使 地獄へ行くのです。
小町 地獄へ! そんなはずはありません。現に昨日 安倍 の晴明 も寿命 は八十六と云っていました。
使 それは陰陽師 の嘘でしょう。
小町 いいえ、嘘ではありません。安倍の晴明の云うことは何でもちゃんと当るのです。あなたこそ嘘をついているのでしょう。そら、返事に困っているではありませんか?
使 (独白 )どうもおれは正直すぎるようだ。
小町 まだ強情 を張るつもりなのですか? さあ、正直に白状 しておしまいなさい。
使 実はあなたにはお気の毒ですが、……
小町 そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」どうしたのです?
使 あなたは小野 の小町 の代りに地獄へ堕 ちることになったのです。
小町 小野の小町の代りに! それはまた一体どうしたんです?
使 あの人は今身持 ちだそうです。深草 の少将 の胤 とかを、……
小町 (憤然 と)それをほんとうだと思ったのですか? 嘘ですよ。あなた! 少将は今でもあの人のところへ百夜通 いをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、逢 ったことさえ一度もありはしません。嘘も、嘘も、真赤な嘘ですよ!
使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。
小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、下司 の子供でも知っているはずです。それをあなたは嘘とも思わずに、……あの人の代りにわたしの命を、……ひどい。ひどい。ひどい。(泣き始める)
使 泣いてはいけません。泣くことは何もないのですよ。(背中から玉造の小町を下 す)あなたは始終この世よりも、地獄に住みたがっていたでしょう。して見ればわたしの欺 されたのは、反 って仕合せではありませんか?
小町 (噛 みつきそうに)誰がそんなことを云ったのです?
使 (怯 ず怯 ず)やっぱりさっき小野の小町が、……
小町 まあ、何と云う図々 しい人だ! 嘘つき! 九尾 の狐! 男たらし! 騙 り! 尼天狗 ! おひきずり! もうもうもう、今度顔を合せたが最後、きっと喉笛 に噛 みついてやるから。口惜 しい。口惜しい。口惜しい。(黄泉 の使をこづきまわす)
使 まあ、待って下さい。わたしは何も知らなかったのですから、――まあ、この手をゆるめて下さい。
小町 一体あなたが莫迦 ではありませんか? そんな嘘を真 に受けるとは、……
使 しかし誰でも真に受けますよ。……あなたは何か小野の小町に恨 まれることでもあるのですか?
小町 (妙に微笑する)あるような、ないような、……まあ、あるのかも知れません。
使 するとその恨まれることと云うのは?
小町 (軽蔑するように)お互 に女ではありませんか?
使 なるほど、美しい同士でしたっけ。
小町 あら、お世辞 などはおよしなさい。
使 お世辞ではありませんよ。ほんとうに美しいと思っているのです。いや、口には云われないくらい美しいと思っているのです。
小町 まあ、あんな嬉しがらせばっかり! あなたこそ黄泉には似合わない、美しいかたではありませんか?
使 こんな色の黒い男がですか?
小町 黒い方 が立派 ですよ。男らしい気がしますもの。
使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。
小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしに触 らして下さい。わたしは兎 が大好きなのですから。(使の兎の耳を玩弄 にする)もっとこっちへいらっしゃい。何だかわたしはあなたのためなら、死んでも好 いような気がしますよ。
使 (小町を抱 きながら)ほんとうですか?
小町 (半ば眼を閉じたまま)ほんとうならば?
使 こうするのです。(接吻 しようとする)
小町 (突きのける)いけません。
使 では、……では嘘なのですか?
小町 いいえ、嘘ではありません。ただあなたが本気かどうか、それさえわかれば好 いのです。
使 では何でも云いつけて下さい。あなたの欲しいものは何ですか?火鼠 の裘 ですか、蓬莱 の玉の枝ですか、それとも燕 の子安貝 ですか?
小町 まあ、お待ちなさい。わたしのお願はこれだけです。――どうかわたしを生かして下さい。その代りに小野の小町を、――あの憎 らしい小野の小町を、わたしの代りにつれて行って下さい。
使 そんなことだけで好 いのですか? よろしい。あなたの云う通りにします。
小町 きっとですね? まあ、嬉しい。きっとならば、……(使を引き寄せる)
使 ああ、わたしこそ死んでしまいそうです。
三
大勢 の神将 、あるいは戟 を執 り、あるいは剣 を提 げ、小野 の小町 の屋根を護 っている。そこへ黄泉 の使、蹌踉 と空へ現れる。
神将 誰だ、貴様は?
使 わたしは黄泉の使です。どうかそこを通して下さい。
神将 通すことはならぬ。
使 わたしは小町をつれに来たのです。
神将 小町を渡すことはなおさらならぬ。
使 なおさらならぬ? あなたがたは一体何ものです?
神将 我々は天 が下 の陰陽師 、安倍 の晴明 の加持 により、小町を守護する三十番神 じゃ。
使 三十番神! あなたがたはあの嘘つきを、――あの男たらしを守護するのですか?
神将 黙れ! か弱い女をいじめるばかりか、悪名 を着せるとは怪 しからぬやつじゃ。
使 何が悪名です? 小町はほんとうに、嘘つきの男たらしではありませんか?
神将 まだ云うな。よしよし、云うならば云って見ろ。その耳を二つとも削 いでしまうぞ。
使 しかし小町は現にわたしを……
神将 (憤然 と)この戟 を食 らって往生 しろ! (使に飛びかかる)
使 助けてくれえ! (消え失せる)
四
数十年後 、老いたる女乞食 二人、枯芒 の原に話している。一人は小野の小町、他の一人は玉造 の小町。
小野の小町 苦しい日ばかり続きますね。
玉造の小町 こんな苦しい思いをするより、死んだ方がましかも知れません。
小野の小町 (独り語 のように)あの時に死ねば好 かったのです。黄泉 の使に会った時に、……
玉造の小町 おや、あなたもお会いになったのですか?
小野の小町 (疑 深そうに)あなたもと仰有 るのは? あなたこそお会いになったのですか?
玉造の小町 (冷やかに)いいえ、わたしは会いません。
小野の小町 わたしの会ったのも唐 の使です。
しばらくの間 沈黙。黄泉の使、忙 しそうに通りかかる。
玉造の小町 ┐
小野の小町 ┘黄泉の使! 黄泉の使![#「黄泉の使! 黄泉の使!」は2行の中央、括弧は2行にわたる波括弧]
黄泉の使 誰です、わたしを呼びとめたのは?
玉造の小町 (小野の小町に)あなたは黄泉の使を御存知ではありませんか?
小野の小町 (玉造の小町に)あなたも知らないとはおっしゃれますまい。(黄泉の使に)このかたは玉造の小町です。あなたはとうに御存知でしょう。
玉造の小町 このかたは小野の小町です。やっぱりあなたのお馴染 でしょう。
使 何、玉造の小町に小野の小町! あなたがたが、――骨と皮ばかりの女乞食が!
小野の小町 どうせ骨と皮ばかりの女乞食ですよ。
玉造の小町 わたしに抱きついたのを忘れたのですか?
使 まあ、そう腹を立てずに下さい。あんまり変っていたものですから、つい口を辷 らせたのです。……時にわたしを呼びとめたのは、何か用でもあるのですか?
小野の小町 ありますとも。ありますとも。どうか黄泉へつれて行って下さい。
玉造の小町 わたしも一しょにつれて行って下さい。
使 黄泉へつれて行け?冗談 を云ってはいけません。またわたしを欺 すのでしょう。
玉造の小町 あら、欺しなどするものですか!
小野の小町 ほんとうにどうかつれて行って下さい。
使 あなたがたを! (首を振りながら)どうもわたしには受け合われません。またひどい目に会うのは嫌 ですから、誰かほかのものにお頼みなさい。
小野の小町 どうかわたしを憐 れんで下さい。あなたも情 は知っているはずです。
玉造の小町 そんなことを云わずに、つれて行って下さい。きっとあなたの妻になりますから。
使駄目 です。駄目です。あなたがたにかかり合うと――いや、あなたがたばかりではない、女と云うやつにかかり合うと、どんな目に会うかわかりません。あなたがたは虎 よりも強い。内心如夜叉 の譬 通りです。第一あなたがたの涙の前には、誰でも意気地 がなくなってしまう。(小野の小町に)あなたの涙などは凄 いものですよ。
小野の小町 嘘です。嘘です。あなたはわたしの涙などに動かされたことはありません。
使 (耳にもかけずに)第二にあなたがたは肌身 さえ任 せば、どんなことでも出来ないことはない。(玉造の小町に)あなたはその手を使ったのです。
玉造の小町卑 しいことを云うのはおよしなさい。あなたこそ恋を知らないのです。
使 (やはり無頓着 に)第三に、――これが一番恐ろしいのですが、第三に世の中は神代 以来、すっかり女に欺 されている。女と云えばか弱いもの、優しいものと思いこんでいる。ひどい目に会わすのはいつも男、会わされるのはいつも女、――そうよりほかに考えない。その癖ほんとうは女のために、始終 男が悩まされている。(小野の小町に)三十番神 を御覧なさい。わたしばかり悪ものにしていたでしょう。
小野の小町神仏 の悪口 はおよしなさい。
使 いや、わたしには神仏よりも、もっとあなたがたが恐ろしいのです。あなたがたは男の心も体も、自由自在に弄 ぶことが出来る。その上万一手に余れば、世の中の加勢 も借りることが出来る。このくらい強いものはありますまい。またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの餌食 になった男の屍骸 をまき散らしています。わたしはまず何よりも先へ、あなたがたの爪にかからないように、用心しなければなりません。
小野の小町 (玉造の小町に)まあ、何と云う人聞きの悪い、手前勝手な理窟 でしょう。
玉造の小町 (小野の小町に)ほんとうに男のわがままには呆 れ返ってしまいます。(黄泉 の使に)女こそ男の餌食 です。いいえ、あなたが何と云っても、男の餌食に違いありません。昔も男の餌食でした。今も男の餌食です。将来も男の、……
使 (急に晴れ晴れと)将来は男に有望です。女の太政大臣 、女の検非違使 、女の閻魔王 、女の三十番神、――そういうものが出来るとすれば、男は少し助かるでしょう。第一に女は男狩りのほかにも、仕栄 えのある仕事が出来ますから。第二に女の世の中は今の男の世の中ほど、女に甘いはずはありませんから。
小野の小町 あなたはそんなにわたしたちを憎 いと思っているのですか?
玉造の小町 お憎みなさい。お憎みなさい。思い切ってお憎みなさい。
使 (憂鬱 に)ところが憎み切れないのです。もし憎み切れるとすれば、もっと仕合せになっているでしょう。(突然また凱歌 を挙げるように)しかし今は大丈夫です。あなたがたは昔のあなたがたではない。骨と皮ばかりの女乞食です。あなたがたの爪にはかかりません。
玉造の小町 ええ、もうどこへでも行ってしまえ!
小野の小町 まあ、そんなことを云わずに、……これ、この通り拝みますから。
使 いけません。ではさようなら。(枯芒 の中に消える)
小野の小町 どうしましょう?
玉造の小町 どうしましょう?
二人ともそこへ泣き伏してしまう。
小町 (驚きながら)誰です、あなたは?
使 黄泉の使です。
小町 黄泉の使! ではもうわたしは死ぬのですか? もうこの世にはいられないのですか? まあ、少し待って下さい。わたしはまだ二十一です。まだ美しい盛りなのです。どうか命は助けて下さい。
使 いけません。わたしは
小町 あなたは
使 (つまらなそうに)歎き死が出来れば仕合せです。とにかく一度は恋されたのですから、……しかしそんなことはどうでもよろしい。さあ地獄へお
小町 いけません。いけません。あなたはまだ知らないのですか? わたしはただの体ではありません。もう少将の
使 (ひるみながら)それはお子さんにはお気の毒です。しかし
小町 あなたは
使 (
小町 (生き返ったように顔を上げながら)ではどうか助けて下さい。五年でも十年でもかまいません。どうかわたしの
使 さあ、年限はかまわないのですが、――しかしあなたをつれて行かなければ代りが一人入るのです。あなたと同じ年頃の、……
小町 (
使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。
小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(
使 年もあなたと同じくらいですか?
小町 ええ、ちょうど同じくらいです。ただ
使 (
小町 (生き生きと)ではあの人に行って貰って下さい。あの人はこの世にいるよりも、地獄に住みたいと云っています。誰も
使 よろしい。その人をつれて行きましょう。ではお子さんを大事にして下さい。(
使、突然また消え失せる。
小町 ああ、やっと助かった! これも日頃信心する神や仏のお
二
小町 (
使 地獄へ行くのです。
小町 地獄へ! そんなはずはありません。現に
使 それは
小町 いいえ、嘘ではありません。安倍の晴明の云うことは何でもちゃんと当るのです。あなたこそ嘘をついているのでしょう。そら、返事に困っているではありませんか?
使 (
小町 まだ
使 実はあなたにはお気の毒ですが、……
小町 そんなことだろうと思っていました。「お気の毒ですが、」どうしたのです?
使 あなたは
小町 小野の小町の代りに! それはまた一体どうしたんです?
使 あの人は今
小町 (
使 真赤な嘘? そんなことはまさかないでしょう。
小町 では誰にでも聞いて御覧なさい。深草の少将の百夜通いと云えば、
使 泣いてはいけません。泣くことは何もないのですよ。(背中から玉造の小町を
小町 (
使 (
小町 まあ、何と云う
使 まあ、待って下さい。わたしは何も知らなかったのですから、――まあ、この手をゆるめて下さい。
小町 一体あなたが
使 しかし誰でも真に受けますよ。……あなたは何か小野の小町に
小町 (妙に微笑する)あるような、ないような、……まあ、あるのかも知れません。
使 するとその恨まれることと云うのは?
小町 (軽蔑するように)お
使 なるほど、美しい同士でしたっけ。
小町 あら、お
使 お世辞ではありませんよ。ほんとうに美しいと思っているのです。いや、口には云われないくらい美しいと思っているのです。
小町 まあ、あんな嬉しがらせばっかり! あなたこそ黄泉には似合わない、美しいかたではありませんか?
使 こんな色の黒い男がですか?
小町 黒い
使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。
小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしに
使 (小町を
小町 (半ば眼を閉じたまま)ほんとうならば?
使 こうするのです。(
小町 (突きのける)いけません。
使 では、……では嘘なのですか?
小町 いいえ、嘘ではありません。ただあなたが本気かどうか、それさえわかれば
使 では何でも云いつけて下さい。あなたの欲しいものは何ですか?
小町 まあ、お待ちなさい。わたしのお願はこれだけです。――どうかわたしを生かして下さい。その代りに小野の小町を、――あの
使 そんなことだけで
小町 きっとですね? まあ、嬉しい。きっとならば、……(使を引き寄せる)
使 ああ、わたしこそ死んでしまいそうです。
三
神将 誰だ、貴様は?
使 わたしは黄泉の使です。どうかそこを通して下さい。
神将 通すことはならぬ。
使 わたしは小町をつれに来たのです。
神将 小町を渡すことはなおさらならぬ。
使 なおさらならぬ? あなたがたは一体何ものです?
神将 我々は
使 三十番神! あなたがたはあの嘘つきを、――あの男たらしを守護するのですか?
神将 黙れ! か弱い女をいじめるばかりか、
使 何が悪名です? 小町はほんとうに、嘘つきの男たらしではありませんか?
神将 まだ云うな。よしよし、云うならば云って見ろ。その耳を二つとも
使 しかし小町は現にわたしを……
神将 (
使 助けてくれえ! (消え失せる)
四
数十年
小野の小町 苦しい日ばかり続きますね。
玉造の小町 こんな苦しい思いをするより、死んだ方がましかも知れません。
小野の小町 (独り
玉造の小町 おや、あなたもお会いになったのですか?
小野の小町 (
玉造の小町 (冷やかに)いいえ、わたしは会いません。
小野の小町 わたしの会ったのも
しばらくの
玉造の小町 ┐
小野の小町 ┘黄泉の使! 黄泉の使![#「黄泉の使! 黄泉の使!」は2行の中央、括弧は2行にわたる波括弧]
黄泉の使 誰です、わたしを呼びとめたのは?
玉造の小町 (小野の小町に)あなたは黄泉の使を御存知ではありませんか?
小野の小町 (玉造の小町に)あなたも知らないとはおっしゃれますまい。(黄泉の使に)このかたは玉造の小町です。あなたはとうに御存知でしょう。
玉造の小町 このかたは小野の小町です。やっぱりあなたのお
使 何、玉造の小町に小野の小町! あなたがたが、――骨と皮ばかりの女乞食が!
小野の小町 どうせ骨と皮ばかりの女乞食ですよ。
玉造の小町 わたしに抱きついたのを忘れたのですか?
使 まあ、そう腹を立てずに下さい。あんまり変っていたものですから、つい口を
小野の小町 ありますとも。ありますとも。どうか黄泉へつれて行って下さい。
玉造の小町 わたしも一しょにつれて行って下さい。
使 黄泉へつれて行け?
玉造の小町 あら、欺しなどするものですか!
小野の小町 ほんとうにどうかつれて行って下さい。
使 あなたがたを! (首を振りながら)どうもわたしには受け合われません。またひどい目に会うのは
小野の小町 どうかわたしを
玉造の小町 そんなことを云わずに、つれて行って下さい。きっとあなたの妻になりますから。
使
小野の小町 嘘です。嘘です。あなたはわたしの涙などに動かされたことはありません。
使 (耳にもかけずに)第二にあなたがたは
玉造の小町
使 (やはり
小野の小町
使 いや、わたしには神仏よりも、もっとあなたがたが恐ろしいのです。あなたがたは男の心も体も、自由自在に
小野の小町 (玉造の小町に)まあ、何と云う人聞きの悪い、手前勝手な
玉造の小町 (小野の小町に)ほんとうに男のわがままには
使 (急に晴れ晴れと)将来は男に有望です。女の
小野の小町 あなたはそんなにわたしたちを
玉造の小町 お憎みなさい。お憎みなさい。思い切ってお憎みなさい。
使 (
玉造の小町 ええ、もうどこへでも行ってしまえ!
小野の小町 まあ、そんなことを云わずに、……これ、この通り拝みますから。
使 いけません。ではさようなら。(
小野の小町 どうしましょう?
玉造の小町 どうしましょう?
二人ともそこへ泣き伏してしまう。
(大正十二年二月)
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