日语文学作品赏析《沼》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
おれは沼のほとりを歩いてゐる。
昼か、夜 か、それもおれにはわからない。唯、どこかで蒼鷺 の啼く声がしたと思つたら、蔦葛 に掩 はれた木々の梢 に、薄明りの仄 めく空が見えた。
沼にはおれの丈 よりも高い芦 が、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。藻 も動かない。水の底に棲 んでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか。
昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の□ や芦 の□ひがおれの体を包んだ事もある。と思ふと又枝蛙 の声が、蔦葛 に蔽 はれた木々の梢から、一つ一つかすかな星を呼びさました覚えもあつた。
おれは沼のほとりを歩いてゐる。
沼にはおれの丈 よりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。おれは遠い昔から、その芦の茂つた向うに、不思議な世界のある事を知つてゐた。いや、今でもおれの耳には、Invitation au Voyage の曲が、絶え絶えに其処 から漂 つて来る。さう云へば水の□や芦の□と一しよに、あの「スマトラの忘れな艸 の花」も、蜜のやうな甘い□を送つて来はしないであらうか。
昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、その不思議な世界に憧 がれて、蔦葛 に掩はれた木々の間 を、夢現 のやうに歩いてゐた。が、此処 に待つてゐても、唯芦と水とばかりがひつそりと拡がつてゐる以上、おれは進んで沼の中へ、あの「スマトラの忘れな艸 の花」を探しに行 かなければならぬ。見れば幸 、芦の中から半 ば沼へさし出てゐる、年経 た柳が一株ある。あすこから沼へ飛びこみさへすれば、造作 なく水の底にある世界へ行 かれるのに違ひない。
おれはとうとうその柳の上から、思ひ切つて沼へ身を投げた。
おれの丈 より高い芦が、その拍子 に何かしやべり立てた。水が呟 く。藻 が身ぶるひをする。あの蔦葛 に掩 はれた、枝蛙 の鳴くあたりの木々さへ、一時はさも心配さうに吐息 を洩 らし合つたらしい。おれは石のやうに水底 へ沈みながら、数限りもない青い焔が、目まぐるしくおれの身のまはりに飛びちがふやうな心もちがした。
昼か、夜か、それもおれにはわからない。
おれの死骸は沼の底の滑 な泥に横 はつてゐる。死骸の周囲にはどこを見ても、まつ青 な水があるばかりであつた。この水の下にこそ不思議な世界があると思つたのは、やはりおれの迷 だつたのであらうか。事によると Invitation au Voyage の曲も、この沼の精が悪戯 に、おれの耳を欺 してゐたのかも知れない。が、さう思つてゐる内に、何やら細い茎が一すぢ、おれの死骸の口の中から、すらすらと長く伸び始めた。さうしてそれが頭の上の水面へやつと届いたと思ふと、忽ち白い睡蓮 の花が、丈の高い芦に囲まれた、藻の□のする沼の中に、的□ と鮮 な莟 を破つた。
これがおれの憧 れてゐた、不思議な世界だつたのだな。――おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮 の花を何時 までもぢつと仰ぎ見てゐた。
昼か、
沼にはおれの
昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、この沼のほとりばかり歩いてゐた。寒い朝日の光と一しよに、水の
おれは沼のほとりを歩いてゐる。
沼にはおれの
昼か、夜か、それもおれにはわからない。おれはこの五六日、その不思議な世界に
おれはとうとうその柳の上から、思ひ切つて沼へ身を投げた。
おれの
昼か、夜か、それもおれにはわからない。
おれの死骸は沼の底の
これがおれの
(大正九年三月)
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