日语文学作品赏析《凶》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
大正十二年の冬(?)、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷 通りを一高の横から藍染橋 へ下 らうとしてゐた。あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗 な往来 である。そこにやはり自動車が一台、僕のタクシイの前を走つてゐた。僕は巻煙草を啣 へながら、勿論その車に気もとめなかつた。しかしだんだん近寄つて見ると、――僕のタクシイのへツド・ライトがぼんやりその車を照らしたのを見ると、それは金色 の唐艸 をつけた、葬式に使ふ自動車だつた。
大正十三年の夏、僕は室生犀星 と軽井沢 の小みちを歩いてゐた。山砂 もしつとりと湿気を含んだ、如何 にももの静かな夕暮だつた。僕は室生と話しながら、ふと僕等の頭の上を眺めた。頭の上には澄み渡つた空に黒ぐろとアカシヤが枝を張つてゐた。のみならずその又枝の間 に人の脚 が二本ぶら下つてゐた。僕は「あつ」と言つて走り出した。室生も亦 僕のあとから「どうした? どうした?」と言つて追ひかけて来た。僕はちよつと羞 しかつたから、何 とか言つて護摩化 してしまつた。
大正十四年の夏、僕は菊池寛 、久米正雄 、植村宋一 、中山太陽堂 社長などと築地 の待合 に食事をしてゐた。僕は床柱 の前に坐り、僕の右には久米正雄、僕の左には菊池寛、――と云ふ順序に坐つてゐたのである。そのうちに僕は何かの拍子 に餉台 の上の麦酒罎 を眺めた。するとその麦酒罎には人の顔が一つ映 つてゐた。それは僕の顔にそつくりだつた。しかし何も麦酒罎は僕の顔を映してゐた訣 ではない。その証拠には実在の僕は目を開いてゐたのにも関 らず、幻の僕は目をつぶつた上、稍仰向 いてゐたのである。僕は傍らにゐた芸者を顧み、「妙な顔が映 つてゐる」と言つた。芸者は始は常談 にしてゐた。けれども僕の座に坐るが早いか、「あら、ほんたうに見えるわ」と言つた。菊池や久米も替 る替 る僕の座に来て坐つて見ては、「うん、見えるね」などと言ひ合つていた。それは久米の発見によれば、麦酒 罎の向うに置いてある杯洗 や何かの反射だつた。しかし僕は何 となしに凶 を感ぜずにはゐられなかつた。
大正十五年の正月十日、僕はやはりタクシイに乗り、本郷 通りを一高の横から藍染橋 へ下 らうとしてゐた。するとあの唐艸 をつけた、葬式に使ふ自動車が一台、もう一度僕のタクシイの前にぼんやりと後ろを現し出した。僕はまだその時までは前に挙げた幾つかの現象を聯絡 のあるものとは思はなかつた。しかしこの自動車を見た時、――殊にその中の棺を見た時、何ものか僕に冥々 の裡 に或警告を与へてゐる、――そんなことをはつきり感じたのだつた。
(大正十五年四月十三日鵠沼 にて浄書)
大正十三年の夏、僕は
大正十四年の夏、僕は
大正十五年の正月十日、僕はやはりタクシイに乗り、
(大正十五年四月十三日
〔遺稿〕
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