日语文学作品赏析《犬と笛》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
いく子さんに献ず
一
昔、大和 の国葛城山 の麓に、髪長彦 という若い木樵 が住んでいました。これは顔かたちが女のようにやさしくって、その上 髪までも女のように長かったものですから、こういう名前をつけられていたのです。
髪長彦 は、大そう笛 が上手でしたから、山へ木を伐 りに行く時でも、仕事の合い間合い間には、腰にさしている笛を出して、独りでその音 を楽しんでいました。するとまた不思議なことには、どんな鳥獣 や草木 でも、笛の面白さはわかるのでしょう。髪長彦がそれを吹き出すと、草はなびき、木はそよぎ、鳥や獣はまわりへ来て、じっとしまいまで聞いていました。
ところがある日のこと、髪長彦はいつもの通り、とある大木の根がたに腰を卸しながら、余念もなく笛を吹いていますと、たちまち自分の目の前へ、青い勾玉 を沢山ぶらさげた、足の一本しかない大男が現れて、
「お前は仲々笛がうまいな。己 はずっと昔から山奥の洞穴 で、神代 の夢ばかり見ていたが、お前が木を伐 りに来始めてからは、その笛の音に誘われて、毎日面白い思をしていた。そこで今日はそのお礼に、ここまでわざわざ来たのだから、何でも好きなものを望むが好 い。」と言いました。
そこで木樵 は、しばらく考えていましたが、
「私 は犬が好きですから、どうか犬を一匹下さい。」と答えました。
すると、大男は笑いながら、
「高が犬を一匹くれなどとは、お前も余っ程欲のない男だ。しかしその欲のないのも感心だから、ほかにはまたとないような不思議な犬をくれてやろう。こう言う己 は、葛城山 の足一 つの神だ。」と言って、一声高く口笛を鳴らしますと、森の奥から一匹の白犬が、落葉を蹴立てて駈 けて来ました。
足一つの神はその犬を指して、
「これは名を嗅げと言って、どんな遠い所の事でも嗅 ぎ出して来る利口な犬だ。では、一生己 の代りに、大事に飼ってやってくれ。」と言うかと思うと、その姿は霧のように消えて、見えなくなってしまいました。
髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、何気 なく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉 を首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して、
「きのう己の兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだから、己も今日は礼をしようと思ってやって来た。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うが好い。己は葛城山の手一 つの神だ。」と言いました。
そうして髪長彦が、また「嗅 げにも負けないような犬が欲しい。」と答えますと、大男はすぐに口笛を吹いて、一匹の黒犬を呼び出しながら、
「この犬の名は飛べと言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。明日 はまた己の弟が、何かお前に礼をするだろう。」と言って、前のようにどこかへ消え失せてしまいました。
するとあくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い勾玉 を飾りにした、目の一つしかない大男が、風のように空から舞い下って、
「己 は葛城山 の目一 つの神だ、兄きたちがお前に礼をしたそうだから、己も嗅げや飛べに劣らないような、立派な犬をくれてやろう。」と言ったと思うと、もう口笛の声が森中にひびき渡って、一匹の斑犬 が牙 をむき出しながら、駈けて来ました。
「これは噛めという犬だ。この犬を相手にしたが最後、どんな恐しい鬼神 でも、きっと一噛 みに噛み殺されてしまう。ただ、己 たちのやった犬は、どんな遠いところにいても、お前が笛を吹きさえすれば、きっとそこへ帰って来るが、笛がなければ来ないから、それを忘れずにいるが好い。」
そう言いながら目一つの神は、また森の木の葉をふるわせて、風のように舞い上ってしまいました。
二
それから四五日たったある日のことです。髪長彦は三匹の犬をつれて、葛城山 の麓にある、路が三叉 になった往来へ、笛を吹きながら来かかりますと、右と左と両方の路から、弓矢に身をかためた、二人の年若な侍が、逞 しい馬に跨 って、しずしずこっちへやって来ました。
髪長彦はそれを見ると、吹いていた笛を腰へさして、叮嚀におじぎをしながら、
「もし、もし、殿様、あなた方は一体、どちらへいらっしゃるのでございます。」と尋ねました。
すると二人の侍が、交 る交 る答えますには、
「今度飛鳥 の大臣様 の御姫様が御二方、どうやら鬼神 のたぐいにでもさらわれたと見えて、一晩の中に御行方 が知れなくなった。」
「大臣様は大そうな御心配で、誰でも御姫様を探し出して来たものには、厚い御褒美 を下さると云う仰せだから、それで我々二人も、御行方を尋ねて歩いているのだ。」
こう云って二人の侍は、女のような木樵 と三匹の犬とをさも莫迦 にしたように見下 しながら、途を急いで行ってしまいました。
髪長彦は好 い事を聞いたと思いましたから、早速白犬の頭を撫でて、
「嗅 げ。嗅げ。御姫様たちの御行方を嗅ぎ出せ。」と云いました。
すると白犬は、折から吹いて来た風に向って、しきりに鼻をひこつかせていましたが、たちまち身ぶるいを一つするが早いか、
「わん、わん、御姉様 の御姫様は、生駒山 の洞穴 に住んでいる食蜃人 の虜 になっています。」と答えました。食蜃人 と云うのは、昔八岐 の大蛇 を飼っていた、途方もない悪者なのです。
そこで木樵 はすぐ白犬と斑犬 とを、両方の側 にかかえたまま、黒犬の背中に跨って、大きな声でこう云いつけました。
「飛べ。飛べ。生駒山 の洞穴 に住んでいる食蜃人の所へ飛んで行け。」
その言 が終らない中 です。恐しいつむじ風が、髪長彦の足の下から吹き起ったと思いますと、まるで一ひらの木 の葉のように、見る見る黒犬は空へ舞い上って、青雲 の向うにかくれている、遠い生駒山の峰の方へ、真一文字に飛び始めました。
三
やがて髪長彦 が生駒山 へ来て見ますと、成程山の中程に大きな洞穴 が一つあって、その中に金の櫛 をさした、綺麗 な御姫様 が一人、しくしく泣いていらっしゃいました。
「御姫様、御姫様、私 が御迎えにまいりましたから、もう御心配には及びません。さあ、早く、御父様 の所へ御帰りになる御仕度をなすって下さいまし。」
こう髪長彦が云いますと、三匹の犬も御姫様の裾や袖を啣 えながら、
「さあ早く、御仕度をなすって下さいまし。わん、わん、わん、」と吠えました。
しかし御姫様は、まだ御眼に涙をためながら、洞穴の奥の方をそっと指さして御見せになって、
「それでもあすこには、私 をさらって来た食蜃人が、さっきから御酒に酔って寝ています。あれが目をさましたら、すぐに追いかけて来るでしょう。そうすると、あなたも私も、命をとられてしまうのにちがいありません。」と仰有 いました。
髪長彦はにっこりほほ笑んで、
「高の知れた食蜃人なぞを、何でこの私 が怖 がりましょう。その証拠には、今ここで、訳 なく私が退治して御覧に入れます。」と云いながら、斑犬 の背中を一つたたいて、
「噛め。噛め。この洞穴の奥にいる食蜃人を一噛みに噛み殺せ。」と、勇ましい声で云いつけました。
すると斑犬はすぐ牙 をむき出して、雷 のように唸 りながら、まっしぐらに洞穴の中へとびこみましたが、たちまちの中にまた血だらけな食蜃人の首を啣 えたまま、尾をふって外へ出て来ました。
ところが不思議な事には、それと同時に、雲で埋 まっている谷底から、一陣の風がまき起りますと、その風の中に何かいて、
「髪長彦さん。難有 う。この御恩は忘れません。私は食蜃人にいじめられていた、生駒山の駒姫 です。」と、やさしい声で云いました。
しかし御姫様は、命拾いをなすった嬉しさに、この声も聞えないような御容子 でしたが、やがて髪長彦の方を向いて、心配そうに仰有 いますには、
「私 はあなたのおかげで命拾いをしましたが、妹は今時分どこでどんな目に逢 って居りましょう。」
髪長彦はこれを聞くと、また白犬の頭を撫 でながら、
「嗅げ。嗅げ。御姫様の御行方を嗅ぎ出せ。」と云いました。と、すぐに白犬は、
「わん、わん、御妹 様の御姫様は笠置山 の洞穴 に棲 んでいる土蜘蛛 の虜 になっています。」と、主人の顔を見上げながら、鼻をびくつかせて答えました。この土蜘蛛と云うのは、昔神武天皇 様が御征伐になった事のある、一寸法師 の悪者なのです。
そこで髪長彦は、前のように二匹の犬を小脇 にかかえて御姫様と一しょに黒犬の背中へ跨りながら、
「飛べ。飛べ。笠置山の洞穴に住んでいる土蜘蛛の所へ飛んで行け。」と云いますと、黒犬はたちまち空へ飛び上って、これも青雲のたなびく中に聳えている笠置山へ矢よりも早く駈け始めました。
四
さて笠置山 へ着きますと、ここにいる土蜘蛛 はいたって悪知慧 のあるやつでしたから、髪長彦 の姿を見るが早いか、わざとにこにこ笑いながら、洞穴 の前まで迎えに出て、
「これは、これは、髪長彦さん。遠方御苦労でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。碌 なものはありませんが、せめて鹿の生胆 か熊の孕子 でも御馳走 しましょう。」と云いました。
しかし髪長彦は首をふって、
「いや、いや、己 はお前がさらって来た御姫様をとり返しにやって来たのだ。早く御姫様を返せばよし、さもなければあの食蜃人 同様、殺してしまうからそう思え。」と、恐しい勢いで叱りつけました。
すると土蜘蛛は、一ちぢみにちぢみ上って、
「ああ、御返し申しますとも、何であなたの仰有 る事に、いやだなどと申しましょう。御姫様はこの奥にちゃんと、独りでいらっしゃいます。どうか御遠慮なく中へはいって、御つれになって下さいまし。」と、声をふるわせながら云いました。
そこで髪長彦は、御姉様の御姫様と三匹の犬とをつれて、洞穴の中へはいりますと、成程ここにも銀の櫛 をさした、可愛らしい御姫様が、悲しそうにしくしく泣いています。
それが人の来た容子 に驚いて、急いでこちらを御覧になりましたが、御姉様 の御顔を一目見たと思うと、
「御姉様。」
「妹。」と、二人の御姫様は一度に両方から駈けよって、暫くは互に抱 き合ったまま、うれし涙にくれていらっしゃいました。髪長彦もこの気色 を見て、貰い泣きをしていましたが、急に三匹の犬が背中の毛を逆立 てて、
「わん。わん。土蜘蛛 の畜生め。」
「憎いやつだ。わん。わん。」
「わん。わん。わん。覚えていろ。わん。わん。わん。」と、気の違ったように吠え出しましたから、ふと気がついてふり返えると、あの狡猾 な土蜘蛛は、いつどうしたのか、大きな岩で、一分の隙 もないように、外から洞穴の入口をぴったりふさいでしまいました。おまけにその岩の向うでは、
「ざまを見ろ、髪長彦め。こうして置けば、貴様たちは、一月とたたない中に、ひぼしになって死んでしまうぞ。何と己様 の計略は、恐れ入ったものだろう。」と、手を拍 いて土蜘蛛の笑う声がしています。
これにはさすがの髪長彦も、さては一ぱい食わされたかと、一時は口惜しがりましたが、幸い思い出したのは、腰にさしていた笛の事です。この笛を吹きさえすれば、鳥獣 は云うまでもなく、草木 もうっとり聞き惚 れるのですから、あの狡猾 な土蜘蛛も、心を動かさないとは限りません。そこで髪長彦は勇気をとり直して、吠えたける犬をなだめながら、一心不乱に笛を吹き出しました。
するとその音色 の面白さには、悪者の土蜘蛛も、追々 我を忘れたのでしょう。始は洞穴の入口に耳をつけて、じっと聞き澄ましていましたが、とうとうしまいには夢中になって、一寸二寸と大岩を、少しずつ側 へ開きはじめました。
それが人一人通れるくらい、大きな口をあいた時です。髪長彦は急に笛をやめて、
「噛め。噛め。洞穴の入口に立っている土蜘蛛を噛み殺せ。」と、斑犬 の背中をたたいて、云いつけました。
この声に胆をつぶして、一目散に土蜘蛛は、逃げ出そうとしましたが、もうその時は間に合いません。「噛め」はまるで電 のように、洞穴の外へ飛び出して、何の苦もなく土蜘蛛を噛み殺してしまいました。
所がまた不思議な事には、それと同時に谷底から、一陣の風が吹き起って、
「髪長彦さん。難有 う。この御恩は忘れません。私 は土蜘蛛にいじめられていた、笠置山 の笠姫 です。」とやさしい声が聞えました。
五
それから髪長彦 は、二人の御姫様と三匹の犬とをひきつれて、黒犬の背に跨がりながら、笠置山 の頂から、飛鳥 の大臣様 の御出になる都の方へまっすぐに、空を飛んでまいりました。その途中で二人の御姫様は、どう御思いになったのか、御自分たちの金の櫛と銀の櫛とをぬきとって、それを髪長彦の長い髪へそっとさして御置きになりました。が、こっちは元よりそんな事には、気がつく筈がありません。ただ、一生懸命に黒犬を急がせながら、美しい大和 の国原 を足の下に見下して、ずんずん空を飛んで行きました。
その中に髪長彦は、あの始めに通りかかった、三つ叉 の路の空まで、犬を進めて来ましたが、見るとそこにはさっきの二人の侍が、どこからかの帰りと見えて、また馬を並べながら、都の方へ急いでいます。これを見ると、髪長彦は、ふと自分の大手柄を、この二人の侍たちにも聞かせたいと云う心もちが起って来たものですから、
「下りろ。下りろ。あの三つ叉 になっている路の上へ下りて行け。」と、こう黒犬に云いつけました。
こっちは二人の侍です。折角方々探しまわったのに、御姫様たちの御行方がどうしても知れないので、しおしお馬を進めていると、いきなりその御姫様たちが、女のような木樵 と一しょに、逞 しい黒犬に跨って、空から舞い下って来たのですから、その驚きと云ったらありません。
髪長彦は犬の背中を下りると、叮嚀にまたおじぎをして、
「殿様、私 はあなた方に御別れ申してから、すぐに生駒山 と笠置山 とへ飛んで行って、この通 り御二方の御姫様を御助け申してまいりました。」と云いました。
しかし二人の侍は、こんな卑しい木樵 などに、まんまと鼻をあかされたのですから、羨 しいのと、妬 ましいのとで、腹が立って仕方がありません。そこで上辺 はさも嬉しそうに、いろいろ髪長彦の手柄を褒 め立てながら、とうとう三匹の犬の由来や、腰にさした笛の不思議などをすっかり聞き出してしまいました。そうして髪長彦の油断をしている中に、まず大事な笛をそっと腰からぬいてしまうと、二人はいきなり黒犬の背中へとび乗って、二人の御姫様と二匹の犬とを、しっかりと両脇に抱えながら、
「飛べ。飛べ。飛鳥 の大臣様 のいらっしゃる、都の方へ飛んで行け。」と、声を揃えて喚 きました。
髪長彦は驚いて、すぐに二人へとびかかりましたが、もうその時には大風が吹き起って、侍たちを乗せた黒犬は、きりりと尾を捲 いたまま、遥な青空の上の方へ舞い上って行ってしまいました。
あとにはただ、侍たちの乗りすてた二匹の馬が残っているばかりですから、髪長彦は三つ叉になった往来のまん中につっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおい泣いておりました。
すると生駒山 の峰の方から、さっと風が吹いて来たと思いますと、その風の中に声がして、
「髪長彦さん。髪長彦さん。私 は生駒山の駒姫 です。」と、やさしい囁 きが聞えました。
それと同時にまた笠置山 の方からも、さっと風が渡るや否や、やはりその風の中にも声があって、
「髪長彦さん。髪長彦さん。私 は笠置山の笠姫 です。」と、これもやさしく囁きました。
そうしてその声が一つになって、
「これからすぐに私 たちは、あの侍たちの後 を追って、笛をとり返して上げますから、少しも御心配なさいますな。」と云うか云わない中 に、風はびゅうびゅう唸りながら、さっき黒犬の飛んで行った方へ、狂って行ってしまいました。
が、少したつとその風は、またこの三つ叉 になった路の上へ、前のようにやさしく囁きながら、高い空から下 して来ました。
「あの二人の侍たちは、もう御二方の御姫様と一しょに、飛鳥 の大臣様 の前へ出て、いろいろ御褒美 を頂いています。さあ、さあ、早くこの笛を吹いて、三匹の犬をここへ御呼びなさい。その間 に私たちは、あなたが御出世の旅立を、恥しくないようにして上げましょう。」
こう云う声がしたかと思うと、あの大事な笛を始め、金の鎧 だの、銀の兜 だの、孔雀 の羽の矢だの、香木 の弓だの、立派な大将の装いが、まるで雨か霰 のように、眩 しく日に輝きながら、ばらばら眼の前へ降って来ました。
六
それからしばらくたって、香木の弓に孔雀の羽の矢を背負 った、神様のような髪長彦 が、黒犬の背中に跨りながら、白と斑 と二匹の犬を小脇にかかえて、飛鳥 の大臣様 の御館 へ、空から舞い下って来た時には、あの二人の年若な侍たちが、どんなに慌て騒ぎましたろう。
いや、大臣様でさえ、あまりの不思議に御驚きになって、暫くはまるで夢のように、髪長彦の凜々 しい姿を、ぼんやり眺めていらっしゃいました。
が、髪長彦はまず兜 をぬいで、叮嚀に大臣様に御じぎをしながら、
「私 はこの国の葛城山 の麓に住んでいる、髪長彦と申すものでございますが、御二方の御姫様を御助け申したのは私で、そこにおります御侍たちは、食蜃人 や土蜘蛛 を退治するのに、指一本でも御動かしになりは致しません。」と申し上げました。
これを聞いた侍たちは、何しろ今までは髪長彦の話した事を、さも自分たちの手柄らしく吹聴していたのですから、二人とも急に顔色を変えて、相手の言 を遮りながら、
「これはまた思いもよらない嘘をつくやつでございます。食蜃人の首を斬ったのも私 たちなら、土蜘蛛 の計略を見やぶったのも、私たちに相違ございません。」と、誠しやかに申し上げました。
そこでまん中に立った大臣様 は、どちらの云う事がほんとうとも、見きわめが御つきにならないので、侍たちと髪長彦を御見比べなさりながら、
「これはお前たちに聞いて見るよりほかはない。一体お前たちを助けたのは、どっちの男だったと思う。」と、御姫様たちの方を向いて、仰有 いました。
すると二人の御姫様は、一度に御父様の胸に御すがりになりながら、
「私 たちを助けましたのは、髪長彦でございます。その証拠には、あの男のふさふさした長い髪に、私たちの櫛をさして置きましたから、どうかそれを御覧下さいまし。」と、恥しそうに御云いになりました。見ると成程、髪長彦の頭には、金の櫛と銀の櫛とが、美しくきらきら光っています。
もうこうなっては侍たちも、ほかに仕方はございませんから、とうとう大臣様の前にひれ伏して、
「実は私 たちが悪だくみで、あの髪長彦の助けた御姫様を、私たちの手柄のように、ここでは申し上げたのでございます。この通り白状致しました上は、どうか命ばかりは御助け下さいまし。」と、がたがたふるえながら申し上げました。
それから先の事は、別に御話しするまでもありますまい。髪長彦は沢山御褒美を頂 いた上に、飛鳥 の大臣様の御婿様 になりましたし、二人の若い侍たちは、三匹の犬に追いまわされて、ほうほう御館 の外へ逃げ出してしまいました。ただ、どちらの御姫様が、髪長彦の御嫁さんになりましたか、それだけは何分昔の事で、今でははっきりとわかっておりません。
一
昔、
ところがある日のこと、髪長彦はいつもの通り、とある大木の根がたに腰を卸しながら、余念もなく笛を吹いていますと、たちまち自分の目の前へ、青い
「お前は仲々笛がうまいな。
そこで
「
すると、大男は笑いながら、
「高が犬を一匹くれなどとは、お前も余っ程欲のない男だ。しかしその欲のないのも感心だから、ほかにはまたとないような不思議な犬をくれてやろう。こう言う
足一つの神はその犬を指して、
「これは名を嗅げと言って、どんな遠い所の事でも
髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、
「きのう己の兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだから、己も今日は礼をしようと思ってやって来た。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うが好い。己は葛城山の
そうして髪長彦が、また「
「この犬の名は飛べと言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。
するとあくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い
「
「これは噛めという犬だ。この犬を相手にしたが最後、どんな恐しい
そう言いながら目一つの神は、また森の木の葉をふるわせて、風のように舞い上ってしまいました。
二
それから四五日たったある日のことです。髪長彦は三匹の犬をつれて、
髪長彦はそれを見ると、吹いていた笛を腰へさして、叮嚀におじぎをしながら、
「もし、もし、殿様、あなた方は一体、どちらへいらっしゃるのでございます。」と尋ねました。
すると二人の侍が、
「今度
「大臣様は大そうな御心配で、誰でも御姫様を探し出して来たものには、厚い
こう云って二人の侍は、女のような
髪長彦は
「
すると白犬は、折から吹いて来た風に向って、しきりに鼻をひこつかせていましたが、たちまち身ぶるいを一つするが早いか、
「わん、わん、
そこで
「飛べ。飛べ。
その
三
やがて
「御姫様、御姫様、
こう髪長彦が云いますと、三匹の犬も御姫様の裾や袖を
「さあ早く、御仕度をなすって下さいまし。わん、わん、わん、」と吠えました。
しかし御姫様は、まだ御眼に涙をためながら、洞穴の奥の方をそっと指さして御見せになって、
「それでもあすこには、
髪長彦はにっこりほほ笑んで、
「高の知れた食蜃人なぞを、何でこの
「噛め。噛め。この洞穴の奥にいる食蜃人を一噛みに噛み殺せ。」と、勇ましい声で云いつけました。
すると斑犬はすぐ
ところが不思議な事には、それと同時に、雲で
「髪長彦さん。
しかし御姫様は、命拾いをなすった嬉しさに、この声も聞えないような
「
髪長彦はこれを聞くと、また白犬の頭を
「嗅げ。嗅げ。御姫様の御行方を嗅ぎ出せ。」と云いました。と、すぐに白犬は、
「わん、わん、
そこで髪長彦は、前のように二匹の犬を
「飛べ。飛べ。笠置山の洞穴に住んでいる土蜘蛛の所へ飛んで行け。」と云いますと、黒犬はたちまち空へ飛び上って、これも青雲のたなびく中に聳えている笠置山へ矢よりも早く駈け始めました。
四
さて
「これは、これは、髪長彦さん。遠方御苦労でございました。まあ、こっちへおはいりなさい。
しかし髪長彦は首をふって、
「いや、いや、
すると土蜘蛛は、一ちぢみにちぢみ上って、
「ああ、御返し申しますとも、何であなたの
そこで髪長彦は、御姉様の御姫様と三匹の犬とをつれて、洞穴の中へはいりますと、成程ここにも銀の
それが人の来た
「御姉様。」
「妹。」と、二人の御姫様は一度に両方から駈けよって、暫くは互に
「わん。わん。
「憎いやつだ。わん。わん。」
「わん。わん。わん。覚えていろ。わん。わん。わん。」と、気の違ったように吠え出しましたから、ふと気がついてふり返えると、あの
「ざまを見ろ、髪長彦め。こうして置けば、貴様たちは、一月とたたない中に、ひぼしになって死んでしまうぞ。何と
これにはさすがの髪長彦も、さては一ぱい食わされたかと、一時は口惜しがりましたが、幸い思い出したのは、腰にさしていた笛の事です。この笛を吹きさえすれば、
するとその
それが人一人通れるくらい、大きな口をあいた時です。髪長彦は急に笛をやめて、
「噛め。噛め。洞穴の入口に立っている土蜘蛛を噛み殺せ。」と、
この声に胆をつぶして、一目散に土蜘蛛は、逃げ出そうとしましたが、もうその時は間に合いません。「噛め」はまるで
所がまた不思議な事には、それと同時に谷底から、一陣の風が吹き起って、
「髪長彦さん。
五
それから
その中に髪長彦は、あの始めに通りかかった、三つ
「下りろ。下りろ。あの三つ
こっちは二人の侍です。折角方々探しまわったのに、御姫様たちの御行方がどうしても知れないので、しおしお馬を進めていると、いきなりその御姫様たちが、女のような
髪長彦は犬の背中を下りると、叮嚀にまたおじぎをして、
「殿様、
しかし二人の侍は、こんな卑しい
「飛べ。飛べ。
髪長彦は驚いて、すぐに二人へとびかかりましたが、もうその時には大風が吹き起って、侍たちを乗せた黒犬は、きりりと尾を
あとにはただ、侍たちの乗りすてた二匹の馬が残っているばかりですから、髪長彦は三つ叉になった往来のまん中につっぷして、しばらくはただ悲しそうにおいおい泣いておりました。
すると
「髪長彦さん。髪長彦さん。
それと同時にまた
「髪長彦さん。髪長彦さん。
そうしてその声が一つになって、
「これからすぐに
が、少したつとその風は、またこの三つ
「あの二人の侍たちは、もう御二方の御姫様と一しょに、
こう云う声がしたかと思うと、あの大事な笛を始め、金の
六
それからしばらくたって、香木の弓に孔雀の羽の矢を
いや、大臣様でさえ、あまりの不思議に御驚きになって、暫くはまるで夢のように、髪長彦の
が、髪長彦はまず
「
これを聞いた侍たちは、何しろ今までは髪長彦の話した事を、さも自分たちの手柄らしく吹聴していたのですから、二人とも急に顔色を変えて、相手の
「これはまた思いもよらない嘘をつくやつでございます。食蜃人の首を斬ったのも
そこでまん中に立った
「これはお前たちに聞いて見るよりほかはない。一体お前たちを助けたのは、どっちの男だったと思う。」と、御姫様たちの方を向いて、
すると二人の御姫様は、一度に御父様の胸に御すがりになりながら、
「
もうこうなっては侍たちも、ほかに仕方はございませんから、とうとう大臣様の前にひれ伏して、
「実は
それから先の事は、別に御話しするまでもありますまい。髪長彦は沢山御褒美を
(大正七年十二月)
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