日语文学作品赏析《春の夜》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
これは近頃Nさんと云う看護婦に聞いた話である。Nさんは中々利 かぬ気らしい。いつも乾いた唇 のかげに鋭い犬歯 の見える人である。
僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に大腸加答児 を起して横になっていた。下痢 は一週間たってもとまる気色 は無い。そこで元来は弟のためにそこに来ていたNさんに厄介 をかけることになったのである。
ある五月雨 のふり続いた午後、Nさんは雪平 に粥 を煮ながら、いかにも無造作 にその話をした。
× × ×
ある年の春、Nさんはある看護婦会から牛込 の野田 と云う家 へ行 くことになった。野田と云う家には男主人はいない。切 り髪 にした女隠居 が一人、嫁入 り前 の娘が一人、そのまた娘の弟が一人、――あとは女中のいるばかりである。Nさんはこの家 へ行った時、何か妙に気の滅入 るのを感じた。それは一つには姉も弟も肺結核 に罹 っていたためであろう。けれどもまた一つには四畳半の離れの抱えこんだ、飛び石一つ打ってない庭に木賊 ばかり茂っていたためである。実際その夥 しい木賊はNさんの言葉に従えば、「胡麻竹 を打った濡 れ縁さえ突き上げるように」茂っていた。
女隠居は娘を雪 さんと呼び、息子 だけは清太郎 と呼び捨てにしていた。雪さんは気の勝った女だったと見え、熱の高低を計 るのにさえ、Nさんの見たのでは承知せずに一々検温器を透 かして見たそうである。清太郎は雪さんとは反対にNさんに世話を焼かせたことはない。何 でも言うなりになるばかりか、Nさんにものを言う時には顔を赤めたりするくらいである。女隠居はこう云う清太郎よりも雪さんを大事にしていたらしい。その癖病気の重いのは雪さんよりもむしろ清太郎だった。
「あたしはそんな意気地 なしに育てた覚えはないんだがね。」
女隠居は離れへ来る度に(清太郎は離れに床 に就 いていた。)いつもつけつけと口小言 を言った。が、二十一になる清太郎は滅多 に口答えもしたこともない。ただ仰向 けになったまま、たいていはじっと目を閉じている。そのまた顔も透 きとおるように白い。Nさんは氷嚢 を取り換えながら、時々その頬 のあたりに庭一ぱいの木賊 の影が映 るように感じたと云うことである。
ある晩の十時前 に、Nさんはこの家 から二三町離れた、灯 の多い町へ氷を買いに行った。その帰りに人通りの少ない屋敷続きの登り坂へかかると、誰か一人 ぶらさがるように後ろからNさんに抱 きついたものがある。Nさんは勿論びっくりした。が、その上にも驚いたことには思わずたじたじとなりながら、肩越しに相手をふり返ると、闇の中にもちらりと見えた顔が清太郎と少しも変らないことである。いや、変らないのは顔ばかりではない。五分刈 りに刈った頭でも、紺飛白 らしい着物でも、ほとんど清太郎とそっくりである。しかしおとといも喀血 した患者 の清太郎が出て来るはずはない。況 やそんな真似 をしたりするはずはない。
「姐 さん、お金をおくれよう。」
その少年はやはり抱 きついたまま、甘えるようにこう声をかけた。その声もまた不思議にも清太郎の声ではないかと思うくらいである。気丈 なNさんは左の手にしっかり相手の手を抑えながら、「何です、失礼な。あたしはこの屋敷のものですから、そんなことをおしなさると、門番の爺 やさんを呼びますよ」と言った。
けれども相手は不相変 「お金をおくれよう」を繰り返している。Nさんはじりじり引き戻されながら、もう一度この少年をふり返った。今度もまた相手の目鼻立ちは確かに「はにかみや」の清太郎である。Nさんは急に無気味 になり、抑えていた手を緩 めずに出来るだけ大きい声を出した。
「爺やさん、来て下さい!」
相手はNさんの声と一しょに、抑えられていた手を振りもぎろうとした。同時にまたNさんも左の手を離した。それから相手がよろよろする間 に一生懸命に走り出した。
Nさんは息を切らせながら、(後 になって気がついて見ると、風呂敷 に包んだ何斤 かの氷をしっかり胸に当てていたそうである。)野田の家 の玄関へ走りこんだ。家の中は勿論ひっそりしている。Nさんは茶の間 へ顔を出しながら、夕刊をひろげていた女隠居にちょっと間 の悪い思いをした。
「Nさん、あなた、どうなすった?」
女隠居はNさんを見ると、ほとんど詰 るようにこう言った。それは何もけたたましい足音に驚いたためばかりではない。実際またNさんは笑ってはいても、体の震 えるのは止 まらなかったからである。
「いえ、今そこの坂へ来ると、いたずらをした人があったものですから、……」
「あなたに?」
「ええ、後 からかじりついて、『姐 さん、お金をおくれよう』って言って、……」
「ああ、そう言えばこの界隈 には小堀 とか云う不良少年があってね、……」
すると次の間 から声をかけたのはやはり床 についている雪さんである。しかもそれはNさんには勿論 、女隠居にも意外だったらしい、妙に険 のある言葉だった。
「お母様 、少し静かにして頂戴 。」
Nさんはこう云う雪さんの言葉に軽い反感――と云うよりもむしろ侮蔑 を感じながら、その機会に茶の間 を立って行った。が、清太郎に似た不良少年の顔は未 だに目の前に残っている。いや、不良少年の顔ではない。ただどこか輪郭 のぼやけた清太郎自身の顔である。
五分ばかりたった後 、Nさんはまた濡 れ縁 をまわり、離れへ氷嚢 を運んで行った。清太郎はそこにいないかも知れない、少くとも死んでいるのではないか?――そんな気もNさんにはしないではなかった。が、離れへ行って見ると、清太郎は薄暗い電燈の下 に静かにひとり眠っている。顔もまた不相変 透きとおるように白い。ちょうど庭に一ぱいに伸びた木賊 の影の映 っているように。
「氷嚢をお取り換え致しましょう。」
Nさんはこう言いかけながら、後ろが気になってならなかった。
× × ×
僕はこの話の終った時、Nさんの顔を眺めたまま多少悪意のある言葉を出した。
「清太郎?――ですね。あなたはその人が好きだったんでしょう?」
「ええ、好きでございました。」
Nさんは僕の予想したよりも遥 かにさっぱりと返事をした。
僕は当時僕の弟の転地先の宿屋の二階に
ある
× × ×
ある年の春、Nさんはある看護婦会から
女隠居は娘を
「あたしはそんな
女隠居は離れへ来る度に(清太郎は離れに
ある晩の十時
「
その少年はやはり
けれども相手は
「爺やさん、来て下さい!」
相手はNさんの声と一しょに、抑えられていた手を振りもぎろうとした。同時にまたNさんも左の手を離した。それから相手がよろよろする
Nさんは息を切らせながら、(
「Nさん、あなた、どうなすった?」
女隠居はNさんを見ると、ほとんど
「いえ、今そこの坂へ来ると、いたずらをした人があったものですから、……」
「あなたに?」
「ええ、
「ああ、そう言えばこの
すると次の
「お
Nさんはこう云う雪さんの言葉に軽い反感――と云うよりもむしろ
五分ばかりたった
「氷嚢をお取り換え致しましょう。」
Nさんはこう言いかけながら、後ろが気になってならなかった。
× × ×
僕はこの話の終った時、Nさんの顔を眺めたまま多少悪意のある言葉を出した。
「清太郎?――ですね。あなたはその人が好きだったんでしょう?」
「ええ、好きでございました。」
Nさんは僕の予想したよりも
(大正十五年八月十二日)
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