2022年を迎え、興味の1つは「子育て世帯への臨時特別給付」、いわゆる18歳以下の子どもへの10万円の給付についてだ。

2022年到来之际,“育儿家庭临时特别补助”成为了我的兴趣之一,也就是给18岁以下的孩子10万日元的补助。

当初からバラマキじゃないのかとか、現金か、いやクーポンのほうが確実に消費されるはずだとか、年収制限はどうするんだとか、当事者も外野も持論を繰り広げたのはご存じのとおり。中でも、「現金5万円+クーポン5万円セット」と、「全額現金」のどちらが消費促進効果が高いのかについては、いろんな方がいろんなことを述べている。

就像大家都知道的,当事人和外界从一开始就表达了各种各样的意见,比如“不是一开始就充满了谎言吗”、“现金,不,应该是优惠券更能保证消费”、“限制年收入怎么办”等等。其中,关于“现金5万日元+5万日元优惠券套餐”和“全额现金”哪个更能促进消费的问题,各方说法不一。

■買いたいモノがない?

■没有想买的东西?

しかし、キモはそのことではない。そもそも、お金をもらっても消費しないで貯蓄する人が多いのだ。給付金だけでなく、ボーナスの主な使い先は貯蓄だし、前回の特別定額給付金もそれに多く回ったと言われている。現金ではダメでクーポンならいいという話ではなく、われわれに「お金を出して買いたいモノ」がないのが、根本の問題でないのか。消費したくなる「モノ」「感情」をかきたてないと、いくらお金をバラまいても無意味ではないかと考えるわけだ。いったい、われわれは何が欲しいのだろうか?

然而,关键不在于此。再说,本来就有很多人就算拿到了钱也不会去消费,而是选择存起来。不仅是津贴,奖金的主要用途也是储蓄,据说上次的特别定额津贴也多用于储蓄。并不是说现金不行,优惠券就可以,问题的根本不是在于我们没有“想花钱买的东西”吗?如果不推出想让人消费的“东西”和“感情”,撒多少钱也没有意义吧。说到底,我们究竟想要什么呢?

筆者はバブルの大量消費時代もかろうじて覚えがあるので、逆にZ世代やミレニアム世代に会うと、「何にお金を使っているのか」と必ず聞く。最も多く返ってくるのは「さあ……?」と首をひねる反応だ。

笔者勉强还记得泡沫经济的大量消费时代,所以我只要见到Z世代或千禧世代,就一定会问:“你在什么地方花钱呢?”但最多的反应是歪过头来回答:“不知道……”

使っていないわけではない。コロナ禍で激減はしたが、その前は友人との飲食や他愛のない買い物をしたり、今なら動画の配信サービスやマンガや雑誌の読み放題アプリなど月額課金にも使っている。しかし、「お金があったらこれが欲しい」という実態のある「モノ」の名前はあまり出てこない。「不動産が欲しい」という若者は割といるが、それは所有というより投資目的や老後の備えとしてだ。「所有すること=豊かである」と感じない人が増えていく日本で、お金を渡しても経済効果、ましてや経済成長はあるのだろうか。

并不是不花钱。虽然因为新冠疫情花销剧减,但之前是和朋友一起吃饭或者购物消费,现在则是通过每月购买应用程序中的视频、漫画和杂志等服务而消费。但是,“有钱了就想要这个”这种有实体的“东西”的名字却很少出现。“想要不动产”的年轻人虽然占一定比例,但与其说是为了拥有,不如说是为了投资和养老。在日本,不认为“拥有=富裕”的人越来越多,于是即使给了钱也不能带来经济效果,更别提经济增长了。

■お金をもらっても「欲しいものがない」のが問題

■问题是就算得到钱也“没有想要的东西”

内閣府によると、今回の10万円の給付金は「新型コロナウイルス感染症が長期化しその影響がさまざまな人々に及ぶ中、子育て世帯については、わが国の子どもたちを力強く支援し、その未来を拓く観点から……」支給するそうだ。

据内阁府称,此次支援10万日元补助金是因“新型冠状病毒感染症长期持续,其影响波及到各种各样的人,其中对于育儿家庭,从开拓未来的观点出发,为大力支持我国的孩子们……”

たとえば子どものために使うとして、彼らが欲しいものはなんだろうか。リサーチ会社インテージが昨年行った「コロナ禍で過ごすクリスマス」に関する調査では、子どもへのプレゼントで最も多かったのは「ゲーム」で約35%を占める。こちらも、所有というよりは体験消費にあたるだろう。

如果说是为了给孩子用,那他们想要的东西是什么呢?调查公司INTAGE在去年进行的关于“在新冠疫情中度过圣诞节”的调查中,送给孩子的礼物里最多的是“游戏”,约占35%。这个也是,与其说是拥有不如说是体验消费。

今では誰も口にしないが、岸田内閣発足当時に「令和版所得倍増計画」というキャッチが躍った。本家は言わずもがな、昭和の高度成長時代に池田勇人内閣が打ち出したもの。当時は、3C(カラーテレビ、クーラー、カー)などが生活を豊かにする新・三種の神器と呼ばれ、国民はそれを買える生活に憧れた。皆が持っていなかったし、欲しかったからだ。

虽然现在大家闭口不谈,但在岸田内阁上台时,“令和版收入倍增计划”这一口号跃然纸上。本家就不用说了,是昭和高速增长时代池田勇人内阁推出的。当时,3c(彩电、空调、汽车)等被称为生活增色的新三种神器,国民憧憬着买得起它们的生活。因为大家都没有,而且都想拥有。

しかし、億ションやプライベートジェットといった富裕層ステイタスは別として、「これがあれば、より豊かな生活」を感じさせるような商品は今やない。俯瞰で見れば、一定レベルの豊かさが行き渡ってしまったからだ。「欲しいものは?」にすぐに答えが返ってこない時代にいくらお金をバラまいても貯蓄に回るのは当たり前だろう。

但是,撇开亿万富翁和私人飞机的富裕阶层身份不谈,现在已经没有能让人感到“有了它,生活会变得更加丰富多彩”的商品了。因为向下俯瞰,我们的生活已经达到了一定程度的丰富性。在这个无法立刻回答“想要什么?”的时代,不管花多少钱去储蓄也是合情合理的吧。

今は見つからないけれど、いつか欲しいモノが見つかったらそのときに買えばいいので蓄えておく。クーポンなら買う、現金なら貯蓄という話でもなく、もし筆者がもらえたらクーポンで米や肉や調味料を買うだろう。そうすれば、そのぶん食費用の現金が浮くわけで、それは「いつか」のために口座で繰り越される。

虽然现在找不到想买的东西,什么时候发现了想要的东西,再买也不迟,所以要积蓄起来。也不是说给优惠券就去购物,给现金就去储蓄。如果笔者得到资助,就会用优惠券买米、肉和调味料吧。这样一来,用于伙食费的现金就会多出来,这些现金就会被转到账户里,以备“不时之需”。

欲しいものがなく、さらに収入も増えないとなれば、消費よりも節約に向かうのは致し方ない。

没有想要的东西,收入也不增加的话,人们比起消费更倾向于选择节省是无可奈何的。

■生活が苦しくなるほど贅沢品を買う?

■生活越困难越要买奢侈品?

ある本を読んでいて驚いたことがある。『1984年』の著者として知られる作家ジョージ・オーウェルが、1900年代前半イギリスの失業者の生活について触れた文章だ。

有一次,看某一本书的时候曾让我震惊。这是作为《1984年》的作者而闻名的乔治·奥威尔写的关于1900年代前半期英国失业者生活的文章。

貧困家庭が切り詰めた生活をする際に、生活水準を切り下げて乗り切ろうとする、というところまでは異存はない。しかし、切り下げるものが意外なのだ。

贫困家庭在省吃俭用的时候,降低生活水平来渡过难关,到这为止我都没有异议。但是,要断舍离的东西是令我意外的。

“しかし、贅沢品を切り詰め、必需品に回すというやり方で生活水準を切り下げるのではなく、反対の方法を取ることが多い。ちょっと考えれば、そのほうがすっと自然なやり方だ。10年にわたる前例のない大不況期に、安価な贅沢品の消費が増大したという事実がある。”(ジョージ・オーウェル『ウィガン波止場への道』より)

“但是,他们并没有通过削减奢侈品、购买必需品的方式来降低生活水平,而是采取相反的方式。稍微思考一下,这种做法更加自然。在长达10年的史无前例的经济萧条时期,廉价奢侈品消费的增加是事实。”(出自乔治·奥威尔《通往维根码头的路》)

安価な贅沢品とはどういうことなのか。続きを読むと、まともな食事1回分の金額を出せば安いお菓子(つまりは嗜好品か? )が買え、わずかな肉しか買えない金額でもフィッシュアンドチップスがどっさり買える(必要な栄養価より量? )とある。貧しくなるほど、真に必要なものよりも、それを紛らわせるものに人はお金を払うというのだろうか。

廉价奢侈品是什么意思呢?接着往下看,花一顿像样的饭钱就能买便宜的点心(也就是嗜好品吗?),即使只买一点点肉的钱也能买到很多炸鱼薯条(比起必要的营养价值选择分量?)。难道人越穷,就会比起真正需要的东西,更愿意为那些混淆视听的东西付钱吗?

20世紀初頭イギリスの貧困家庭とは無論違うが、気づくと日本にも「安い贅沢」はあふれている。

如今与20世纪初英国的贫困家庭当然不同,但仔细一想,日本也充斥着“廉价的奢侈”。

サイゼリヤに出かければ1人1000円もあればワイン付きのディナーが楽しめるし、家族で海外旅行は厳しくとも千葉県舞浜にある夢の国なら非日常な体験ができる。均一価格ショップを駆使すればまあまあ見栄えのいいインテリアも整う。「ちょっといいもの」「ワンランク上の」「プチ贅沢」というキーワードもまさにそうだ。日本でも、われわれに貧しさを感じさせないため、「安い贅沢」品やサービスが生み出されていたのかもしれない。

去赛泽里亚的话,每人只要花1000日元就能享受带红酒的晚餐,一家人去海外旅行虽然很辛苦,但在千叶县舞浜的梦之国就能体验到与日常生活不同的体验。如果去统一价格商店的话,室内装饰也能比较美观。“稍微好点的东西”、“更高级的”、“轻奢”等关键词也是如此。也许在日本,为了不让我们感到贫穷,才会生产出“廉价的奢侈品”和服务。

しかし、こうした“贅沢品”を国民が20年30年買っていても、それは景気に貢献せずデフレを固定化させただけだった。それどころか、そうした商品やサービスが大半を占めてしまったために、「何でも安く手に入る」ことにわれわれは慣れ切ってしまった。貧しくなったせいで、もはや欲しいモノがない国になったとすると実に皮肉だ。

但是,即使国民买了20年、30年这样的“奢侈品”,也不会对经济有所贡献,只会维持通货紧缩。不仅如此,由于这样的商品和服务占了大半,我们已经习惯了“什么都能以便宜地入手”。如果一个国家因为贫穷而变得没有想要的东西,那真是莫大的讽刺。

■モノではなく、損をしたくない心理をくすぐる

■不是物质,而是计较得失的心理

買いたいモノがなく、さらに節約モードも強まりそうな現代、どうすれば人々の消費意欲を伸ばせるのか。

在没有想买的东西,节约模式也在被日益强调的现代,怎样才能提高人们的消费欲望呢?

1つの答えは、損得勘定をくすぐることだろう。

一个答案是,让得失心骚动。

「買わなくては自分だけ損をする」「今買えばトクだ」と思わせる。欲しいモノがなくても、「今だけ金額の30%を還元します」「抽選で購入金額の全額を還元!」と聞くと、人は「買わなければ!」と落ち着かなくなる。それが欲しいから・必要だからという理由ではなく、その損得の権利を享受するために、さほど必要がなくても無理やり買おうとするだろう。

让对方觉得“不买只会让自己吃亏”“现在买就有好处”。即使没有想要的东西,“现在返还金额的30%”“通过抽签返还购买金额的全额!”,人们就会坐立不安地想“必须买!”。不是因为想要、需要,而是为了享受可能会损失的权利,即使没有太大的必要,也会强行购买。

しかも、ポイント還元なら効果倍増だ。付与されたポイントを消費するために再度購入してくれるうえ、その際の支払いにもポイントが付く。いわゆるポイントの無限ループで、もはや失効しても構わないと諦めない限り、永遠に消費を促せる。

而且,如果用积分返还的话,效果会加倍。为了消费被赋予的积分而再次购买,而且支付时也会附加积分。这就是所谓的积分无限循环,即使失效也没关系,只要不放弃,就能永远促进消费。

「オトク」がどれだけ人を促す効果があるかは、GoToトラベルで実証済みだろう。あれは、旅行に行きたいというより、「ほかの人がトクをしていると聞いたから、自分も行かないと損だ」という心理を突いたのだ。

“划算”对人有多大的促进作用,在GoTo旅行中已经得到了验证。与其说是想去旅行,倒不如说是戳中了“听说别人都在省钱,自己不去就吃亏了”的心理。

もし、政府が消費促進としてお金をバラまきたいなら、ついでにポイント還元をセットにすればいい。2019年に実施されたキャッシュレス・ポイント還元事業の、いわば高還元額バージョンだ。あのときは最大5%還元で、しかも中小企業対象だったが、そこは改良していただく。デパートも大手チェーンも参加してもらい、還元率は高額消費になるほどアップする仕組みにすれば、お金持ちほどどんどん消費してくれるだろう。

如果政府为了促进消费想撒钱的话,作为配套顺便把积分返还就可以了。这是2019年实施的非现金积分返还业务的高返还额版本。那个时候最多返还5%,而且是以中小企业为对象,请对这一方面进行改良。如果能让百货商店和大型连锁企业都参与进来,让返还率水涨船高,有钱人就会越愿意消费。

バラまいたお金が貯蓄に回るのが嫌なら、どうすれば人は買う気になるかという心理について、合わせ技で政府は策を練るべきだ。景気浮揚のための予算はしっかりとってあるのだから、ぜひ効果的に使ってほしい。

如果不愿让散出来的钱变成储蓄,政府就应该针对如何才能让人产生想要购买的心理,制定对策。为了扶持经济,我们已经准备了充分的预算,请一定要有效地使用啊。

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