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不幸続きの紫式部

接连遭遇不幸的紫式部

『源氏物語』を書いた紫式部とはどんな人だったのでしょうか。当時は女性が漢文を勉強することはありませんでしたが、子どもの頃に父親が弟に素読を教えているのを聞いているだけで覚えてしまったというエピソードは有名です。頭がよかった紫式部ですが、その人生には不幸が続きました。幼い頃に母親を亡くし、姉も世を去っています。さらに親しくしていた友だちも帰らぬ人となってしまいました。これだけではなく、結婚してたった3年で夫にも先立たれてしまうのです。特に夫の死は紫式部の心に影を落とし、その頃に詠んだ和歌はそれまでとは違った暗いものになっています。しかしその半面で「人間とは何か」「人生とは無常なのか」といった、深いものの考え方をするようになりました。

写下《源氏物语》的紫式部究竟是位什么样的女性呢?当时,并无女子学习汉文。然而,幼年时期,父亲教弟弟念汉文典籍时,紫式部在一旁听着就能熟记下来的插曲成为了佳话。虽天资聪颖,但紫式部的人生却接连遭遇不幸。年幼丧母,姐姐也相继离开人世,甚至连亲密好友都成了不归人。不仅如此,结婚仅三年,丈夫也先自己而去。尤其,丈夫的死在紫式部的心中留下了阴影,她在那段时期所吟咏的和歌与之前的截然不同,充满了灰暗色调。但另一方面,这也使得紫式部开始了“人为何物”、“人生是否无常”等深层次的思考。

主婦から侍女へ

从主妇到侍女

夫の死後何年もの間、何も手につかないような状態だった紫式部は、人に勧められて物語を読むことで、少しずつ心が癒やされていきました。そしてそれまでの悲しみを乗り越えようという時期に書いたのが『源氏物語』です。この物語は当時大きな評判を呼び、主婦であった紫式部は有名人になりました。その結果、当時の最高権力者であった藤原道長の娘の彰子の侍女になりました。

在丈夫死后几年间,紫式部无法专心于任何事,经人劝说开始阅读物语,内心的伤痛才渐渐被治愈。同一时期,为了走出悲伤困境,紫式部写就了《源氏物语》。这部书在当时受到广泛好评,紫式部也从一介妇人摇身成为名人,从而当上了当时的最高掌权者藤原道长的女儿——彰子的侍女。

人の心の痛みがわかる

理解人内心的痛苦

紫式部が仕えた藤原彰子は、最高権力者の娘であり、一条天皇のお后なので、とても幸せなように思えますが実は違いました。一条天皇は別の亡くなった妻への悲しみに心を閉ざし、彰子に振り向きもしなかったのです。自分以外にも不幸な人がいると感じた紫式部は、『源氏物語』を介して一条天皇と彰子との仲を修復することを試みました。それを受けた彰子は、一条天皇に『源氏物語』を読んで聞かせたり、お互いに感想を言い合うなどして心を通じ合わせようとしたのです。やがて彰子に子どもができました。

紫式部所侍奉的藤原彰子是最高掌权者的女儿、一条天皇的皇后,想来应该非常幸福,但实际上并非如此。一条天皇因痛失爱妻而关闭了心房,丝毫不关心彰子。得知除了自己以外还有不幸的人存在,紫式部开始尝试通过《源氏物语》修复一条天皇与彰子之间的关系。彰子将《源氏物语》读给一条天皇听,相互诉说感想,进行心与心的交流。终于彰子得以怀上了孩子。

紫式部は度重なる不幸に見舞われた分、人の心の痛みがわかり、そして人間を深く見ることができる人だからこそ『源氏物語』のような名作を生み出すことができたのです。

紫式部屡遭不幸,十分理解人内心的痛苦,而且能深入洞察人心。正因如此,《源氏物语》这样的名作才得以诞生。

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