日本近现代文学家小百科:尾崎红叶
作者:layla|来源:沪江日语|2016年11月11日 06:30

尾崎 紅葉(おざき こうよう)

(1868年1月10日~1903年10月30日)

代表作:『二人比丘尼色懺悔』(1889年)『伽羅枕』(1890年)『二人女房』(1892年)『多情多恨』(1896年)『金色夜叉』(1902年)

生平:尾崎红叶出生于庆应3年的江户(现东京),父亲尾崎谷斋是宴会助兴的艺人,据说红叶十分嫌弃父亲的职业,即使面对最亲密的友人也隐瞒了其身份。1872年,母亲过世后他被交由外祖父家抚养。1885年与山田美妙等友人结成砚友社,创立杂志『我楽多文庫。1889年,出版『二人比丘尼色懺悔』,广受好评,一举成为当时的人气作家。1888年进入帝国大学,后在大学期间进入读卖新闻报社,发表『伽羅枕』三人妻等多篇文章。1897年开始在读卖新闻上连载『金色夜叉』。1903年10月因胃癌在家中过世。

作品节选:

金色夜叉

箕輪(みのわ)の奥は十畳の客間と八畳の中の間(ま)とを打抜きて、広間の十個処(じつかしよ)に真鍮(しんちゆう)の燭台(しよくだい)を据ゑ、五十目掛(めかけ)の蝋燭(ろうそく)は沖の漁火(いさりび)の如く燃えたるに、間毎(まごと)の天井に白銅鍍(ニッケルめつき)の空気ラムプを点(とも)したれば、四辺(あたり)は真昼より明(あきらか)に、人顔も眩(まばゆ)きまでに耀(かがや)き遍(わた)れり。三十人に余んぬる若き男女(なんによ)は二分(ふたわかれ)に輪作りて、今を盛(さかり)と歌留多遊(かるたあそび)を為(す)るなりけり。蝋燭の焔(ほのほ)と炭火の熱と多人数(たにんず)の熱蒸(いきれ)と混じたる一種の温気(うんき)は殆(ほとん)ど凝りて動かざる一間の内を、莨(たばこ)の煙(けふり)と燈火(ともしび)の油煙とは更(たがひ)に縺(もつ)れて渦巻きつつ立迷へり。込合へる人々の面(おもて)は皆赤うなりて、白粉(おしろい)の薄剥(うすは)げたるあり、髪の解(ほつ)れたるあり、衣(きぬ)の乱次(しどな)く着頽(きくづ)れたるあり。女は粧(よそほ)ひ飾りたれば、取乱したるが特(こと)に著るく見ゆるなり。男はシャツの腋(わき)の裂けたるも知らで胴衣(ちよつき)ばかりになれるあり、羽織を脱ぎて帯の解けたる尻を突出すもあり、十の指をば四(よつ)まで紙にて結(ゆ)ひたるもあり。さしも息苦き温気(うんき)も、咽(むせ)ばさるる煙(けふり)の渦も、皆狂して知らざる如く、寧(むし)ろ喜びて罵(ののし)り喚(わめ)く声、笑頽(わらひくづ)るる声、捩合(ねぢあ)ひ、踏破(ふみしだ)く犇(ひしめ)き、一斉に揚ぐる響動(どよみ)など、絶間無き騒動の中(うち)に狼藉(ろうぜき)として戯(たはむ)れ遊ぶ為体(ていたらく)は三綱五常(さんこうごじよう)も糸瓜(へちま)の皮と地に塗(まび)れて、唯(ただ)これ修羅道(しゆらどう)を打覆(ぶつくりかへ)したるばかりなり。

作品风格及简介:尾崎红叶的作品用词华丽香艳,擅长于与井原西鹤类似的风俗描写,带有江户文学的风情。其作品多以女性为主角,对女性的性格、心理及特征描写极为细腻,但也因此在近几年的文学研究中受到一定的非议和轻视。他门下有许多优秀的学生,包括泉镜花、田山花袋等,因此在《文豪野犬》中,以其为原型与以泉镜花为原型的两名女性角色亦关系复杂。

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