节选自:島村藤村の「千曲川のスケッチ」
暖かい雨 二月に入って暖かい雨が来た。 灰色の雲も低く、空は曇った日、午後から雨となって、にわかに生き返るような暖かさを感じた。こういう雨が何度も来た後でなければ、私たちはたとえようのない激しい春の飢渇をいやすことができない。空は煙か雨かと思うほどで、傘をさして通る人や、濡れていく馬などの姿が目に付く。単調な軒の玉水の音も楽しい。硬く縮こまっていた私の体もいくらかのびのびとしてきた。私は言い難い快感を覚えた。庭に行ってみると、汚れた雪の上に降り注ぐ音がする。外へ出て見ると、残った雪が雨のために融けて、暗い色の土が現れている。田畑もようやく冬の眠りから醒めかけたように、砂交じりの土の顔を見せる。黄ばんだ竹の林、まだ枯れ枯れとした柿、李、そのほか目にある木立の幹も枝も、みんな雨に濡れて、黒々と汚い寝惚け顔をしていないものはない。流れの音、雀の声も何となく陽気に聞こえてくる。桑畑の桑の根元までも濡らすような雨だ。この泥濘と雪解けと冬の瓦解の中で、嬉しい物は少し伸びた柳の枝だ。その枝を通して、夕方には黄ばんだ灰色の南の空を望んだ。夜に入って、寂しい暖かい雨垂れの音を聞いていると、何となく春の近づくことを思わせる。 島村藤村「千曲川のスケッチ」