左門(さもん)
ある日、左門が近くに住も知人の家をれ、古今の物語などに興じていると、壁を隔てで、苦しげな呻き声が聞こえできた。 その声がなんとも物悲しく哀れであったので、主人に尋ねると、「ここより西の国の人らしいのですが、連れの方に遅れた由で、一夜の宿を求めてまいられたのです。 武士の身なりでもあったし、卑しからぬ人品と見受けして、まずはお留めしたのですが、その夜がら大変な高熱を発して、起き伏しすらままならぬ容体に。 気の毒に思って、三日、四日と過ぎてしまいましたが、どこのどなたか素性もはっきりしないものだから、これはとんだ間違いをしでかしてしまったと、今は困り果てております。」 左門はこれを聞いて、「気の毒な話ですね。ご主人がお困りなのもよくわかりますが、その方は賴る伝もない旅の空で、このような病に苦しめられ、さぞかし心細く胸が塞がる思いをされていることでしょう。どれ、私が様子を見て差し上げましょう。」 主人は立ち上がる左門を必死で押しとどめた。「病みは人にうつる恐ろしい死病と言われております。家のものたちも決してあそこには近寄らせません。」 しかし、左門は笑って、「人間の生死には天が定めたものです。病は必ず人にうつるものだと言うのは俗信に過ぎませんよ。私は平気です。」