• 中原中也诗歌朗诵 北海

    いる作ゐる海にゐるのは、 あれは人魚ではないのです。 海にゐるのは、 あれは、浪ばかり。 曇った北海の空の下、 浪はところどころ歯をむいて、 空を呪ってゐるのです。 いつはてるとも知れない呪。 ...

  • 中原中也诗歌朗诵 幻影

    选自中原中也《往日的歌》 ピエロ ている写为てゐる 幻影 私の頭の中には、いつの頃からか、 薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、 それは、紗の服なんかを着込んで、 そして、月光を浴びてゐるのでした。 ともすると、弱々しげな手付をして、 しきりと 手真似をするのでしたが、 その意味が、つひぞ通じたためしはなく、 あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。 手真似につれては、唇も動かしてゐるのでしたが、 古い影絵でも見てゐるやう―― 音はちつともしないのですし、 何を云つてるのかは 分りませんでした。 しろじろと身に月光を浴び、 あやしくもあかるい霧の中で、 かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、 眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 北原白秋诗歌朗诵 落葉松

    北原白秋(1885年1月25日-1942年11月2日)是日本童谣作家与诗人。 提供译文由罗刹译 原稿落葉松写作からまつ ゆえしらず写作ゆゑしらず え作へ わ作は 落葉松 北原白秋 からまつの林を過ぎて、 からまつをしみじみと見き。 からまつはさびしかりけり。 たびゆくはさびしかりけり。     からまつの林を出でて、 からまつの林に入りぬ。 からまつの林に入りて、 また細く道はつづけり。     からまつの林の奥も わが通る道はありけり。 霧雨のかかる道なり。 山風のかよふ道なり。     からまつの林の道は われのみか、ひともかよひぬ。 ほそぼそと通ふ道なり。 さびさびといそぐ道なり。     からまつの林を過ぎて、 ゆゑしらず歩みひそめつ。 からまつはさびしかりけり。 からまつとささやきにけり。     からまつの林を出でて、 浅間嶺にけぶり立つ見つ。 浅間嶺にけぶり立つ見つ。 からまつのまたそのうへに。     からまつの林の雨は さびしけどいよよしづけし。 かんこ鳥鳴けるのみなる。 からまつの濡るるのみなる。     世の中よ、あはれなりけり。 常なけどうれしかりけり。 山川に山がはの音、 からまつにからまつのかぜ。 落叶松 北原白秋 一 步过落叶松的树林, 真真切切地看落叶松。 落叶松多么孤独。 旅途又多么凄楚。 二 走出落叶松的树林, 又走入落叶松的树林。 走入落叶松的树林, 又细细地延续一条路。 三 落叶松树林的深处, 有我走的路。 那是雾雨披薄的路。 那是山风穿流的途。 四 落叶松树林中的路 是不止我,还有那人的留步。 是羊肠似的小路。 是寂寂急行的途。 五 步过落叶松的树林 不觉地收住音足。 落叶松多么孤独, 落叶松间窃窃呜呜。 六 走出落叶松的树林, 猛然于浅间岭上站住。 猛然于浅间岭上诗站住。 于落叶松及树之高处。 七 落叶松树林中的雨 愈孤独亦愈静穆。 只有杜鹃鸣叫。 只有落叶松的湿濡。 八 苍生啊,何等趣乎。 无常愈是有情物。 山川自有山川之音, 落叶松自有其风物。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 中原中也诗歌朗诵 冬日的长门峡

    中原中也(なかはら ちゅうや),日本诗人(1907~1937)。备受年轻人喜欢的、昭和诗坛最耀眼的明星诗人,被誉为“日本的兰波”,同时在翻译法国诗歌方面也作出了不小的贡献。主要作品有诗集《山羊之歌》(1934)、《往日的歌》 (1938)。 这首选自《往日的歌》 冬の長門峡 長門峡に、水は流れてありにけり。 寒い寒い日なりき。 われは料亭にありぬ。 酒酌みてありぬ。 われのほか別に、 客とてもなかりけり。 水は、恰も魂あるものの如く、 流れ流れてありにけり。 やがても密柑(みかん)の如き夕陽、 欄干にこぼれたり。 ああ! ――そのやうな時もありき、 寒い寒い 日なりき。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 中原中也诗歌朗诵 春日再临

    选自《往日的歌》 猫(にやあ) 言う写作云ふ おまえ写作おまへ また来ん春…… また来ん春と人は云ふ しかし私は辛いのだ 春が来たって何になろ あの子が返つて来るぢやない おもへば今年の五月には おまへを抱いて動物園 象を見せても猫といひ 鳥を見せても猫だった 最後に見せた鹿だけは 角によっぽど惹かれてか 何とも云はず 眺めてた ほんにおまへもあの時は 此の世の光のたゞ中に 立って眺めていたっけが…… 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 伊东静雄诗歌朗诵-蜻蜓

    伊東静雄(いとう しずお),(1906年12月10日 - 1953年3月12日)日本浪漫派代表诗人,其风格对三岛由纪夫有较大影响。作品有《夏花》、《献给爱人的哀歌》等。 本首选自《夏花》。 え写作へ い写作ひ 弓弦(ゆづる) 蜻 蛉           伊東静雄 無邪気なる道づれなりし犬の姿 何處に消えしと気付ける時 われは荒れ野の尻に立てり。 其の野のうへに 時明してさ迷ひあるき 日の光の求むるは何の花ぞ。 この問ひに誰か答へむ。弓弦断たれし空よ見よ。 日差のなかに立ち来つつ 振舞ひ著し蜻蛉のむれ。 今ははや悲しきほどに典雅なる 荒野をわれは横ぎりぬ。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 中原中也诗歌朗诵-湖上

    中原中也(なかはら ちゅうや),日本诗人(1907~1937)。备受年轻人喜欢的、昭和诗坛最耀眼的明星诗人,被誉为“日本的兰波”,同时在翻译法国诗歌方面也作出了不小的贡献。主要作品有诗集《山羊之歌》(1934)、《往日的歌》 (1938)。 本首选自《往日之歌》 原稿しょう写作せう 湖上 中原中也 ポッカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けませう。 波はヒタヒタ打つでせう、 風も少しはあるでせう。 沖に出たらば暗いでせう、 櫂から滴垂る水の音は 昵懇しいものに聞こえませう、 ――あなたの言葉の杜切れ間を。 月は聴き耳立てるでせう、 すこしは降りても來るでせう、 われら接唇する時に 月は頭上にあるでせう。 あなたはなほも、語るでせう、 よしないことや拗言や、 洩らさず私は聴くでせう、 ――けれど漕ぐ手はやめないで。 ポッカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けませう、 波はヒタヒタ打つでせう、 風も少しはあるでせう。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 中原中也诗歌朗诵 蛙声

    中原中也(なかはら ちゅうや),日本诗人(1907~1937)。备受年轻人喜欢的、昭和诗坛最耀眼的明星诗人,被誉为“日本的兰波”,同时在翻译法国诗歌方面也作出了不小的贡献。主要作品有诗集《山羊之歌》(1934)、《往日的歌》 (1938)。 这首选自《往日的歌》 蛙声 天は地を蓋い、 そして、地には偶々池がある。 その池で今夜一と夜さ蛙は鳴く あれは、何を鳴いてるのであらう その声は、空より来り、 空へと去るのであらう 天は地を蓋い そして蛙声は水面に走る。 よし此の地方が湿潤に過ぎるとしても、 疲れたる我等が心のためには、 柱は猶、余りに乾いたものと感はれ、 頭は重く、肩は凝るのだ。 さて、それなのに夜が来れば蛙は鳴き、 その声は水面に走って暗雲に迫る。 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 立原道造诗歌朗诵-为了日后的记念

    立原道造 (たちはら みちぞう)昭和初期诗人、建筑家,主要诗集有《寄萱草》(1937)、《破晓与黄昏的歌》(1937)、《献给死去的美人》等。 译文来自罗刹的翻译 寂寥(せきりょう) のちのおもひに 立原道造 夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に 水引草に風が立ち 草ひばりのうたひやまない しづまりかへった午さがりの林道を うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた ――そして私は 見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた 夢は そのさきには もうゆかない なにもかも 忘れ果てようとおもひ 忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには 夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう そして それは戸をあけて 寂寥のなかに 星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう 为了日后的记念 立原道造 梦 总是归去偏僻的村落在那山脚 风儿吹着金钱草 蛐蛐不停的鸣叫 就在午后静得沈闷的林间小道 蓝天上太阳明媚地照 火山沉沉地睡着 ——于是我对你聊 所有的见闻 所有的岛 还有波涛 突向海中的陆地的角 日光和月光的皓皓 虽然没有人听 虽然我也知道…… 梦 不愿向前 再作停靠 想把一切 都忘掉 在这时刻——忘诗人、建筑家,主要诗集有《寄萱草》(1937)、《破晓与黄昏的歌掉了已经的忘掉 梦 在严冬的追忆中冻得牢牢 并终将推开门销 向着寂寥 离别这曾繁星照耀的小道 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>

  • 伊东静雄诗歌朗诵 憩于八月石上(节选)

    伊東静雄,日本浪漫派诗人。 本首选自诗集《夏花》 八月の石にすがりて   伊東静雄 八月の石にすがりて さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。 わが運命を知りしのち、 たれかよくこの烈しき 夏の陽光のなかに生きむ。 憩于八月石上 伊东静雄 曾幸为化蝶的她,如今,奄奄一息 业已知道,所谓的命运 残喘于炎炎烈日下 却绚烂于夏日的阳光中 这篇材料你能听出多少?点击这里做听写,提高外语水平>>