日语文学作品赏析《窓》
作者:芥川龍之介
来源:青空文库
2010-01-06 00:00
――沢木梢氏 に――
おれの家 の二階の窓は、丁度 向うの家 の二階の窓と向ひ合ふやうになつてゐる。
向うの家の二階の窓には、百合 や薔薇 の鉢植が行儀 よく幾つも並んでゐる。が、その後 には黄いろい窓掛が大抵 重さうに下つてゐるから、部屋の中の主人の姿は、未 だ一度も見た事がない。
おれの家の二階の窓際には、古ぼけた肱掛椅子 が置いてある。おれは毎日その肱掛椅子 へ腰を下 して、ぼんやり往来 の人音 を聞いてゐる。
いつ何時 おれの所へも、客が来ないものでもない。おれの家 の玄関には、ちやんと電鈴がとりつけてある。今にもあの電鈴の愉快な音が、勢よく家中 に鳴り渡つたら、おれはこの肱掛椅子から立上つて、早速 遠来の珍客を迎へる為に、両腕を大きくひろげた儘、戸口の方へ歩いて行 かう。
おれは時々こんな空想を浮べながら、ぼんやり往来 の人音 を聞いてゐる。が、いつまでたつても、おれの所へは訪問に来る客がない。おれの部屋の中には鏡にうつるおれ自身ばかりが、いつもおれの相手を勤 めてゐる。
それが長い長い間 の事であつた。
その内に或夕方、ふとおれが向うの二階の窓を見ると、黄いろい窓掛を後 にして、私窩子 のやうな女が立つてゐる。どうも見た所では混血児 か何からしい。頬紅 をさして、目 ぶちを黒くぬつて、絹のキモノをひつかけて、細い金 の耳環 をぶら下げてゐる。それがおれの顔を見ると、媚 の多い眼を挙げて、慇懃 におれへ会釈 をした。
おれは何年にも人に会つた事がない。おれの部屋の中には、鏡にうつるおれ自身ばかりが、いつもおれの相手を勤めてゐる。だからこの私窩子 のやうな女が会釈 をした時、おれは相手を卑 しむより先に、こちらも眼で笑ひながら、黙礼を返さずにはゐられなかつた。
それから毎日夕方になると、必ず混血児 の女は向うの窓の前へ立つて、下品な嬌態 をつくりながら、慇懃 におれへ会釈 をする。時によると鉢植の薔薇 や百合 の花を折つて、往来越しにこちらの窓へ投げてよこす事もある。
するとおれもいつの間 にか、古ぼけた肱掛椅子 に腰を下して、往来の人音を聞く事が懶 いやうになり始めた。いくらおれが待ち暮した所で、客は永久に来ないかも知れない。おれはあまり長い間 、鏡にうつるおれ自身の相手を勤めてゐたやうな気がする。もう遠来の客ばかり待つてゐるのは止めにしよう。
そこであの私窩子 のやうな女が会釈 をすると、おれの方でも必ず会釈 をする。
それが又長い長い間の事であつた。
所が或朝、おれの所へ来た手紙を見ると、折角 おれを尋ねたが、いくら電鈴の鈕 を押しても、誰一人 返事をしなかつたから、おれに会ふ事もやむを得ず断念をしたと書いてある。おれは昨夜 あの混血児 の女が抛 りこんだ、薔薇 や百合 の花を踏みながら、わざわざ玄関まで下りて行つて、電鈴の具合 を調べて見た。すると知らない間 に電鈴の針金が錆 びたせゐか、誰かの悪戯 か、二つに途中から切れてゐる。おれの心は重くなつた。おれがあの黄いろい窓掛の後 に住んでゐる私窩子 のやうな女を知らずにゐたら、おれの待ちに待つてゐた客の一人は、とうにこの電鈴の愉快な響を、おれの耳へ伝へたのに相違あるまい。
おれは静に又二階へ行つて、窓際の肱掛椅子 に腰を下した。
夕方になると、又向うの家の二階の窓には、絹のキモノを着た女が現れて、下品な嬌態 をつくりながら、慇懃 におれへ会釈 をする。が、おれはもうその会釈には答へない。その代り人気 のない薄明りの往来 を眺めながら、いつかはおれの戸口へ立つかも知れない遠来の客を待つてゐる。前のやうに寂しく。
おれの
向うの家の二階の窓には、
おれの家の二階の窓際には、古ぼけた
いつ
おれは時々こんな空想を浮べながら、ぼんやり
それが長い長い
その内に或夕方、ふとおれが向うの二階の窓を見ると、黄いろい窓掛を
おれは何年にも人に会つた事がない。おれの部屋の中には、鏡にうつるおれ自身ばかりが、いつもおれの相手を勤めてゐる。だからこの
それから毎日夕方になると、必ず
するとおれもいつの
そこであの
それが又長い長い間の事であつた。
所が或朝、おれの所へ来た手紙を見ると、
おれは静に又二階へ行つて、窓際の
夕方になると、又向うの家の二階の窓には、絹のキモノを着た女が現れて、下品な
(大正八年二月)
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